初代勇者と二人の聖女 ー名前ー
「初代聖女? シーラのことかい?」
カカラの言葉にミクラが言い返す。
「えっ、サーラですよ」
ミクラの所では初代聖女の名はサーラと伝わっている。日の光のような金色の髪に澄みきった空のような青い瞳で慈愛溢れる美女だったと伝えられている。
「ナリッタがどうやったら、シーラやサーラに訛るんだ? それらはセーラの別読みじゃないか」
タスクの故郷ティラヒト国では初代聖女は月光のような銀糸の髪に夜空のような黒い瞳の可憐な女性だった、と。
「田舎だと馬鹿にしているのかい! いくら訛ったと言ってもターラがシーラになるわけないだろ」
「そうですよ! 初代聖女の名前はサーラです」
タスクの田舎者と含みを持たせた物言いにカカラが眉を寄せてると、ミクラもペンのインクを振り撒きながら鼻息荒く言い放った。
「初代勇者ファンはファーンやフェン、ファイと呼ばれていないのに初代聖女だけ名前が違うなんてありえません」
双剣の柄を軽く握ったカカラに迫られ、じりじりと後退していたタスクは動きを止めてカカラと視線を合わせた。
何故、初代聖女だけ名前が違うのか? 初代勇者の名はファンと伝わっているのに。
タスクはリューを見た。リューの所では初代聖女の名前はどうだったのかを聞くために。
リューは顎に手をやり、何かを考え込んでいた。
「………、サーフさん、エルフの間では初代聖女は誰と伝わっていますか?」
顔をあげたリューが賢者の方を見て問いかけている。深く被ったフードで表情は分からないが、賢者の雰囲気が重苦しくなった。制約で話せない案件なのだろう。
「…………」
「……、もしかして……、ルミラ……?」
リューの言葉に賢者の体が揺れた。
ルミラ
賢者はその名に心当たりがあるようだ。
リューは納得したように頷くと視線をタスクたちに移した。
「タスクさんたちは、神殿、神官から初代、いや、勇者や聖女の名前を聞いたことはあります?」
リューの言葉にタスクたちは顔を見合わせた。
「俺は聞いたことがない。村には神殿なんてなかったし、神官も滅多に来なかったのもあるけど。港町でも勇者と聖女としか呼ばれていなくて、神官も名前を言ってなかった気がする」
その通りだ。初代以外の勇者や聖女の名を聞けば教えてくれるが、神官たちは普段は勇者様・聖女様としか言わない。それに神殿が配る本でも勇者や聖女の名は記されていない。
「父さんは初代勇者の本当の名はフェイと教えてくれたけど、本殿に聖遺体はあるのに初代聖女の名前は法王しか知らされない、と言っていたし」
それもタスクたちが初めて聞く話だった。それでは、タスクたちが知る初代の勇者や聖女の名前はなんだというのか。それにそのことを何故リューの父親が知っているのか。
「リュー、お前の父親は何者だったんだい?」
訝しむカカラの問いにリューは分からない。と首を横に振った。
「父さんは何も言わなかったし、村の人も没落したどっかの貴族だろうと言っていたから」
タスクは違うと心の中で呟いた。高位貴族だった自分でも初代聖女の名を法王しか知らないことを聞かされていない。なら、リューの父親は貴族ではなく高位神官だった可能性が高い。では、誰なのか? 若くして高位神官になる者は数少ない。あの頃に消息が分からなくなった若い高位神官は限られている。
「けど……、たぶん、父さんは初代の勇者と聖女について調べていたみたいで……」
リューは父親が持っていた本は勇者に関するものが多かったような気がすると言った。
「それに年に一度来るか来ないかの旅の人と夜遅くまで話していることがあって」
名もない村に来る旅人を泊めるのはリューの家の役目だった。客室などない家に人が泊まるのだから、狭いけれど一番綺麗なリューの部屋が客間にされていた。旅人がいる間は両親の部屋で一緒に寝ていたリューだか夜中になっても寝に来ない父親を見に行って偶然聞いたと言った。
「初代聖女が二人いる、て」
「けど、そのルミラって名前の子を入れたら三人だろ」
カカラが首を傾げて疑問を口にする。
「カカラさんとミクラさんの聖女は同じだと思う。どんな人って伝わっています?」
シーラやサーラは共通語になるとセーラと発音されることが多い。そのままシーラやサーラと名乗る者もいるが。カカラの名前も生まれ育った町ではカーラと発音されていた。いちいち名乗るのが面倒だから共通語のカカラを使っている。
「綺麗な金色の髪と青い瞳の心優しい誰もが見蕩れる女性だと聞いてるよ」
「あっ! ほとんど同じです。日の光の金色の髪と空のような青い瞳、慈愛溢れる美女と伝わってます」
カカラに同意するミクラの言葉にタスクは眉を寄せた。初代聖女は名前が違うだけではなく容姿まで違って伝わっている。それは何故?
