第1話 そして二度目の人生へ
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こちらは短編版を分けたものとなります。
「廃妃セリスを極刑と処す」
壇上で罪状を読み上げ冷ややかな視線を向ける裁判長の渇いた声は、以前は艶やかで見事なブロンドだったが、今は朽ちた濁った様な髪色の女性に向けられた。
女性の瞳には力が無く、自身の運命を左右する言葉なのにも関わらず、実のところ彼女はその内容に殆ど関心を寄せていなかった。
王室裁判裁所の審議室では、判官の他には数名の陪審員、女性側の弁護人しかおらず女性の親族は一人としていなかったが、唯一前夫である現国王アルベルトが冷静と言うよりかは冷酷と取れる瞳で始終国王用の来賓席で遠目で見渡していた。
(ああ、わたくしは極刑になってしまうのね……。陛下はいらしているのに、どうして私に情けをかけてくださらないのかしら……。わたくしは潔白ですのに……)
女性はこのラン王国の第二十代国王アルベルト・エメ=フランツの元妃である。
元と言うのはつまりところ今から半年程前に夫から離縁を言い渡され実際に離婚が成立したからで、彼女はその後直ぐに複数の罪により捕縛され留置所に送られている。
そして本日は、その三ヶ月後に開かれ彼女の運命が決定した裁判の日であった。
極刑判決が下された女性の名前はセリス。前王妃にして元公爵令嬢であったが、木の枝のように痩せ細り乾燥しきった肌を持ち合わせる現在の彼女は、かつての恵まれた容姿であった時とは天と地程の差がありとてもそのような身分の者だったとは思えなかった。
だからセリスは、自分自身の人生に対して失望していたが、もう殆ど諦めていた。
と言うのも、身に覚えが全く無い複数の罪で捕まり、その後およそ公爵令嬢や王妃時代に経験することのないだろう酷な仕打ちを受けた彼女は、身体だけではなく精神にも異常をきたし疲弊しきっていたからだ。
だからか、その二ヶ月後にセリスは自分の死刑が決行される事実をどこか遠くの出来事のように取られいた。
──刑が執行される前日に、ある女性が面会に訪れるまでは。
「ふふ、惨めですわね。ですが、もうすぐ楽になれますわよ。そうそう、陛下のことはどうか安心して旅立ってくださいませ。前王妃が我が国の評判を貶めましたが、わたくしが誠心誠意お支え致しますので。ふふ、もちろん王妃としてね」
今までどんなに看守に罵られても、どこか現実味の無い感覚がありこれは自分自身に起こっていることでは無いとまで思っていたが、彼女に辛い現実を突きつけられその身に強い衝撃を受けた。
何よりも幼き頃から作法を叩き込まれたセリスには、そのその衝撃を受け止めるにはあまりにも弱々しく難しいことであった。
反して、女性は艶やかな漆黒の黒髪に強い眼差しの黒い瞳でセリスを見下し嘲笑った。
「それではご機嫌よう。『お飾り王妃様』」
面会室の重厚な扉がしまった後、セリスは我に帰った。
(嵌められた。わたくしはあの女に、わたくしの侍女だったあの女にとことん嵌められてしまったのだわ。どうして今までそれに気がつかなかったの⁉︎ わたくしはどこまでも無知で、……愚かなんでしょう……)
思ったところでもう全てが遅かった。ことの真相を理解するのに遅すぎたのだ。
葛藤のうち瞬く間に一日が経ち、刑執行日となった。
それは公開処刑ではなく、非公開の狭く無機質な何もない個室で粛々と行われた。
刑の執行人が、魔術薬の小瓶を椅子に座っているミアに手渡すと、恐る恐るその瓶のコルクを抜く。
「さあ、早く飲め。楽になれるから」
返事はしたくも無いが、不本意ながら小さく頷き小瓶の中身を一気に飲み干した。
(ああ、わたくしは……もう一度人生をやり直せるのなら……)
ぼんやりと意識が無くなっていくが、どこか身体の芯の部分で心が悲鳴を上げていた。
(もう二度と陛下を愛さない。愛してやるものですか。そして、カーラも絶対に許さない……)
強く願うと、ペンダントから眩い光が溢れて周囲を照らしていく──
◇◇
朦朧とした視界の先にドレッサーがあり、そのまま幾分の時身を固くしたが意を決してもう一度それに視線を戻す。
すると、その鏡に写っているのは純白のウエディングドレスに身を包んで見目麗しき女性だったのだ。
肌の艶や見事なブロンド。先程までの枯れ果てた姿とは一変していた。
「これは……わたくし? ま、まさか……」
セリスは侍女のオリビアが同室に控えていることに気がつくと、直ぐに彼女に日付を聞いた。
「……今日は何日かしら」
「セリスお嬢様、本日は六月十六日ですよ」
軽率に、こんな奇想天外な結論を出したくなかったが……。
「時が遡っている?」
思わず呟いてしまったが、侍女のオリビアには聴こえていなかったようなので安堵した。
(先ほど、わたくしが毒薬を飲まされた日も六月十六日……。思わず遡っているなど思ってしまったけれど……)
瞬く間に、胸の鼓動が早鐘のように打ちつける。
意識が戻ってから、しばし頭に鈍い痛みとも言え無い重みが乗っているような感触がして違和感を覚えていたが、その感触は時と共に次第に晴れてきた。
ドレッサーの前の椅子に腰掛けていたことに気が付き、重い身体を引きずって立ち上がり、室内を見渡してみる。
木製の棚の上には天使が象られた彫刻由緒正しき調度品がいくつも置かれており、その全てに見覚えがあった。
(やはりここは婚儀の控え室……)
確信を得ていると、一年前の今日の出来事が瞬間脳裏に過った。
(そうだわ。……確かこの後……、陛下がご挨拶に見えるのだったわ)
思い至った瞬間、目前の扉からノックの音が低く響いたのだった。
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