冒険者たち21
大変遅くなりました。m(__)m
タスクは背後から聞こえた声に己の迂闊さを呪い大きく息を吐いた。しまった、と思うが聞かれてしまったものは仕方がない。
「リュー、聞いても聞かなくてもお前が魔王を倒さなければ世界が終わる。それでも聞くか?」
自分でも驚くほど冷たく突き放すような声が出た。出来たら聞かせたくなかった。だが、カカラの言う通り勇者であるリューには聞く権利があるとも思う。
「タスク! そんな言い方は!」
カカラの咎める声に苦笑しかない。リューがどちらを選ぼうが、タスクにはどうしてやることも出来ない。下手な気遣いは余計な傷をつけることもある。
それに聞いても聞かなくても、いや、リューが魔王を倒しても倒さなくても国に残してきた妻がどうなるかまだ分からない。今までの勇者の思い人と同じ運命を辿るのか、それとも違う道を進めるのか。だが、今までの思い人の最後を聞き、それにリューが堪えられるのか心配だった。
「……、聞きたくない。けど……、聞いておかないといけない気がする……」
俯いていたリューがゆっくりと顔をあげた。光のない金の瞳が見つめるのは聳え立つ魔王の城。この旅はそこにいる魔王を倒せばいいだけのはずだった。
「……、勇者の呪い、それが何なのか俺は知らなければいけない」
「勇者の呪い?」
訝しげに聞き返したカカラと同じくタスクも目を見張る。それはまさに勇者の行く末を表しているようだ。
「なんだそれは? リュー、お前は何を知っている?」
そんな言葉、聞いたこともない。確かに勇者に選ばれた者のことを思うと誰かがかけた呪いと言われた方が納得出来る。
「知ってる? 父さんが持っていた本に……」
「リュー、ちょっと待て」
書くものが欲しい。リューが知っていることも残しておいたほうがいい。
「ミクラ、そこにいるか?」
「師匠、書くものですね。すぐ持ってきます」
リューの後ろからバツの悪そうな顔をしたミクラが顔を覗かせた。すぐに取りに行こうとするミクラを止める。
「ああ。それから見張りを頼めるか?」
タスクたちが寝床にしている幌馬車の影で話しをしていた。誰にも聞かれたら困るし、書き残しているのも知られたくない。
「えー」
ワン、ワン
不満そうなミクラの声と子犬の鳴き声が重なる。
「カリン、見張りをしてくれるのかい?」
カカラの言葉に子犬が、ワン、と元気に答えている。本当に賢い犬だ。子犬は聖女たちを嫌っているのか近付く気配だけで唸り声をあげ威嚇を始める。いつも番犬として最高の活躍を見せていた。
「興味深いことを話している」
リューと行動を共にしていたのだろう。スッと現れた賢者が紙をタスクに差し出した。タスクはそれを受けとるのを躊躇った。もしこの中にあの紙が紛れていたら……。
「エルフの紙は含まれていない。まあ、運命が必要と判断すれば混ざっているかもしれないが」
運命。それなら避けようがない? いや、運命だとしても変えなくてはならない。これ以上勇者を不幸にしないためにも。タスクは覚悟を決めて紙を受けとるとそのうち数枚をミクラに渡した。
「ミクラ、お前も書いておけ」
残せるものは多いほうがいい。誰かが読んで疑問に思ってくれたら………、次に繋がるかもしれない。
浮かんだ考えにタスクは自嘲する。まだだ。まだ未来は決まっていない。諦めるのはまだ早い、早すぎる。
「リュー、教えてくれ」
幌馬車の縁に体を預けてリューはゆっくりと口を開いた。
勇者には愛する者がいる
愛する者の元へ戻った勇者はいない
愛する者の元に戻れなかった勇者に幸せになった者もいない
愛するものを失った勇者はすべてを呪う
試練は既に始まっている
沈黙がその場を支配する。
タスクは額に手をやった。それはまるで今までの勇者のことを云っているようだった。それにしてもリューの父親はこんなことが書いてある本を何故持っていたのか、それも気にかかる。
「……、そ、それって、ヒナさんは知ってるの?」
ミクラの震えた声にハッとする。最初からリューが″コレ″を知っていたのなら……。
「うん、ヒナも知ってる。王都に行く間に言わされたから」
リューの瞳に光が宿り和らぐ。会えない妻の話題をするときはいつもそうだ。雰囲気が柔らかくなりその名をとても大切に愛しそうに口にする。
「勇者だ。と言われた時に思い出して……。だから、少しでもヒナと離れるのが怖かった。誰もがヒナを俺の妻だと認めなくて離れたら何されるか分からないのもあったけど、離れたら最後ヒナの元に戻れなくなるのが怖かった」
その不安はよく分かる。クスタリア国ではリューの妻は悪様に言われていた。だから、今も不安なのだろう、側にいられないことが。
「そんな俺の態度をヒナが怪しんで言わされた」
「聞いた嫁さんはなんて言ったんだい?」
カカラの問いにリューは照れくさそうに笑った。
「ヒナは俺が戻ってこれないならヒナが会いに来てくれるって」
だが、その笑顔も一瞬で消え失せる。
「……、それも無理なんだ……」
消えそうな声で呟かれた言葉にタスクは何て言っていいのか分からない。
まだ無理かどうかは分からない。だが、今までの勇者の思い人は勇者と再び会うことなく死んでいる。今回もそうなる可能性は高い。あの国なら尚更。それに推測通り、勇者が記憶を失うのなら思い出さないように思い人には殺さなくても二度と会わせないようにするだろう。
!
だから、試練なのか?
あんな国でも勇者の思いを尊重するかどうか。だとしたら、それは勇者にはあまりにも酷な試練だ。どの勇者も魔王の城に入るまでは気持ちは変わっていなかったのだから。
「いい嫁さんだね」
重く暗くなった雰囲気をカカラの明るい声が打ち破る。
「そんなこと言われちゃあ惚れ直すしかないね」
泣きそうな顔をくしゃりと歪め、リューがぎこちなく、だが嬉しそうに笑った。
「そうでしょう。だからといって、カカラさんにヒナはあげませんよ」
「いんや、欲しいと思ったら奪いに行くだけさ。だから覚悟しとくんだね」
ふふん。とカカラは両手を腰に当て胸を張ってリューに言い放っている。
さすがカカラだと思う。軽い言い方だが、リューを叱咤激励している。奪われたくないなら守れ! と。リューもそれが分かっているのだろう。悲痛そうな顔が変わってきた。無理なのかもしれない、だが、最初から諦めるのは違う。最後まで足掻き続けなければ。
「何言っているんですか! カカラさんは女じゃないですか!」
「ミクラはまだまだお子ちゃまだねぇ。いい女を欲するのに性別は関係ないんだよ」
ミクラの言葉にもカカラは鼻で笑う。もっと精進しろ、と。
そのカカラも間違いなくいい女だ。だから、皆に慕われ頼りにされている。
「リュー、他には? 他に何か勇者や聖女に纏わることを知っていないか?」
タスクの問いにリューは少し考えた後にゆっくりと口を開いた。
「初代勇者ファンと二人の聖女」
「…、ふ、たりの聖女?」
それも初めて耳にすることだった。
お読みいただき、ありがとうございます。
次から 魔王の章 になります。
リューが知る初代勇者の話、現魔王の話、リューたちが魔王の城に入った後の討伐隊となる予定です。
誤字脱字報告、ありがとうございます




