第4話 危機回避
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思わず身体が硬直し、立ち止まりそうになるが、それをしてしまえば式自体が台無しになる可能性があるから、すんでのところで堪えた。
(この不愉快な感覚は……そうだわ。今受けている視線や感覚は、つい先日のあの気配と同一のものに違いない。だとすると視線の先の前方、右手側に……)
セリスはそう思い咄嗟に確認をすると、案の定その先に座っていた。
蒼色が基調のプリンセスドレスを身につけた、漆黒の黒髪の女性──カーラが鋭い目つきでこちらを凝視している。
思わず心が叫び出したくなり、目を逸らした。カーラに対して、嫌悪感よりもまず恐怖心が湧き上がってくる。
恐い、悍ましい、今すぐここから逃げ出したい。──面会室で目の当たりにしたあの邪悪な笑顔。それが過ると心が折れてこの場で蹲うずくまりたくなり、……いつの間にか歩みを止めてしまっていた。
歩みを止めてしまった後、自分が大変な過失をおかしてしまったことに気がつき、瞬く間に血の気が引いていく。
思わずカーラと目が合うと、目を見開き口角を上げていた。
頭が真っ白になり、身体が小刻みに震えて来る。
周囲の参列者たちは思わず息を呑み、辛うじてまだ反応は無いけれど、このままでいれば会場内が騒つくのも時間の問題だと思われる。……どうすれば……。
「あと僅かだ。呼吸を整えて、私が三つ数えたら再び歩き出すぞ」
アルベルトは、そっとセリスにだけに聞こえるように囁いた。
頭にまだ鈍い感覚が残るが、どうにか頷き深呼吸をすると、視線は変わらずアルベルトは扉の方を向いたまま小さな声で三つ数え始める。
「……三、二、一」
その声を合図に、セリスたちは再び歩き出した。先程よりも心なしか速度が落ちているように感じ、今のセリスにはとてもありがたかった。
加えて深呼吸をしたからか、カーラから感じる邪悪な気配のことは気にならなくなり、どうにか扉の前まで辿り着き、両扉が開くと礼拝堂の外へと出ることが出来た。
無事に室外に出れたので安堵をしたが、自分のしでかしてしまったことが過ぎると、すぐさまアルベルトに対して向き直し頭を下げる。
「大変申し訳ございませんでした」
(わたくしは陛下に対して侮蔑の目を向けるばかりで、陛下の機転がなければ自分の過失で婚儀を台無しにしてしまうところだったのだ……。自分自身が不甲斐なく、心底情けない)
「周囲に決して一分の隙も見せるな。我々を狙っている者が、いつ何処にいるのか分からないのだからな」
その言葉はセリスの胸の深いところに染み渡った。
(ああ、陛下は常に周囲に敵が潜んでいると想定し動いているのね。それでは気が休まる時はあるのだろうか……)
「はい、承知致しました。今回のことを強く肝に銘じて、慎重に行動をしていきたいと思います」
「……ならば良い」
アルベルトは、頭を下げたままでいるセリスからそっと離れて、顔を上げるようにと言った。
「これから各国の要人を迎えなければならないが、……大事ないか」
「はい。陛下のお力添えをいただきましたので、落ち着いて参りました」
「……そうか」
アルベルトは背を向け、そのまま五名の近衛騎士らと廊下を進んで行った。あちらの方向はアルベルトの控え室があるので、おそらく準備の為に戻ったのだろう。
セリスも既に廊下に控えていたオリビアや他の侍女、加えて近衛騎士らと共に先ほどの道を通って控え室へと戻った。
控え室に戻ると、今度はお披露目の準備を行うために前もって三名の王妃専属侍女が既に準備を済ませて待機をしていた。
「王妃殿下。本日はご結婚及び、ご即位おめでとうございます。それでは、僭越ながら、これからお披露目に向けてのご準備をさせていただきとうございます」
「ありがとう。それではよろしく頼みますね」
「かしこまりました」
上等なお仕着せを身につけた侍女頭のティアが、セリス対して恭しく辞儀をした後、セリスを姿見の前に立つよう促した。
ドレッサーの前に置かれた長椅子に腰掛けると、すぐさまティアが化粧を直す為に化粧用のコットンで肌を軽く拭き取ると、パフで粉をのせはじねる。
「先程まで、こちらで魔宝鏡で式の様子を拝見しておりましたが、とても素敵な式でした。わたくし、お二人のお姿に始終目が離せませんでしたが、特に誓いのキスの際は、ロマンティックで思わず感嘆の声を漏らしてしまいました」
ティアは本心からそう思っているらしく、輝く瞳で揚々と先程の感想を教えてくれた。
補足をすると魔宝鏡と言うのは、鏡に特殊な魔術をかけた石を装着し、同様の魔石を加えた撮影機で撮影した映像を映し出す「魔宝具」の一つで、便利な道具だが、魔宝鏡に使用する魔石は純度の高い貴重な物なので、そのためあまり一般に普及しておらず、それは今後の課題でもあるのだ。
「……それは何よりです」
他に返す言葉が浮かばないのもあったが、あの時のセリスは何故アルベルトがあんなことをするのか理解が出来ず、嫌悪感を抱いたのだった。
(それはいくら何でも、申し訳が無かったかしら……)
加えてアルベルトは、先程礼拝堂でセリスに対して配慮をし、頼もしい助言と共に失墜を犯したセリスを責めたりはしなかった。
思わず胸が温かくなって来たがすぐ様、ズンと黒く深い感情が渦巻いて来る。
(わたくしに極刑の判決が下ったあの日、陛下は何の温情も抱かれなかった。それにわたくしを陥れたであろうカーラと繋がっていたのだわ!)
今の時点で、どこまでカーラがアルベルトに近づいているかは分からない。けれど、これだけは確信できる。あの二人に心を許しては駄目だ。信用してはならない。セリスは直感的にそう思った。
(そもそも、わたくしが先程カーラに邪悪な視線を投げかけられたのは、陛下の妻となったことでカーラに嫉妬をされたからなのでは。元より先程の件自体、陛下が原因で起こったことなのだから、陛下に対して恩を感じることは無いのだ)
セリスはそう強く念じ、少々湧いていたアルベルトへの感謝の想いをかき消すことにしたのだった。
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