「ナリッタは月のような銀糸の髪に夜空のような黒い瞳の可憐な女性だ、となっている」
タスクは、はぁと息を吐いた。
「確かに初代聖女と伝わっている者は少なくとも二人いる。そのルミラという女性は?」
答えたのはリューではなく賢者だった。
「ルミラは深い海のような濃紺の髪に日に光る細波のような金色の瞳を持った女性だった」
金色の瞳。勇者だけが持つとされる金色の瞳。それを持った女性。
賢者が言うのだから実在はしたのだろう。だが、そんな瞳を持った女性がいたこともタスクは聞いたことがない。
「あんた、制約で答えられないんじゃあないのかい?」
「聖女に関しては、だ。ただのルミラに対してなら答えられる」
カカラの驚いた声に、ニヤと賢者がフードの奥で笑ったような感じがした。制約にも抜け道があるのだと。
「ルミラ、ルミラ、金色の瞳のルミラ!」
ミクラが何かを思い出したようにポンと手を叩いた。
「魔獣の巫子ルミラ!」
「魔獣の巫子ルミラ?」
怪訝そうにカカラが問い返している。
「ダンジョンの側にある村にだけ伝わる話に出てくる少女です」
ミクラは言った。それはとても古い物語でこの世界から魔力が消えた直後の話だと。
「神殿には話さないように言われてるけど、村の創立に関わっているんで幼い頃から何度も聞かされてました」
神殿が口止めしているのなら、そのままの話で広まることはまずない。話が変わって広まることはあるが。
「……、勇者と同じ金色の瞳。だから、父さんたちは、ルミラの出てくる話が本当の初代勇者の話かもしれない、て言っていた?」
リューの呟きにカカラが反応した。
「ミクラ! とっとと話すんだよ! その魔獣の巫子ってやらの話を」
「えっ! 神殿は話してはいけないって」
「そんなこと言っている場合かい! ほら、とっとと話す!」
カカラの剣幕に押され、ミクラが口を開いたが……。
「えっと……、世界から魔力が無くなって、魔力を持ったモノたちは別世界に移ったとされていたけど、取り残されたモノやこの世界から離れたくなくて残ったモノもいて、そのモノたちを魔獣と呼んでいたそうです」
あり得ることだとタスクは思った。いくら神の命だとしても生まれ育った世界に拘り留まろうとする気持ちは分からないでもない。
「ダンジョンも今のように東西南北に一ヶ所ずつあるんじゃなくて、別世界にすぐ行ける道が一本あるだけだったそうです。その道を管理していた場所がダンジョンの側にある村の始まりだと」
ミクラは手を腰にやりどや顔をした。
「それがなんと俺がいた村と言われているんです」
自信満々にミクラはエッヘンと胸を張るが周りに期待した反応は全くなく、すぐにシュンと肩を落とした。
「で? 早く続きを話しな!」
カカラの催促に小さくため息を吐いたミクラは今度は片手で頭を押さえ出した。
「あれ? 何で? 何で思い出せない? さっきまでちゃんと覚えていたのに!」
あの忌まわしい力がまたミクラに働いていた。
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