神官兵2
彼は剣を交えながら交わされている会話に耳を疑った。槍を突き出す手が止まると剣が襲ってくる。金属がぶつかりあう音が響くなか彼は驚愕で固まりそうになる体を無理やり動かしていた。
明日には魔王の城に着くため、早めの野営の準備に入った。そこを襲われた、人型の魔物に。
背中から無数に手が生えた魔物、足が無数にある魔物、頭が二つある魔物、人の形をしているけれど人でない形をしている魔物が群れをなして襲ってきた。
『○◆▽★□●△』
『★▽◎□●◆◇』
聞き取れない叫び声を上げて襲いかかってくる魔物たちに悪戦苦闘しながら数人掛りでどうにか応戦する。
『た□◆け△』
『しに●★▽い』
耳が慣れてきたのか魔物たちが人の言葉らしきものを話しているように聞こえ出した。
『ころ□●★れ』
『おわ◎■』
止めの一突きをした魔物が彼の方に倒れてきた。さっと体を横に避けた。
『あり●と□、やっ▽おわ▲』
聞こえてきた魔物の声。
(ありがとう? やっとおわる?)
隣に倒れた魔物を見た。一瞬どこかの騎士服のような物が見えてスッと消えていく。
『あれ? 君、気がついた?』
彼は飛び退き振り向いて慌てて槍を構えた。そこには目が縦になり口が耳まで裂けた魔物がいた。
周りを見ると仲間は倒れているか、他の魔物と戦っている。
『大丈夫、大丈夫』
剣でポンポンと自分の肩を叩きながら、その魔物はニィっと笑う、耳まで裂けた口で。
何が大丈夫なのか分からないけど、魔物なら倒さなければならない。
『戦う気はないんだけどなー』
突き出した槍は簡単に避けられてしまう。一人で倒せないのは分かっていた。けれど、逃げるわけにも行かないのも分かっている。
『大丈夫、あんたらが勝つから。来る時に向けて力を回収してるだけだから、さ』
力を回収? 魔王が? 勇者との戦いを前に?
倒すと魔王の力となる? じゃあ、どうすれば? 考えていたから振り下ろされた剣に反応出来なかった。
「大丈夫か? ……、目が垂直…、裂けた口…、聖女の天幕に出たものか?」
目の前に広い背中があった。S級冒険者のタスクだ。
『おや、俺を知ってる?』
魔物が意外そうに剣を肩に担ぎ直して、縦の目を面白そうに歪ませた。
「十三代目勇者ジルベと共に魔王を倒した剣士パース殿」
えっ?
冒険者タスクは今何て言った?
『うわっ、ひっさびさに名前呼ばれた』
魔物が嬉しそうな声をあげて握り拳を天に突き上げ喜んでいる。
『やっぱ本名で呼ばれるのはいいねぇ。魔物、人型とか呼ばれてさー。ちゃんとした名前あるのにっていじけてたんだ』
そう言って剣を振り回す魔物は余裕綽々だ。けど、手加減しているのかその剣を簡単に彼が避けることが出来た。冒険者タスクはわざと受け止めて剣を交えているが。
「貴殿に聞きたいことがある」
魔物に質問なんて。それにこんな魔物が先代の剣士であるはずがない。
『うーん、賢者と一緒でさー、制約っていうか、俺の場合は制限があるからさー、何でも答えてやりたいんだけど出来ないんだよ』
冒険者タスクの剣が押し返されて二人睨みあっている。魔物の方は笑みを浮かべて不気味な感じだ。
「魔王も代替わりするのか?」
『うん、とってもいいところに気が付いた。けど、制限で答えてあげられないんだよなー』
「では、どの勇者も何故聖女を選ぶ?」
その答えは彼でも知っていた。
「当たり前でしょう。勇者様と聖女様は結ばれるべき存在なのです」
彼は全身が粟立つのを感じた。威圧感で体が竦む。
『その考えがジルベを縛り付け苦しめた』
魔物の剣が真っ直ぐ彼に向いていた。
「人の記憶が消える。勇者の記憶も消えるのか?」
