恋物語
リューが休憩中に職場で読んでくれと渡されたのは同じ勇者と聖女の恋物語だったが話か違った。
今度は勇者は平民で聖女は貴族の令嬢だった。平民の勇者には故郷に結婚を誓った恋人がいた。前の話と同じで魔王討伐の間に勇者と聖女は恋仲になり、帰還後身分差を乗り越えて結ばれていた。最後は同じ言葉で締めくくられていた。
『勇者と聖女が住む国は大いに繁栄し皆幸せに暮らしました』
この物語も故郷に残した勇者の恋人については何も書いてない。脇役のことなんて関係ないのかもしれないけれど、なんとなく後味が悪い。皆幸せに? 本当にそうだろうか?
「国王は勇者を取り込みたいようだな」
顔をしかめてルハが忌々しそうに呟いた。
「勇者に相手がいようが王女と結ばれるべきだと何が何でも思わせたい。勇者となる者にも国民にも」
「親方、逆玉の輿だから勇者も満更じゃあないんじゃあ?」
誰かの言葉に違いねぇと同意の声が上がる。
「そんな欲の塊だったら、もう勇者なんか決まってるだろ。そうじゃないから、こうやって本をばら蒔いて思い込まそうとしてる」
「親方、勇者も男で人間だぜ」
「欲くらいあるでしょ。王女様は美人だって噂だし」
「美人でもなー、既に相手がいたら靡かんだろ」
「でも、いい暮らしが出来るし勇者でも揺れるんじゃあ?」
「そんなヤツが勇者になるか?」
「親方、勇者に夢見すぎ。欲のないヤツなんていないって」
ルハがふとリューを見た。
「リュー、もしお前が勇者に選ばれたらどうする?」
「えっ、嫌ですよ。絶対断ります」
ルハに聞かれ、リューは即座に拒否した。勇者なんてそんな面倒な者になりたくない。
「親方、選ぶ相手が間違ってる。まぁだ新婚が続いてる奴に聞いちゃあいけない」
「違いねぇ」
その時は笑い話で済んでいた。
神殿では文字の読めない者たちのために勇者と聖女の恋物語の読み聞かせが始まった。
リューが神殿の前を通るとちょうど司祭が読み終わる時だった。今日は子供たちに読み聞かせていたようだ。子供たちは真剣に聞いている。最後の一文が読まれる。
『勇者と聖女が住む国は大いに繁栄し皆幸せに暮らしました』
聞いていた一人の子供が無邪気に言った。
「司祭様、結婚した勇者様と聖女様が住む国は幸せになれるんだよね」
違う子供が嬉しそうに言った。
「この国には聖女がいる。勇者様と結婚してみんな幸せになるね」
恋物語の最後に書いてあるから子供たちがそう思っても仕方がない。
リューは司祭がどうこたえるか気になった。
「そうですね。勇者様と聖女様が結ばれたのなら、皆様も幸せになるでしょう」
微笑んでそう答える司祭が恐ろしく感じた。勇者と聖女が結婚しただけでみんな幸せになる、リューはそれを認める司祭が信じられなった。
魔物の被害は大きくなっていた。港に届く荷物も目に見えて減り、リューも現場に出るより小屋でルハと書類整理をすることが多くなった。
「このままじゃ、商売上ったりだな」
ルハは厚みのない書類の束を机に放り投げた。
「親方、今までの勇者と聖女は必ず結婚してるのですか?」
部屋の隅に勇者と聖女の本が数冊山となって積んである。
「さあ、どうなだろうな。全員が全員でないんじゃねぇか? お互い好みもあるだろうし。国としたら魔物の被害が目に見えて酷くなってきた。国民に夢を持たせたいのかもな」
ルハは分からないと言いながらもリューに的確な答えをくれる。だから、リューもついルハになんでも聞いてしまう。
「ゆめ? ですか」
ルハは椅子に体を預けると腹の上で手を組んだ。
「勇者が魔王を倒すまで悪い状態が続く。だから、魔王を倒したら平和になるぞと希望を持たせ頑張らせたい、それは分かる…」
リューもそういうことならあの本を配る意味が分かる。魔王はどれも討伐、討ち滅ぼされている。魔王は必ず滅びると希望が持てる。
「魔物に苦しんでいるのはこの国だけじゃねぇ。なのに、あの本は一つの国しか幸せにしない」
リューは目を見開いてルハを見た。最後の一文は嫌いだけど、そんな風に感じていなかった。言われてみたらその通りだ。魔王が復活してどの国も困っているのに何故あんな文なのだろう。世界は平和になりました。ではいけなかったのだろうか?
「それにな、勇者と聖女がいるから幸せって、人によって幸せって違うだろ。全員が幸せになるなんて有り得ねぇ」
リューはルハの言葉に頷いた。その通りだと思う。それなのに何故司祭はあんなことを言ったのだろう。司祭も分かっているはずなのに。
「司祭様は二人が結婚したら幸せになれるって…」
リューは子供たちと司祭の会話をルハに話した。
「子供相手だから、そう言ったのかもな」
ルハにそう言われて、そうなのかな。とリューも思うことにした。ちょうどルハが書類を一枚手に取り顔の前に持って読み始めたので、リューは気がつかなかった。ルハが書類の後で苦虫を噛み潰したような顔をしていたことに。
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