ポーション代金
――瑞穂の国。
それはここから北東方面にある島国で、あまり盛んな交流は行われていない。
というのも、瑞穂の国へ行くのはものすごく大変だからだ。砂漠を越え、さらには海を越えなければいけない。
どちらも大変な道のりで、生半可な覚悟で行ってはいけない場所なのだそうだ。
……瑞穂って、昔の日本の名前だよね?
このファンタジー世界に瑞穂の国があること自体に違和感を覚えるけれど、開発者の遊び心だと思えばあまり不思議なことはない。
日本イコール米! ということで、私はこの瑞穂の国に大いなる期待を持った。
「瑞穂の国って、不思議な響きの名前だな」
「うん。今まで見たことのない文化とかもあるだろうし、楽しみ!」
『にゃっ!』
私が笑顔で告げると、ラウルも「そうだな」と笑顔を返してくれた。おはぎの笑顔も最高に可愛いです。
「馬や馬車で行くと遠くて大変みたいだけど、キャンピングカーなら思ったほど時間はかからなさそうだね。砂漠を進めるかは、行ってから考えよう」
「遠回りになったとしても、数日から一〇日くらいか? 全然問題なさそうだな」
「何も事件が起きないことを祈ろう」
『にゃにゃっ』
瑞穂の国が目的地に決まった私たちは、数日後に出発することにした。それまでは旅の疲れを癒したり、買い物したりする時間だ。
ギルドから宿に戻ると、ラウルから話があると呼び止められた。
「どうしたの?」
ラウルを私の部屋に招いて首を傾げ、飲み物を用意して話を聞くことにした。すると、ラウルは机の上にチャリと音を立てて袋を置いた。
「……お金?」
なんだろうと思いラウルをまじまじ見ると、ため息とともに「もしかして忘れたのか?」と言われてしまった。
……え? え? え?
「――あ、そうか! ポーション代だ!!」
すんでのところで思い出し、手を叩く。
ポーション代については、私とラウルの出会いまで遡る。
リーフゴブリンにやられて瀕死状態だったラウルを私が発見し、助けるために上級ポーションを使ったのだ。
私は別にお金は不要だと言ったのだけれど、ラウルに断固拒否されてしまった。払い終えるまでの期間、私の護衛をするという条件で一緒に旅をしてきた。
ちなみに上級ポーションは、半年くらい余裕で生活できるくらいのお値段です。
「ダイジョウブ、ワスレテナイヨ!」
私がアハハと笑うと、ラウルは肩をすくめた。
「精霊のダンジョンで稼いだ分が多かったとはいえ、まさかこんなに早く代金の支払いが終わるとはな……」
「さすがは精霊のいるダンジョンだね」
精霊ダンジョンで受けた依頼やドロップアイテムを換金した額がよかったため、あっという間にポーション代が貯まったらしい。
「確かに受け取りました! ありがとうね、ラウル」
「礼を言うのは俺の方だ。ミザリーに助けてもらって、一緒に行った精霊のダンジョンでは腕も治してもらった。すっかり健康体だ」
「それはよかった」
私が笑うと、ラウルが真剣な目でじっと見つめてきた。そしてゆっくり頭を下げた。
「改めて、本当にありがとう。ミザリーがいなかったら、きっと俺は死んでただろう」
「……っ! ううん。ラウルが無事でよかったよ」
ゆっくり首を振ってそう伝えると、ラウルは肩の力が抜けたのか、ふわりと笑った。
しかし私は、ふと気づく。
……もう、ラウルと旅する理由がないんだ。
もともとはおはぎと二人旅をするはずだったし、当初の予定に戻るだけ。寂しいけれど、ラウルにはラウルの人生があるのだから、笑顔で別れるのがいいよね。
……せっかくだから、ラウルに何かプレゼントしようかな。想い出に。
「ミザリー?」
「え? あ、ごめん。大金だったから、驚いちゃって」
勝手にしんみりして俯いていたら、ラウルに心配されてしまった。
