助祭ハルツ3 中編
長くなりましたので中編・後編に分けました。
「カカラ」
タスクのため息混じりの声に女冒険者は肩を竦めて双剣を鞘に戻していた。
「話は終わりか? 私はリュー様を探しに行かねばならん」
そう、早く探さねば。さっきの件を一応詫びて今からのことをお話しせねば。
「探しても無駄だよ。リューはあんたと話す気はもうないだろうから」
助祭ハルツの前を退いた女冒険者が呆れた視線を投げつけてくる。
「そんなことはない。勇者様なら分かって下さる」
敏い勇者様だ、ご自身の失態も気付かれているだろう。事実しか言っていないがこちらから頭を下げて、今からの話をしよう。先程のことがあるから承諾していただけるはず。
「激励会でも開くのかい?」
「細やかになるが」
しまった! ここで言うべきではなかった。女冒険者に軽く聞かれたから答えてしまった。冒険者たちは呼ばないのに。
「だってさ。サーフ、夕飯は一応残しておく?」
女冒険者の視線の先に目を向けた。真っ黒なフードを深々と被った賢者が立っていた。
聖女様が嫌がるから賢者は呼ばない。賢者を呼ばないと勇者様はいらっしゃらないかもしれないから、賢者には声をかけてあることにするつもりだった。
「夕飯はこちらになるだろう。恐らくリューは私と一緒だとしても今回は参加しないだろうから」
賢者の言葉に助祭ハルツは目を見開いた。
賢者が一緒でも勇者様は参加しないだと! 何故だ? 賢者が一緒なら渋々でも勇者様は参加して下さった。それなのに。
まさかあんなことで勇者様が本当に怒ってしまわれているということか? 全て真実で正論だ。勇者様なら分かって下さるはずだ。
「で、出発はいつなんだい? 激励会をするのなら、明日の昼過ぎ? 聖女サマは朝がお弱いから」
本当に煩い女冒険者だ。
激励会の後、勇者様と聖女様は同じ天幕で休んでいただく予定だ。勇者様の飲み物に細工をしてでもそうしていただく。明日はお二人が起きられ準備が出来たら魔王の城に向うことになっている。たぶん昼過ぎには大丈夫だろう。
「そうだ、(勇者様と)聖女様のご準備ができ次第、魔王の城に向かっていただく」
「はっ! どうせ大した物もないから激励会も早く終わるだろ。とっとと起こして準備させればいいんだよ」
礼儀のなっていない女冒険者め。お二人の身支度には時間がかかるかもしれないのだ。余裕をみるのは当然だろう。
「と、とにかく賢者殿は明日呼びに参りますので」
助祭ハルツは兎に角早くその場を去ることにした。これ以上の会話は無意味だ。それに早く勇者様を探しだし、激励会に必ず参加していただかなければならない。お優しい勇者様のことだ、顔を出すだけと参加はしていただけるだろう。
運よく勇者様はすぐに見つかった。頭が冷えたのかこちらに戻ってこられた。冷静になられたのなら、助祭ハルツの言葉を聞き入れて下さるだろう。こちらは何一つ間違ったことは言っていないのだから。
「リュー様、先程は申し訳なく。些か言葉が過ぎてしまい」
正面に立ち、助祭ハルツは勇者様に深々と頭を下げた。
スッと横を影が通りすぎる。歩みを緩めることもなく去っていく。
助祭ハルツは慌てて追いかけた。
聞こえなかったのか? そんなはずはない。
「リュー様」
追い越し声をかけるが、勇者様は助祭ハルツなどその場にいないかのように去っていく。
「お待ち下さい、リュー様」
助祭ハルツは手を伸ばし、勇者様の腕を掴もうとしたが、掴めなかった。ジロリと金色の瞳で一瞥された瞬間動けなくなった。その瞳には助祭ハルツは映っていたが、助祭ハルツを見てはいなかった。
無視、拒絶? いや、そんな生温いものではない。助祭ハルツは勇者様の中で存在しないとされている。
そんなバカな。何かの間違いだ。
「リュー様!」
勇者様の足が止まった。勇者様はお優しい方だ。人を無視し続けることなど出来ない。振り向いて、助祭ハルツの方を見ている。視線がやや下なのが気になるが。
「カリン、噛んじゃあダメ。お腹、壊すよ」
助祭ハルツの足に激痛が走った。さっき駄犬に噛まれたところだ。そこをまた駄犬に噛まれていた。
ワン!
