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金の瞳の勇者 ー勇者の呪い 連載版  作者: はるあき/東西
リュー
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港町から王都へ(リューの章 終)

 ルハは静かに閉まった扉を確認し、ヒナに抱きついたままのリューを見て大きく息を吐いた。


「リュー、落ち着け。勇者になってしまったものは仕方がねぇ」

「嫌だ、魔王討伐なんて行きたくない。ヒナと別れない、絶対に」


 リューはヒナを抱きしめたままそう返事をする。ヒナはリューを抱き止めたままどうしたらいいのか判断がつかないようだ。


「まっ、ともかく座ろう。そのままじゃあヒナちゃんもしんどい」


 わかるだろ。とルハの言葉に渋々リューが従った。

 小さな机を囲んで座る。リューはしっかりヒナの手を握っている。離したらまるで何処かに行ってしまうと思っているかのように。


「リュー、お茶を入れるから」


 ヒナが震える声で言うが、リューは俯いたまま首を横に振る。側にいて、と。


「リュー」


 諭すように呼ぶヒナにリューは黙って首を横に振る。その体は震えていた。


「ヒナちゃん」


 ヒナと視線が合うとルハは首を横に振った。お茶はいらない、と。


「リュー、どれだけ嫌なのかは分かる。分かるが、お前が魔王を倒さなきゃ、ヒナちゃんも俺もいずれは魔物にやられて死ぬ。それは分かるな」


 世界の終わりのような表情で顔を上げ、リューは頷いた。大元の魔王を倒さねければ魔物は増え続ける。いくらリューが勇者だとしても休まず永遠に倒し続けることは出来ない。いずれ限界がくる。


「で、お前が魔王討伐に出かけなきゃ、ヒナが責められる。これも分かるな」


 リューが勇者であることを拒めば拒むほど妻であるヒナが槍玉に挙がる。望んで勇者になったわけではないのに。


「ヒナは悪くない!」


 リューは叫んだ。リューが勇者になったからってヒナが責められるのはおかしい。おかしいことなのにみんなはヒナを責めるだろう。ヒナが勇者の妻だから。魔王は勇者にしか倒せないのだから。


「ああ、お前もヒナちゃんも悪くない。お前たち二人は悪くない」


 ルハの言葉にリューからやっと力が抜けた。分かってくれる人がいる。それがリューには嬉しかった。


「でな、司祭はああ言っていたが、王都にはヒナちゃんは連れて行くな。国外に行けるように……」


 ルハはここで言い淀んだ。何かを考えるように口元に手をやる。リューはヒナと離れる可能性に目を見開いて固まっていた。その目は既に潤みはじめている。


「女将さんはヒナちゃんのねえちゃん、テナちゃんの所にいるんだよな」


 ヒナは頷いた。ヒナの姉は山を挟んだ隣国に嫁いでいた。ヒナの母親と弟は()()今その姉の元に遊びに行っていて魔物のせいでこの町に帰れなくなっていた。


「危険な旅になるが、俺がそこまで連れてってやる」


 ルハはもう涙目になっているリューに苦笑しながらそう言った。必ず連れていくから安心しろ、と。


「それから、リュー、城では気を許すな。彼処にいる者たちは魔物より狡猾だ。魑魅魍魎の巣窟と言っていい」


 その言葉にリューもヒナも息を飲んだ。ルハは王城にいる者たちは魔物より怖いと言っている。そんな場所にリューは行かなければならない。そんな場所にヒナを連れて行きたくない。

 リューはじっとヒナを見た。離れるのは辛い。けれど、ヒナがいなくなるのはもっと辛い。


「親方、ヒナを、ヒナをお願いします」


 リューは、ゆっくりルハに頭を下げた。この国の力が及ばない場所にヒナを逃がすしかない。でないと永遠にヒナに会えなくなってしまう気がする。


「ルハさん、リュー、私は……」


 ヒナも言葉が続かない。何もかも突然のことすぎて考えが纏まらない。何を言っていいか分からない。


「じゃあ、今から準備してくる」


 ルハは立ち上がり玄関に向かった。扉を開ける前に振り返り、心配そうに二人を見た。


「リュー。生きろ、生きていたらなんとかなる。必ず生き残れ」


 その後、ルハが二人の元を訪れることはなった。

 ルハが二人の家を出た直後、外が騒がしかった。リューが外に出て確認しようとしたが、神官兵たちに止められ、何が起こったのかさえも教えられなかった。


 リューとヒナは家に閉じ込められた。外には神官兵が絶えずいて、外に出ようとしても彼らがそれを許さなかった。

 毎日司祭が勇者と聖女のことをリューに説こうと来るが、リューは聞く耳を持たず追い返していた。食べ物を運んでくる町の者たちの大半は腫物に触れるかのように二人に接し食料を置いたらそそくさと帰っていく。リューと別れることになろうヒナを同情の籠った眼で見てから。

 リューがいくらルハと会わせて欲しいと、子豚亭の親父・ヒナの父親を呼んで欲しいと言ってもそれは叶えられることはなかった。ヒナをこの町に残していくことも司祭と町の者たちから反対された。


 ある日、家の外から話し声が聞こえた。


「勇者は聖女と結ばれるのでしょ」

「じゃあ、ヒナは捨てられるってこと」

「不釣り合いだったのよ、最初から。リュー、いえ、勇者リュー様と」

「そうね、リュー様は格好いいもの。王女様ともきっとお似合いだわ」


 ふふふと笑い声までする。

 リューは扉をバンと開いた。目の前には笑みを浮かべた司祭が立っており、その後でそそくさと立ち去ろうとしている若い女性たちが見えた。今までにリューに声をかけてきたことのある女性たちだ。


