VSガーゴイル
私たちはガーゴイルを見ながら、神殿の階段を慎重に登っていく。今のところ反応はない。
「すごい景色だな。本当にこれがダンジョンの中なのか? こんなすごいダンジョン、初めてだ」
ふいに発せられたラウルの言葉に、私も階段の途中から景色を見る。
高い建物がないため、神殿の枯れた庭がよく見える。
……確かにすごいけど、美しい光景ではないね。
それが少し寂しい。
私たちは地理を把握するため、しばらく景色を眺めた。
「そろそろ行きましょう。どこでガーゴイルが動き出すかわからないから、気を抜かないようにね」
「「わかった」」
フィフィアの声に頷き、私たちは再び階段を上り始めた。
のだけれど――階段が終わり扉の前に到着したが、ガーゴイルは動く気配を見せない。
「え、もしかして魔物じゃなくて本当に石像だったとか?」
気になるが、もしかしたら触ることで動き出す仕掛けかもしれない。
「ミザリーのキャンピングカーにも魔物の印がついてたから、石像ってことはないと思うわ。きっと、発動条件があるのね」
冷静に分析したフィフィアは、「位置を見る限り、扉ね」と言う。
確かにそれは私も怪しいと思ってましたよ……!
フィフィアはぐっと剣を握りしめ、私たちの方を見た。
「いい? ドアに手をかけるわよ」
「……ああ!」
「おっけぇ……!」
私とラウルが頷いたのを見ると、フィフィアが扉に手を振れた。すると、石像の目が赤く光った。
――やっぱりガーゴイルだった!!
フィフィアとラウルがすぐさま扉の左右に跳び、一体ずつガーゴイルを受け持った。体が石像だから、きっと一撃が重いはずだ。
私にも何かできればいいのだが――大きく翼を広げ、魔法の矢を放ってくるガーゴイルを私が相手にできるとは思えない。
どうにかして応援を!
私がそう思った瞬間、ラウルの振るった剣がビュンッと風を切り裂くような音を立てた。
「すごい、ラウル!」
「え――!?」
「……っ、私も体が軽い!」
しかし、当のラウル本人が自分の剣捌きに一番驚いているみたいだ。そのままガーゴイルの翼を一枚切り落とした。
フィフィアもいつも以上に体が軽いみたいで、よく動いている。
フィフィアは何度か確かめるようにジャンプしたあと、ガーゴイルとの距離を一気に詰めて真っ二つに切り裂いてみせた。
「え、すご……」
あっという間にガーゴイルを倒してしまった。
私はといえば、開いた口が塞がらないとはまさにこのことだろうか。
二匹のガーゴイルは光の粒子になってきえた。
残ったドロップアイテムは、魔鉄だ。
ラウルが魔鉄を拾い、それをいったん鞄にしまった。そして剣を握った自分の手をじっと見つめている。
「なんだか、自分の身体じゃなかったみたいだ」
呟いたラウルに、私も同意する。
「いつもよりめちゃくちゃ速かった!」
「きっと、ミザリーのスキルで魔物を倒しながら来たからね。私たちにも、その恩恵があったんだと思うわ」
「あ、なるほどな。自分で戦ったわけじゃなかったから、その実感が薄かったのか」
あっさりとフィフィアが謎を解決してしまった。
私がキャンピングカーで倒した魔物の経験値が、二人に分配されていたということらしい。
キャンピングカーがこれだけすごくなったのだから、経験値を分配されていた二人が弱いままなわけがないね。
フィフィアは額を拭い、私とおはぎとラウルを見た。
「怪我はない? なければ、扉を開けるわ」
「――! 私はもちろん大丈夫」
「俺も問題ない」
『にゃっ』
全員の意思を確認し、フィフィアが神殿の扉を開いた。
ギイィ……という音と共に開いた扉は、かなり立て付けが悪くなっているようだ。
遠目で見た神殿は薄青色で神秘的だと思ってみたが、近くで見ると所々薄汚れていて劣化が目立つ。
昔はきっと美しかったのだろうと思う。
警戒しつつ中に入った途端、『誰!?』という声が響いた。
神殿の天井は高く、声がよく通る。
フィフィアとラウルがすぐさま戦闘態勢を取ったのを見て、私も慌てて短剣を構えた。
「何者!?」
「この階層には、俺たち以外いないはずだ」
「……うん」
声を張り上げたフィフィアの後ろで、私とラウルはこそこそ喋る。
すると、声の主から返事があった。
『それはこっちの台詞よ! ここは私の家よ! 勝手に入ってこないで!!』
――私の家。
つまり、声の主はこの神殿の主ということだ。
ということは、このダンジョンのボス――精霊ということではないだろうか。
「え、精霊……?」
『あなた、私を知ってるの?』
私がぼそっと呟いた声は聞こえていたようで、質問が返ってきてしまった。
ここに精霊がいると言ったのはフィフィアなんだけど……。そう思いフィフィアを見ると、頷いた。どうやら返事をしてくれるみたいだ。
「私はエルフのフィフィアです。ここが精霊様のダンジョンであるということを知り、お会いしたくてやってきました」
『――! エルフ、あなたエルフなのね!』
「は、はい」
警戒していた様子の精霊の声が、ぱあっと明るいものになった。
……精霊とエルフは、やっぱり良好な関係みたいだね。
次の瞬間、私たちの目の前がぱっと明るくなり――精霊が姿を現していた。
その姿は手のひらサイズと小さく、周囲にはふわふわした光が浮いている。
金色に輝くゆるやかなウェーブがかったロングヘア。薄い水色の瞳はパッチリしていて、まさに絶世の美女という言葉が相応しい。
ふんだんにレースを使った白いドレスを身にまとい、不敵に微笑んでいる。
『エルフに会ったのなんて、何年ぶりかしら』
「……っ、お会いできて光栄です。精霊様」
フィフィアが跪いたのを見て、慌てて私とラウルもそれに倣う。失礼があって、怒らせてしまっては大変だ。
しかし精霊はあっけらかんと笑う。
『そんなにかしこまらなくていいわよ。ここにずっと一人でいるのも退屈だったから、来てくれて嬉しいわ!』
「ありがとうございます」
フィフィアが立ち上がったので、私たちもそれに続く。
……よかった、何事もなくて。
なんて思ったのは、一瞬だった。
『あ、ダンジョンを攻略しにきたの? 私を倒すために……』
「……っ!!」
精霊がこの場所――ダンジョンの意味を思い出し、途端に殺気をみせた。
小さな体だと言うのに、その威圧はすさまじい。これがお伽噺になるような、精霊という存在なのか。
本来ならば、短剣を構えるべき。
だけど体が動かない。
これが本当の威圧なのかと、息を呑むしかできない。
「……っは、あ」
『私のダンジョンを侵害する者は――』
『にゃう』
『……って、猫?』
精霊の言葉を遮って、私の肩に乗っていたおはぎが鳴いた。
すると、おはぎの声に気が抜けたのか精霊の威圧がなくなって体が動くようになった。
「私たちはダンジョンを踏破しに来たのではなく、精霊様にお会いしにきたのです!」
『――私に?』




