冒険者たち20
申し訳ありません。大変遅くなりました。
子犬のカリンを腕に抱きながら、カカラは目前と迫った魔王の城を見ていた。明日には勇者たちは魔王を倒しに城に入っていくだろう。残念だけどここでもう勇者とはお別れだ。あの優しい勇者に足手纏いでも最後まで付き合ってあげたいけど、カカラは魔王の部屋には入れない。
「はあ」
出したくないのにため息は出てしまう。勇者が魔王を倒している頃、カカラたちも生き残るための戦いが待っている。魔物より戦いにくい相手と戦わなければならない。
そうならないといいんだけどねぇ。
周りからは抱き癖がついたらいけないとカリンを抱くことを止められているがこの腕の中にある小さな温もりがカカラを癒していた。
「カカラ」
「タスクかい?」
切り傷だらけのタスクが姿を現し、カカラの隣に来る。その表情はひどく憔悴していた。
「全部書けたのかい?」
「…。ああ、覚えているかぎりは、な」
人型の魔物パース、彼と戦った後、タスクは記憶を取り戻した。タスクの考えでは、パースは剣を交えてている間にタスクに纏わりついていた何かを切り、あの不可解な力から解放したのだろう、と。
「真の敵は魔王じゃない。嫌だねぇ、この展開」
「……そうだな」
よほど書くのに疲れたのかタスクに覇気が無い。ここは一発カツを入れてやらないと。
「泣き言を言っている暇はないよ」
カカラはタスクの背中を力を入れて叩く。腕の中のカリンがそれに合わせて可愛くワンと鳴く。
「だな。………」
そう言いながらもタスクの声には力が戻らない。ヨータク爺から聞いた話によほどのことがあったのか。タスクが話したくなるまで待つしかないか、とカカラは腕の中の温もりを抱き直した。
昨日の人型の魔物の襲撃により、勇者たちが魔王の城に入るのは延びた。優しい勇者が怪我人を気にしたのもあったが、原因はいつのも通り聖女だった。人型の魔物に恐れをなし、魔王の城に行くのを怖がり嫌がったのだ(ただ今必死の説得中)。
まあ、カカラもその気持ちは分からないでもない。魔物は怖い、魔物の王とならば尚更。それは共感出来る。だからといって聖女が目前で嫌がるとは…、呆れるしかない。今までに覚悟を決めておかなかったのか、と言いたい。
まあ、時間が出来たことはこちらには嬉しかった。昨日の状態では怪我人の手当てが精一杯で対策が十分に出来なかった。けれどそれは向こうも同じ。こちらを全滅させる準備時間を向こうに与えてしまった。
「にしても魔王は勇者を誘き寄せる餌とはねぇ」
「あぁ、なんでわざわざ来るのを待っているんだろう、と思ってな」
確かに。とカカラも思う。目覚めたばかりの勇者なら戦い方もまた知らない。弱い魔物でも大量に仕向ければ簡単に始末出来たはずだ。となると、また謎が増える。誰がそんなことをしているか、だ。まあ、分かっていることは魔王より力の強いものがいるってことだけ。
「で、リューには言うのかい?」
「……。魔王自体が勇者を誘き寄せる餌だと。これは伝えられる。だが、誰が何のためにそれをしているのかが分からない」
そもそもこれは魔物パースの言葉からの推測でしかない。剣を交えたタスクは信じられると言っているし、カカラも聞いた限りそう思う。賢者も肯定はもちろん否定もしなかった。とういことは……、考えたくもない。
「先代勇者は、いや歴代勇者も誘き寄せられて、そして……」
「………」
カカラはその先は言えなかった。タスクも続けない。お互い言葉にするのが怖い。現実なってほしくないことだから、余計に。
「嫌な性格してるね、こんなこと考えたヤツは」
カカラは肩を揺らして息を吐いた。腕の中でカリンが心配そうに鼻を鳴らす。
「ああ。魔王は倒さなければならない。倒さなければ魔物が増え続け世界が滅びる。だから、餌である魔王を倒さないという選択肢はこちらにはない」
タスクもお手上げだ、と肩を竦める。
「悪いけどリュー一人で頑張ってもらうしかないんだね」
カカラはつぶらな瞳で見上げているカリンの頭を優しく撫でた。カリンたちに出来ることは生き残りなるべく早く勇者の元に行くことだ。転移の魔法は魔力の消費が激しいらしい。たぶん、賢者は魔力切れでエルフの里にすぐ戻ってしまう。勇者の側に残るのは、聖女と剣士。勇者の味方でない二人。最悪だ。
「やっぱりリューに言った方がいいよ。知らないよりは知っていた方がいい」
「………」
「あんたが思い出したから今までの勇者のことも分かっている。心積もりもできるだろうから」
「……、カカラ。ならこれも話したほうがいいと思うか?」
タスクの低い思い詰めた声にカカラの腕の中で小さな体が身を竦ませた。
タスクは決心するように大きく息を吐いてから、ゆっくりと口を開いた。
「……、ヨータク爺の話だと、勇者が国に戻って一ヶ月以内に勇者の思い人は非業の死を遂げているらしい」
「えっ?」
カカラは聞いた内容が信じられなくて動けなかった。腕の力がぬける。カリンがするりと腕の中から逃げていく。
「俺たちが急いで戻っても半年はかかる。追われることになるだろうから、もっとだ。どう頑張っても間に合わないんだ、ヒナさんを助けるのが」
「ちょっとまって! 今までの勇者たちは助けなかったのかい?」
どの勇者たちも思い人を大切にしていたはずだ。非業の死なんて、そんなこと許すはずがない。
「恐らく勇者は魔王を倒すと思い人の記憶を消される。クスタリアみたいな国だったら、忘れた勇者に思い人の存在など教えないだろう」
カカラは目を見開いた。記憶を消す不可解な力。それが勇者に使われない、勇者にはその力が効かないという可能性は……ない。
「じゃあ勇者がああなってしまうのは…」
「たぶん、消された記憶を思い出したからだろう」
それなら分かる。今の勇者を見ているとそうなるのは見えていた。思い出した時、周りに勇者を支えられる者がいたらいいが、あの国ではきっと無理だろう。そして今までの勇者がいた国もきっとそんな国だった…。
「クーン」
逃げて行ったはずのカリンがカカラの足元で耳を下げて鳴き声を上げていた。
カカラがまたカリンを抱きかかえようとした時、強張った勇者の声が聞こえた。
「タスクさん、それってどういうこと?」
カカラは聞こえないはずの声に驚いて抱き上げようとしたカリンを落としそうになる。キャンとカリンが慌てた鳴き声をあげていた。
タスクはビクッと体を震わせて肩を落とし大きく息を吐いてからゆっくりと振り向いている。
「リュー、どうしてここに?」
諦めたタスクの声にカリンがクーンと鼻を鳴らす。
「カリンが飛び出してきたから……、それにちょうどタスクさんを探していたから……」
俯いた勇者の表情は見えない。だが、その声は震えている。
「リュー、聞いても聞かなくてもお前が魔王を倒さなければ世界が終わる。それでも聞くか?」
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