第2話 アルベルトとの再会
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胸の鼓動の音が鳴り響き、動悸が襲ってくる。
先日までは想い慕ってやまなかった存在が、自分の近くにいるかもしれないからだ。
──途端に、セリスの心中に冷たくて暗く、形容し難い負の感情が渦巻いてきた。
(……もし、これから会う男性が自分が知っている陛下であるのなら、正直なところもう会いしたくも話したくも無い)
何故ならアルベルトは、獄中のセリスに面会に来ることも無く、こともあろうかカーラを選んだのだ。
法廷の場ではそうだと認めたくなかったが、先日カーラが面会に訪れた際に、「わたくしが王妃として」と言っていた。そもそも、発言が全て記録される面会室において、悪戯に虚言を発するとも思えない。では、やはり認めたくなかったが、二人はあの時既に通じていた可能性が高いのだ。
加えて万が一、アルベルトもカーラと共謀してセリスを陥れたのだとしたら……。セリスはそう思うと、間違ってもこちらからアルベルトに対して微笑むようなことは絶対にしないと心に決めたのだった。
威圧的な姿勢でセリスの目前に立ち、見下ろしているであろうその男性を、意を決して見上げた。
すると案の定、そこには正装である黒を基調とした複数の勲章が付けられた軍服を身につけた、アルベルトが立っていた。
たちまち、電撃が走ったような衝撃と息苦しさが襲って来るが、何とか抑えこみ気丈を装い立ち上がって辞儀カーテシーをする。
「……国王陛下にご挨拶申し上げます。お忙しい中、こちらまで足をお運びいただき恐悦至極に存じます」
何とか形式的な挨拶はしたものの、顔は引き攣っているし身体は恐ろしさから震えが止まらないでいた。
(カーラのことも勿論気がかりだけど、何よりもわたくしは陛下に一度見限られて見殺しにされているのだ。──これ以上失うものなど何があるのだろう)
そうセリスは思うと、絶対にアルベルトに負けないと言う気持ちが湧き上がって来て、心が夜の海のように静かに落ち着きを取り戻していった。
「│面を上げよ」
「……はい」
決して動作を早めず、だがそれでいて優雅さも兼ね添えることを忘れずに身体を起こしていく。
アルベルトに対して絶対に微笑まず、隙を見せないようにと誓いながら視線を合わせた。
(ああ、凛とした姿勢、漆黒の艶のある御髪おぐし、強い生命力を感じるお姿。お変わりが無いようで安心したわ。……いいえ、もうわたくしが陛下の身を案じる理由など、どこにも無いのだ)
「あと半時で婚儀が始まる。式中の身の振り方は心得ているな」
「……はい。事前に何度も打ち合わせておりますので」
「ならばよい」
アルベルトは、無表情とも無関心とも言える、普段セリスのみに向ける力の無い瞳でチラリと眺めると、目を大きく見開き動きを止めた。
(どうかなされたのかしら。滅多にわたくしに対して動じたり、感情を露にする方では無いのだけれど……)
「……今日は笑わないのだな」
(笑わない……。ええ、もちろん。真に必要に迫られた時のみだけ貴方様には微笑むことに致しましたので、必要もないのに微笑んであげるものですか。……詳細は今決めましたけれども。とは言え、本音をそのまま伝えてしまったら、不敬罪で捕らえかねないので……)
「はい。とても緊張をしているのです。どうか寛容な陛下におかれましては、ご承知いただければと存じます」
「……そうか」
そうして一瞥すると、アルベルトは共に入室していた近衛騎士と退室して行った。
どうにか、この溢れんばかりの黒い感情をアルベルトに対してぶつけずに済んだので安堵していると、今までセリスたちの様子を無言で見守っていたオリビアが青い顔をしていた。
「お嬢様。何故、陛下に対してあのようなぞんざいなご対応をなされたのですか? わたくし、心から背筋が凍りつくような思いを致しました」
その声は真から震えている様で、何だかオリビアにはとても気の毒なことをしてしまったと思ったが、セリスは自分の判断が間違っているとは思わなかった。
「……本当に緊張しているのよ。それに陛下もこれから来賓や他貴族のご対応や牽制でお忙しいでしょうし、なるべくわたくしに構って神経をすり減らせて欲しくないの」
「け、牽制……。それに、神経をすり減らすなどと……」
目を丸くするオリビアに対して、どう対応をするのが良いのかと考えあぐねていると、ふと目前のドレッサーの鏡に映る自分の姿が目に入った。──その目は鋭く全く笑っておらず、冷たい印象を受ける。
だはセリスは、この目に悪い印象は持たず、むしろ好印象を抱いた。
(そうか、きっとこれが本来のわたくしの目なのだ。それこそ、一年前の誰にでも穏和な目を向けていた時のそれよりも気高いと思う。けれど、少し前まで穏和な笑顔を振り向いていた女性が、突然こんな表情をする様になったら周囲の人間は、大方オリビアの様に困惑をするのかもしれない。そうね、陛下に対しては絶対に譲れないけれど、それ以外の場面では弁えなくては)
そう思案していると、介添人が入室して来たのだった。
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