獏
「──ここか」
何ともない、街中の住宅街。僕を呼んだ奴はその住宅街の中心から離れた家に住んでいた。
日本ではよくある街並み、家、道。至って普通の人間が、不自然な消え方をしたと言う。
浮気調査であったり、物探しはよくあるが、人探しは久しぶりであった。一年前に消えた彼を探して欲しい、普通なら警察ものだが、今回はどうやら──。
「では、お話を伺いましょうか」
リビングに案内され、早速本題へと移る。
予想通りの内装。変哲なく普遍的な家だ。呪具みたいな怪しいコレクターであったりするかと思ったが、面白味ない普通の部屋だ。
相談者は僕の席と対面になるように座った。アルバムのようなものを机に広げると、そこには相談者と写る“彼”がいた。
「“一年”も前のことです。私と彼はこの家で同棲していました。彼は会社員で、その日もいつも通り出勤しました。私もアルバイトをしているので同じ時間に家を出ました。普段は彼の方が先に家に帰っていましたが、その日は家は暗いまま。彼はそれからも帰ってくることはありませんでした」
「警察には?」
「勿論捜索願いを出しました。しかし結局わからないままで──探偵さんどうか探して頂けませんか?」
写真に写る“彼”──身長180ぐらいだろうか。それよりは低いかもしれない。服装も派手でなく、アクセサリーの類も無し。眼鏡をかけた二十代前半というぐらいか。
「会社の連絡先と、彼が最後に防犯カメラに映った場所を教えて頂けますか?」
◆◆◆◆◆
“彼”──富永廣、二十五歳。家の内装と同じく普通のサラリーマン。友好関係は広くはなく、しかし狭くもない。仕事はちゃんとこなすようで、上司からも気に入られてたようだ。少なくとも、人間関係が原因──と言うことはなさそうだ。
「あとは“場所”だけか」
名前、最後に消えた時間と場所、人間関係。この三つだ。“過去を視る”には、この三要素が不可欠である。
僕は初めから普通の探し方をする気はない。そもそも、一年も前に消えた人間を一人で探すのは不可能極まりない。そこで使うのが、僕の能力。
いつからか、知らぬ間に視えるようになっていた。過去を見ていると認識できたのは十を超えた頃だ。もしかしたら生まれた時から視ていたかもしれない。
視えるものが未来であったなら、ヒーローにでもなれたかもしれないが、生憎振り返ることしかできない。
しかし過去とは面白いもので、世の中不思議が広がっている。半年前の交通事故の原因を調べろという依頼は、運転手が突然意識を失い、制御が効かなくなった為であった。
僕はこう言った依頼を小説にしている。時々ブッ飛んだネタを上げると大層ウケるのだ。
◆◆◆◆◆
最後に写った場所は自宅からも会社からも離れた場所だった。深夜一時、徒歩十分で山の中へ入れるような駅の防犯カメラに頭だけが映ったのが最後である。
「一体どうしてこんなところに」
言葉を零さずにはいられない。酒を飲んで酔い潰れていたからこの駅まで降り過ごした──なんて話ではない。
会社からここに着くためには四度ほど乗り換える必要がある。意図的で無ければ、こんなところには来ないだろう。
山の先には数軒家が建っているようだ。駅からでは視認できないが、携帯のマップで見ると確かにある。
そこに行ったにしても、深夜のこの時間では周りは何も見えない。普通に考えれば危険極まりないものだが。
まぁ、過去を視てしまえば全てわかることだ。
僕は目を瞑り、彼の名とカメラに映っていた映像を思い浮かべる。
思い浮かべる内容は事実でなければならないが、カメラに映る映像は嘘偽りがない。次に目を開いた時には、その“彼”がいた。
──いや、正しくは“浮いて”いた。
僕は過去を視る傍観者に過ぎない。話しかけるだとか、触れるだとか。そういったことは出来ない。
どのような原理で、何をして浮いているのかはわからない。勿論のことだが、ここで言う“浮く”というのは、吊るされていたりするわけではない。
しかし、一度過去に来てしまえばこちらのもの。再生するのも、巻き戻すのも自由だ。
少しずつ、時間を巻き戻していく。だがそれは次第に彼の体が足から消えていくだけであった。
「何か、変だ」
