勇者覚醒
勇者と聖女の恋物語は瞬く間に町中に浸透した。そして、魔物の話が日常的になるにつれ、勇者を求める声も大きくなった。
「とうとう神殿が勇者の覚醒を促す祈りを捧げるそうだぜ」
「名乗りを上げた者は全部偽物だったかー」
「立候補したヤツがなればいいのにな」
「勇者になると目が金色になるそうだ」
「へー、勇者じゃないって隠そうとしてもバレるじゃん」
リューはそんな噂話を聞き流していた。自分には全く関係ないと思っていた。ただ魔物で生活が脅かされるのは嫌だった。だから、結成された町の自衛団にも入った。魔物の襲撃に少しでも力になれたらと思ったからだ。
ヒナとの幸せは自分が守る、守れるとリューは思っていた。
自衛団にはリューと同じ年頃の若者も多く参加していた。自分の住む町を守りたい。その気持ちはみな一緒だった。
「おい、勇者に選ばれたらどうする?」
「王女様が妻になるんだぜ」
「未来の王様?」
「なれるか、ばぁか。兄王子様、王太子様がいるだろ」
「けど、魔王と戦うって、やばくねぇ?」
「俺はごめんだ。底辺でも今の生活がいい。なあ、リュー」
仲間の言葉にリューは頷いた。楽には暮らせてないけれど、この町でヒナと暮らしていきたい。それがリューの願いだった。
「既婚者が勇者に選ばれるかよ」
「王女様が浮気相手になっちまう」
「神殿も重婚は認めてないしな」
「神様もそこは考えるだろ」
他愛ない笑い話のはずだった。
「ただいま、ヒナ」
「リュー、お帰りなさい」
台所からヒョコっと顔を出すヒナが可愛くて愛しい。リューは駆け寄って妻のヒナを抱き締めた。腕の中の温もりに愛しさが増す。リューにとってこの幸せがあれば十分だった。
神殿で勇者の覚醒のための祈りが捧げられた。各神殿から金色に輝く光の玉が飛び出して行く。ある方向へ迷いも無く。
リューたちが結婚式をあげた神殿からも光の玉は飛び出した。それはリューの周りをグルグル周り、リューが手で追い払おうとしてもリューの側を飛び続けた。
リューはその金色の物が不気味で怖かった。だから、早く何処か違う場所に行って欲しかった。
「嫌だ、来るな」
リューの叫び虚しく、各神殿から飛んできた光の玉も集まってくる。リューの体は金の光に包まれてしまった。リューの視界も金色に塗り潰される。
周りはそれをただ見ているだけしか出来なかった。嫌がるリューを包み込む金の光にただ息を飲むしかなかった。
金色の光が消えた後、瞳を金色に染めたリューが茫然と立っていた。
『勇者になると目が金色になるそうだ』
「リュー、おまえ、そのめ…」
「きんいろ、リューの目が金色に……」
自衛団で聞いた言葉。同僚たちの震える言葉。リューは頭を抱えて絶叫した。
「いやだ、いやだ、いやだぁ!」
リューの叫びにルハが我に返った。取り乱すリューに震えた声で呼び掛ける。それと同時にリューをしっかりと呼ぶ者がいた。
「リュ、リュー」
「リュー、いえ、勇者リュー様」
光の玉を追いかけてきた司祭は恍惚とした目でリューを見ていた。リューとヒナ、結婚式で二人を祝福した司祭だがそれを忘れ、今は勇者の覚醒の場に居合わせたことに喜びをかみしめていた。
「ち、ちがう、お、おれはゆうしゃなんかじゃない!」
リューに向かって深々と頭を下げる司祭に首を振って必死に否定する。そんな者じゃあない、と。
「いえ、その金色に輝く瞳は間違いなく勇者の証。魔王から我らをお救いください」
司祭は静かに告げた。
あの後ルハは否定して暴れるリューを何とか宥めヒナが帰っているはずの家に連れ帰った。家の中には、青ざめた顔をしたヒナがいた。
「ヒ、ヒナ。ヒナ、ヒナ…」
リューはヒナを抱きしめて名前を呼び続けた。あの勇者と聖女の恋物語、語られない婚約者と恋人のその後。物語と同じにしたいのなら、邪魔になるのは………。
リューはヒナを抱き締める腕に力をこめる。絶対に失いたくない。
「勇者リュー様、数日のうちに迎えの騎士団が到着するでしょう。王都に向かわれ、聖女様と魔王討伐の旅に出立ちしていただきます」
リューたちの後ろを付いてきた司祭はゆっくりと言葉を紡ぐ。早急に王都に向かい魔王討伐に旅立ってもらわなければならない。
「勇者リュー様の妻であるヒナさんも王都に向かっていただきます。ヒナさんに何かありますと勇者リュー様の心が乱れ、魔王との戦いに支障がきたすかもしれません。この国で一番安全なのは国王陛下がいらっしゃる城です」
司祭は丁寧に話すが、それは拒否できない命令のようだった。
「じゃあ、なんであんな本を配った! 王子の婚約者も勇者の恋人も幸せにならなかったんだろ! 何が皆幸せになりました、だ。誰も幸せになんかなっていない!」
「あれは物語です。しかし、勇者様と聖女様は神に選ばれし者。選らばれし者同士惹かれるのも自然なことかもしれません」
司祭は痛ましそうに二人を見ながら司祭は告げる。神に選ばれた者同士が結ばれるのが当然だと。
「違う! そう思い込んでる、思い込ませているだけだ!」
「いいえ、魔王討伐の旅は過酷、その中で信じられる支えあえる相手、お互いしかいなければ……」
司祭は説く。それがどれだけ自然で当たり前のことなのだと。リューもそうなるだろうと言いたげに。
「剣士や賢者、集められた冒険者たちや護衛騎士。勇者と聖女、二人っきりじゃないはずだぜ。そして、命懸けなのは全員そうだ。吊り橋効果? にしては人数が多いな」
ルハが司祭に最後まで言わせない。魔王討伐の旅には、勇者が、聖女が、二人が頼る相手が他にもいると。
司祭はギッとルハを睨むが、ルハは平然とそれを受け止めていた。違うのなら言ってみろよ。と不遜な態度で。
「ええ、けれど魔王の前まで行けるのは…」
「四人。勇者と聖女と賢者と剣士。で、剣士と賢者も選ばれた者じゃなかったっけ?」
司祭は顔を歪めた。その通りだった。勇者リューに聖女と結ばれるのがどれだけ大切なことが説こうとしてもルハが邪魔をする。魔王を倒せる勇者だけが真に選ばれし者で剣士は勇者の手伝いでしかない。ましてや人外の賢者のエルフなど以ての外だ。
「それでな、司祭。今日は帰ってくれ。リューもヒナも突然のことで戸惑っている」
有無を言わせぬルハの言葉にしぶしぶ司祭は頷き、警護に神官兵を置いていくと言って帰っていった。ルハがいないときにリューに説明するしかない。
「ようは見張りだろ」
ルハは小さく呟いた。
お読みいただき、ありがとうございます。
明日、リューの章、最終話です。数日開けてルハの章を投稿します。
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