精霊の力
『どうせ指輪を見つけるのなんて無理でしょう? とっとと帰ったらどう?』
しばらくして、精霊が再び私たちの前に姿を現した。
どうやら私たちを煽りにきたみたいだ。
「もう見つけたから大丈夫ですよ」
『無理だって泣いても――えっ、見つけたの!? 嘘!?』
私が命の雫、もとい指輪を差し出すと、ものすごい速さで精霊が飛んできた。指輪を掴んで、『本当だわ!』と衝撃を受けている。
「精霊様の指輪が見つかってよかったです」
「大切なものだったんですよね?」
そう言って、フィフィアとラウルが微笑む。
しかし内心では、整理整頓をしておけばこんな事態にならなかったのでは? と思っているに違いない。
『…………確かに本物の指輪だわ』
「よかったです」
鑑定ライトが見つけてくれたので、偽物のはずがない。
私が安堵で胸を撫で下ろすと、みるみるうちに精霊の眉が下がって悲惨な表情になってしまった。
え、どうしたのいったい?
『………………聖樹の苗は、あげられないわ』
「――!」
「え、それだと約束が違います!」
突然の精霊の言葉に、私は慌てて反論する。
聖樹の苗とエリクサーをくれるから、この指輪を見つけだしたのだ。なのに、聖樹の苗をあげませんでは私たちの働き損だ。
怒りを顕わにする私と違い、フィフィアは冷静だった。
「精霊様、どうか理由をお聞かせくださいませんか? 私がお力になれることでしたら、協力いたします」
『エルフ……あなた、いい子なのね』
フィフィアの声を聞いた精霊はぶわっと涙ぐみ、ぽつりぽつりと理由を話してくれた。
『私は、生まれ変わったばかりの精霊なの。精霊は何百年かに一回の周期で生まれ変わるんだけど、そのとき今まで力を蓄えた指輪を持って生まれるの』
「それが先ほどの指輪なんですね」
『そうよ』
精霊はフィフィアの言葉に頷き、話を続ける。
『だけど私はずっと指輪をなくしてて……力が万全じゃないの』
「そうだったのですか……。指輪の力は、もう完全には戻らないのですか?」
『ええと……しばらくつけてれば力が戻るけど、どのくらいの期間かはわからないわね』
だから数日かもしれないし、数年……数百年かもしれない。
聖樹の苗は、精霊の力が完全に回復しなければ用意することができないようだ。
精霊の目から涙がはらはら零れ、『ごめんなさい』と言う。
「大丈夫です、精霊様。私はエルフですから、長寿です。精霊様のお力が戻るまで、お側においていただけませんか?」
『え……いいの?』
「もちろんです」
フィフィアと精霊の間で、とんとん拍子に話が決まっていく。
ラウルが二人の話の邪魔にならないよう、小声で話しかけてきた。
「フィフィアはここに残るつもりみたいだな」
「……そうだね。だけど、フィフィアと精霊の関係を考えると、それもいいのかもしれないね」
「そうだな」
ここが危険な場所であれば、私も一言物申したかもしれない。
が、ここは安全そうだし、フィフィアも満足そうな表情をしている。今後、エルフと精霊が絆を再び繋いでいくのにはちょうどいいだろう。
『ありがとう~~』
精霊は感動したのか、ついに号泣してしまった。
それをフィフィアがハンカチでぬぐっている。なんだか微笑ましい光景だ。
「あ、精霊様! エリクサーは大丈夫そうですか!?」
エリクサーもいつになるかわかりませんでは、かなり困る。
私がドキドキしながら応えを待っていると、精霊は『あ、そうでしたね』と言う。忘れていたらしい。
『エリクサーは、私たち精霊の涙のことです』
「「「……!?」」」
衝撃の事実に、私たち全員は目を見開いた。
伝説級の回復薬エリクサーが、まさかの精霊の涙だったとは……!
しかしその事実を知り、はたとする。
「精霊様、さっきからめちゃくちゃ泣いてますよね?」
もしかして地面やフィフィアのハンカチに吸収されていってるそれ、エリクサーではないでしょうか?
思わず顔がにこやかになってしまう。
『そうですね、エリクサーです』
「わああああぁぁ、ラウル、腕、うでええぇぇ!!」
「お、おう!!」
リアルタイムで流れ落ちる涙を瓶やら鍋やらに集めている時間はない。すぐさま精霊が泣いている下に、ラウルが左腕を差し出した。
『左腕を怪我していたのですね』
「……はい。上手く動かせなくて。それで、エリクサーを探しにこのダンジョンに来たんです」
精霊の質問にラウルが答える間に、数滴の涙が腕へ落ちた。
涙がラウルの腕に触れると、まばゆく光る。きっとこれが治癒の光なんだろう。周囲まで温かくなるような、そんな光だ。
しばらくすると、光が止んだ。
『これで、あなたの腕は治ったはずよ』
「――本当だ、動く。……っ、動きます! ありがとうございます、精霊様!!」
『指輪を探してもらいましたからね』
精霊はラウルの腕が治ったのを見て、嬉しそうに微笑んでいる。
次にラウルは私の前にやってきた。
腕が治ったというアピールのためか、単純に嬉しいだけなのか、ラウルはブンブン腕を回したりしている。
「治ったぞ、ミザリー! ミザリーが一緒にダンジョンに来てくれたからだ。本当にありがとう。いくら感謝してもしきれないし、返せないほど恩がでかいな」
はははと笑うラウルを見て、思わず私はしゃくりあげた。
「……あれ?」
頬に温かいものが伝って、自分が泣いていることに気づく。
そして自分でも驚いてしまったのだが、私はそのままラウルに抱きついた。
「よかった、よかったよおぉぉ~!」
気付けば涙はぼろぼろで、何度も「よかった」とラウルの無事を喜んだ。
「……ありがとうな、ミザリー」
「うん……!」