僕のような能力持ちなのか。滅多なことでは見かけないが──。しかしこの超常な事実はそう言わざるを得ないだろう。
巻き戻すと、彼は完全に消えてしまった。逆に言えば、ここにくる理由があったということだろう。彼が何者であれ、このまま巻き戻しを進めるしかないだろう。
◆◆◆◆◆
時間を戻しても、視ているのはあくまでその人の過去の時間である。よって僕が視る映像はその人に自動的に追尾する形になる。
対象が動けば、僕もそれに着いていくしかない。周りのものは見ることができるが、視界外のものは視れないのだ。
だがそれを逆手に取れば。
今回のようなこの超常のワープ現象についていくことができる。
しかしこの現象、彼の能力ではなさそうだ。
「ど、どうかやめてくれ!」
そう叫んだのが彼──富永廣だった。
どこからか聞こえてくる声に対し懇願する彼の姿はまるで命乞いだろう。
『君は久々の餌なんだ。私ももう限界でね』
広く閉鎖的な路地のような場所。宙にはモヤモヤしたものが浮いている。
「大事な彼女との記憶なんだ!代わりにこれからの事ならいくらでも──!」
『だが私も限界でね。そろそろ何か記憶を食べないと死ぬ。君が彼女を大事にする気持ちは十分に伝わった。しかしどうしようかねぇ』
どうやら声の主は悩んでいるようだ。霊なのか何なのかわからぬ声の主は意外と人の心がわかる奴なのかもしれない。
記憶を食べる、ということは、浮いているものは誰かの忘れてしまった記憶なのだろうか。彼に証明するには十分すぎる資料だろう。
『ふぅむ────わかった。君の記憶は食べないでやろう』
声の主の一言に、胸を撫で下ろす富永。しかし主は、ただし、と続ける。
『今から一年間、猶予を与えるよ。君に乗り移って君と君に関する記憶を持つ人の記憶を食べることにする。これなら、君は大事な記憶を持ったまま、私も生きれると言う事だね』
その提案を断るわけがなかった。彼は喜んでその提案を呑んだようだ。
『それと、会いたい人がいるんだ。その人に会いに行ってもいいかい?』
──つまり今回の依頼、“突然消えた”というのは誤りで、先日までは居たのだ。ずっと富永とその周りの人間の記憶を喰らい続けた声の主のせいで、“突然消えた”ように感じた、という訳なのだろう。
会いたい人、というのはきっと山中の家に住む人なのだろう。ふと気になってしまったので、このままついて行くことにした。
◆◆◆◆◆
山の中を進むと、数軒の家々が建っていた。異質だった先程の路地とは一転、家々は変哲のない家だった。
富永──いや、乗り移った声の主はチャイムを鳴らす。
……何も反応がない。僕はそばまで寄った。
いや、違う。一歩ずつだが、足音がする。果たして人かどうかも怪しいが、かなり足が悪そうだ。
やっとの思いだろう、数分たって開いた扉の向こうには、杖をつき、腰の曲がったお爺さんが立っていた。
「はて、お主は誰かね」
『お久しぶりです、お爺さん。五百年ぶりでしょうか』
乗り移られているからか、この富永という男の眼が紫色だ。口は開くが、声はあの主のものだ。
それと五百年ぶりという一言からも分かるが、やはり普通じゃない。この声の主も、お爺さんも。
お爺さんは五百年という言葉を聞き、やっと思い出したことに笑っていた。
「あの時のか!生きとると言うことは上手くやれてると言うことよな!」
『助言通りにしましたから』
二人とも笑っている。時々得体の知れない存在に触れてしまうことはあるが、おそらくこいつらもその類なのだろう。
お爺さんは声の主を家に招き入れた。僕も続いて入ろうとした。
──しかし電撃が走る。
何かにぶつかった感触だ。このお爺さんの家付近には何か電気の壁のようなものがある。富永という男はすんなり入れたのに、だ。
何か、結界じみたものなのだろうか。
富永から引き剥がされたためか、再生は中断され、現在へ戻された。
ついていけなければ過去の再生は中断される──こんな現象はあり得るとは思っていたが、初めての体験だった。
日はもう上がろうとしている。
やれやれ、しかしなんと報告したものか。
半日で書いた作品です。矛盾点などあるかと思いますが、そこは目を瞑っていただければなと思います。