私は手を振って、「大丈夫だよ!」とそれらしい理由で笑顔を作る。大金であることは事実だからね。
「だな。金はギルドに預けてもいいけど、ミザリーはキャンピングカーの中に置いておけば安心だと思う」
「うん、そうする」
キャンピングカーは私と私が許可した人しか入れないので、盗まれる心配はない。使っていないときは、スキルなのでしまっておくこともできる。
街の宿に置きっぱなしも、持ち歩くにも金額が大きいので、ラウルに付き合ってもらって街の外へ出て、キャンピングカーにお金をしまった。
***
翌日。
私は宿で以前購入したワンピースを着て、今日は観光しようと考えている。岩山部分をお店にしたりしていて、ほかの街と違った魅力があるのだ。
「ラウルのプレゼントも探さなきゃ」
すると、部屋にノックの音と「起きてるか?」というラウルの声が聞こえてきた。
「おはよう、ラウル」
「おはよう、ミザリー。ごめん、今日はちょっとでかけてくる」
「え? わかった!」
「夜には戻ってくるから、夕飯は一緒に食べよう」
ラウルはそう言うと、すぐに出かけてしまった。
「……いつも一緒にいたから、単独行動するとは考えてなかったや」
『にゃ』
だけど、どうやってラウルに内緒でプレゼントを買うか悩んでいたので、ちょうどよくはある。
私の肩にぴょんと飛び乗ってきたおはぎに話しかけ、「久しぶりに二人だねぇ」と苦笑した。
宿で朝食を済ませ、私はおはぎと一緒に街に出た。
遠くからカーンカーンという音が響いている。どうやら鉱石の発掘を行っているみたいだ。
「とりあえず、街を見て回ろうか」
『にゃんっ!』
街の大通りには露店がたくさん並んでいて、東西にはそれぞれ市場がある。出発前の買い出しは、市場がよさそうだ。
露店には宝石をあしらった装飾品や、鉱石と木材で作られた工芸品などが並んでいる。そのほかは、食器類が多い印象を受ける。
私が目を止めたのは、大皿を扱う露店だ。
「……さすがは大皿、迫力があるね」
お皿は陶器にステンドグラスをあしらったものが並んでいて、キラキラと華やかだ。料理を乗せたら映えること間違いないだろう。
ステンドグラスで花の模様が描かれたものや、不規則に様々な色のガラスを組み合わせたものなど、デザインが何種類もある。
これに料理を乗せたら、美味しさも倍増しそうだ。
……どれも可愛くて、迷っちゃうね。
私が悩んでいると、「らっしゃい」と店主が声をかけてくれた。
「うちのはどれも一級品だから、贈り物としても人気があるんだ」
「確かに! ほかの街でステンドグラスなんて見かけなかったので、この街ならではの食器ですよね。素敵だと思います」
「わかってるじゃないか」
店員は食器を褒められたことが嬉しかったようで、へへっと頬を緩めて笑った。
精霊のダンジョンを攻略し、倒した魔物のドロップアイテムや討伐依頼で得たお金があるため、現在の懐事情は思いのほか悪くない。
普段使いでもいいけれど、もし誰かを招待してキャンプ飯をするならば、こういったお皿が何枚かあるといいなと思う。
道中で出会った旅人や冒険者と、食事を共にすることだってあるのだ。
「……よし、三枚――いえ、二枚ほしいです!」
「はい、まいど!」
お皿の値段を見たら、一枚一万ルクといいお値段だったのです……。
選んだのは、桜に似たピンク色の花が描かれた大皿と、猫が描かれた大皿の二枚。白い猫は、おはぎと色違いのようで可愛い。
「おはぎ、猫のお皿だよ。可愛いね」
『にゃうっ!』
おはぎはお皿の絵がわかるのか、私が見せると頭を擦りつけてきた。
さっそく次のキャンプ飯で使おうと思う。
「って、プレゼントを探すんだった!」
『にゃっ』
私は露店を後にして、何かいいものはないかと違う通りにも行ってみることにした。