「司祭様、これは何の罰なんですか? 俺が、ヒナが、どんな罪を犯したのですか?」


 司祭はリューの言葉に驚いた。勇者が罪人であるわけがない。


「勇者リュー様、何を勘違いされて…」

結婚式で(あのとき)俺は神殿でヒナが唯一の存在だと神に誓った。それを神殿も認めた!」


 グッと司祭も黙った。それは司祭もよく覚えている。リューの声が聞こえた若い女性たちもバツの悪そうな顔をして目を泳がせた。


「なのに勇者になった途端、相手が違う? 間違いだって? 俺はヒナを選んだんだ! ヒナと一緒になりたいから。その思いは今も変わっていない。なのにみんな好き勝手言って」

「そ、それはリュー様が勇者になられたからで…」

「勇者になったからって、思いは変わっていない! 別人にもなってない! 俺は俺だ!」


 そこに食事を持ってきた肉屋の奥さんがちょうどやってきた。ここの娘も昔リューに言い寄っていたがリューはすぐに断っていた。


「…、あんたが勇者だからさ。決められているんだから、聖女様と結婚するんだね」

「で、みんなが幸せになる? 俺とヒナを犠牲にして? 聖女にだって思い人がいるかもしれないのに?」


 駄々を捏ねている子供に言い聞かせるように言われ、リューも頭に血が上る。


「決められているって、誰が決めた? あの本を読んでそう思い込まされただけだろ。幸せ、てどんな? みんなが全員が幸せになる? そんな幸せ、あるわけないだろ」


「ま、魔物がいなくなれば平和になるし」


「俺が魔王を倒せたら、だ。魔物がいなくなるのは聖女と結婚したらじゃない。俺が命懸けで魔王を倒しに行かされるからだ! そんな俺にあんたたちは自分達の幸せのために大切な者と別れて違う女と結婚しろって言うのか!」


「わ、わたしは王様や神殿が…そ、そういうから……」

「勇者リュー様、勇者様と聖女様は…」


 しどろもどろに言い訳をする肉屋の奥さんといつもの言葉を口にする司祭をギロリとリューは睨んだ。


「司祭様、俺は勇者になんか選ばれたくなかった。命懸けの代償が望みもしない女との結婚? そんな褒美で誰が勇者なんかすると思う?」


 司祭は驚いた表情でリューを見た。勇者となった者がそんな風に聖女を言うとは思ってもみなかった。聖女はこの世界で一番尊き敬わるべき女性。その夫となれることは何よりも誉れのはずなのに。


「魔王は必ず倒す。魔王がいたらヒナと安心して暮らせないから。お前たちの為じゃない」


 リューはバタンと扉を閉めた。もう誰とも話したくない。


「リュー」


 ヒナがリューの後ろに立っていた。その顔色は悪いがリューを見て安心させるように笑ってくれる。


「ご、ごめん、ヒナ。ごめん、勇者になってしまって。ごめん、ヒナ……」

「リュー、謝らないで。リュー、私は大丈夫だから……」


 ヒナをリューはそっと抱きしめ、その肩口に顔を埋め謝り続けた。ヒナと別れるのが一番だと分かりながらもリューにはそれを選ぶことが出来なかった。


 リューは夜中に目が覚めた。今日、迎えの馬車が来るらしい。逃げることは出来ない。神官兵に加え、憲兵も二人の家の警護に立っている。本当は警護ではなく、リューとヒナが逃亡しないよう見張っている。


「リュー」


 ハッとして隣に寝ているヒナを見る。寝言だったようだ、規則正しい寝息をたてている。辛い立場のはずなのにヒナは何も言わずに側にいてくれる。だから、リューはリューでいられた。そうでなければ勇者という重圧にとうに潰され狂っていただろう。

 魔王との戦いは怖い。あの物語のように生きて戻れるかどうか分からない。けれど、ヒナのために頑張ろうと思える。ヒナのためになら戦える。それを誰も分かってくれない。いや、呆れながらもそれを理解してくれるルハは消息が分からない。港の職場の様子を聞いても町の人たちは言葉を濁して教えてくれない。なら、そういうことなのだろう。生きていて欲しいと思う。ヒナの父親も。

 リューは目を閉じて、ルハに相談したらどう言われるか考えた。本当は直接相談したい。それが出来ない。考える、リューにしか持っていないもの。リューの武器となるもの。

『勇者』

 魔王を倒せる唯一の者。成りたくなかったけれど今はそれでヒナを守らなければならない。


「ヒナ、必ず守るから」


 リューは起こさないようにそっとヒナの頬を撫でた。


 この家には不釣り合いの豪華な馬車が停まった。馬車と並走して馬を走らせてきた騎士が扉を叩く。


「勇者様、お迎えに参りました」


 沢山の者が二人を見送りに来ていた。

 若い夫婦はお互いを支え合うように馬車の前に立っている。早く乗るよう周りの視線が言っていた。

 リューは覚悟を決めて馬車に乗り込んだ。

お読みいただき、ありがとうございます。

数日後に『ルハ』の章を投稿します。

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― 新着の感想 ―
[一言] リューはかつてルハの奴隷だった 今は運命の奴隷である
[一言] ……これ、リューの父親も勇者か、あるいは英雄に至った存在でしょたぶん。 そんで想い人と結ばれるために、辺境に逃げてきたとかそんな感じでしょ。 まあ違うかもしれんが、あれがリューの末来のように…
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