冒険者タスクが魔物の剣を弾いてくれた。
『やっぱりいいねぇ、答えてあげられないのが、ざ・ん・ね・ん。けど、ほんといい勘してる』
二人は打ち合いながらも会話を続けてる。時折、彼の方にも剣がくるから、それをただ聞いてるわけにもいかない。
『だから、話せることを話しちゃおう』
『俺は間違えた。罪人とされた女より我が儘でもノーラの方がいいって思って。金は無いより有った方がいいし、権力も同じだろ、無いより有る方がいい』
「ノーラ? 聖女ノーラか」
『正解♪ 孤児院で三人一緒でさー、その頃から我が儘なお姫様だったけどジルベになついてたんだ。我が儘にドがつきすぎてたけど、気心しれてるし楽に暮らせる方がいいだろう、て。ジルベの気持ちは考えてなかった…………』
「では、魔王は何故出てこない?」
あっ、それは彼も不思議に思っていた。魔王が何故勇者様を倒しに城から出てこないのか。出てきてくれたら、早く倒せて楽だったのに。
『じ・つ・は、あの部屋は魔王を閉じ込めるものなんだ。ジルベは捕らえられてる。だから、出れない。あの部屋で勇者を待つだけ。つまり餌。俺も今から剣士を待つけどなー』
「魔王を閉じ込めている? 誰が?」
『それがさー、またまた言えないんだよなー。死んでも縛り付けてるって怖いねー、その執着心』
鈍い金属音が響くなか二人は会話を続けていた。彼は聞こえる内容についていけない。
冒険者タスクは何故そんなことを聞くのか。
この魔物は何故そんなことを言うのか。
彼にはさっぱり分からない。
「タスクさん!」
勇者リュー様の声が聞こえた。この魔物を倒してもらえる!
『時間切れかー。残念』
魔物が剣を肩に担ぎ、チラリと横を見る。
『ジルベを助けられるのも勇者だけ』
「ジルベを助ける?」
『けど、お前の勇者も捕まりかけてる』
「ちょっと待て! それはどういう意味だ!」
えっ! と思って彼は勇者の方を見た。金の光を纏った勇者様。何も変わった所は……。
あれ? 無数の糸のような物が勇者様に巻き付いている?
『まあ、頑張れ。頑張って彼らを助けてくれ。俺はもうすぐお役目後免で消されるからさ』
スッと魔物が消えてしまう。
グザッ
見ると冒険者タスクが剣を杖がわりにして立っていた。肩で息をしていて、全身傷だらけだ。
「大丈夫ですか?」
「…、ああ。傷が多いだけで浅く切られているだけだ。舐めた真似を」
倒すつもりで挑んでいたようだ、冒険者タスクは。彼は少しでも時間が稼げればと思っていただけで勝つ気なんて最初からなかったのに。
「逃がしたのか、愚か者!」
助祭ハルツが労るより先に怒鳴りつけてきた。彼はその怒鳴り声を聞き流しながら、心の中で悪態をつく。
そんなに文句言うなら、助祭ハルツが戦えば良かったんだ。あの魔物が本気だったら、彼も冒険者タスクも死んでいた。魔物が手加減してたから生き延びただけで。
「で、何を話していた」
何を? 魔物が何か言っていた?
彼は首を傾げた。応戦するのが精一杯で話をする余裕なんてなかった。
「タスク殿と魔物が何か話していただろう!」
ああ、魔物が逃げる前、確かにこう言っていた。
「魔王が勇者様を部屋で待っている。そして自分は剣士を待っている、と」
「宣戦布告、か」
もっと色々話していたような気がしたけど、何も覚えていない。だから何も話してないのだろう。
「剣士パース……」
何故かその名が頭に浮かんだ。名前覚えてくれた? 嬉しそうに答えた声が聞こえたような気がした。
お読みいただき、ありがとうございます。
次話で勇者は魔王の城に入り、冒険者たちと別れます。
誤字脱字報告、ありがとうございます。