助祭ハルツの足元から黒い毛玉が勇者様に向かって走っていく。
「口、しっかり洗わなきゃ」
水、あったよね? と優しく駄犬に話しかけながら勇者様はまた歩き出している。後ろを振り返ることなく助祭ハルツから遠ざかっていく。
「あのー、大丈夫ですか?」
躊躇いながら助祭ハルツに声をかけてきたのは、勇者様を追いかけて行った若い冒険者だった。
「貴様! リュー様に何を吹き込んだ!」
痛む足に触れるとベットリと血がついた。早く天幕に戻り手当てしなくては。
「何も言ってませんよ。というか、リューさんの側にいただけで一言も話をしてません」
嘘だ。何か吹き込んだのだ。ではないとあのお優しい勇者様が駄犬に噛まれた助祭ハルツを無視して立ち去るはずがない。
「嘘を吐くな!」
「じゃあ、言わせていただきますけど」
「俺は勇者になる前のリューさんも知っていて、リューさんは勇者になっても何も変わってないんです」
何を言っている。栄誉ある勇者様になられて変わらぬわけがないだろう。
「リュー様は勇者様になられて変わられた」
若い冒険者は、はあ。と大袈裟に息を吐いている。バカにしているようでそれがまた腹立つ。
「ええ、瞳が金色になり、魔物を倒せるようになりましたよ。けど、性格や考え方なんかは勇者になっても何一つ変わっていなくて、勇者になる前のリューさんと同じなんです」
それがどうした? それに何故、怒りの籠った声で言われなければならない?
「だから、ヒナさんに対する思いも勇者になる前と同じ、いや、これは深くなってるかな? うん、絶対深く重くなってる」
うんうん。と若い冒険者は一人で納得している。
助祭ハルツは唖然として聞いているしかなかった。勇者様となられた後も、聖女様と会われても内面は何一つ変わってないと言いたいのか?
「それなのに、ヒナさんとの関係を″些細な幸せといえないもの″なんて言われたら怒るに決まっているでしょう」
違う。それは勇者様の気の迷いなのだ。目が覚められたら、聖女様を選ばれるに決まっている。
「勇者様は聖女様と……」
「リューさんは勇者になったけどリューさんです。リューさんの幸せはリューさんが決めるべきで神殿が強制するものじゃないんです!」
若い冒険者は助祭ハルツの言葉を遮りはっきりと言った。
「ハルツ様たちはリューさんを勇者としか見ていない。リューさんは勇者だけどリューさんなのに。だから、ハルツ様たちにリューさんの気持ちは分からない。リューさんにハルツ様たちの言葉は届かない。勇者リューでもなくてハルツ様たちの中にある勇者に向けた言葉しか言っていないから」
若い冒険者は、早く手当てした方がいいですよ。と言って勇者様の後を追っていった。
助祭ハルツは何を言われたのか分からなかった。唖然として、若い冒険者の背中を眺めていたが足の痛みで我を取り戻した。
勇者様は勇者様だ。勇者様になられたリュー様を勇者様とするのは当たり前だ。何も間違ったことなどない。勇者様になられたのだから、勇者様として振る舞っていただくのも当然で、そうされるようお教えするのも当然で……。別に勇者様の過去を蔑ろにしているつもりはない。勇者様の過去があって今の勇者様なのだから。勇者様になられたのに間違いをただされないから導こうとしていただけだ。なのに何か釈然としない。その理由が分からない。
何一つ間違ったことをしていないと思うのに体の奥で重く冷たい何かが大きくなる感じがしていた。
お読みいただき、ありがとうございます。
討伐隊のメンバーでミクラだけがリュー勇者になる前となる後を知っています。なので彼だけが今回の台詞をいうことが出来ました。
誤字脱字報告、ありがとうございます。




