冒険者たち19
ミクラの落ち込みようは酷かった。聞いたすぐから、読んだすぐから、それが記憶から無くなっている。その衝撃は言葉では言い表せない。体験しているタスクだから、その気持ちはよく分かった。
「ミクラ、覚えている時になるべく書き残せ」
そう言うことしか出来ない。忘れな草はもうない。記憶を消す不可解な力に逆らう手段はそれしかなかった。読んで信じるかは自分次第だ。
幸いミクラは文字が書ける。ミクラの家が冒険者相手に文書の代筆の仕事をしていたからだ。冒険者も文字が読めても書けない者は多い。だから、ダンジョンの側にある村では代筆を生業とする者が多かった。ダンジョンから取ってきた物の詳細を書き、依頼者への報告書兼請求書を代筆するために。
「じゃあ、リューと水を汲みに行ってくる」
タスクは桶を持って、子犬のカリンに遊ばれているリューの元へ急いだ。
魔王の城が目前となり、ますますリューを一人にはしておけなくなった。聖女のこともあるがリューの精神面が心配だった。タスク、ミクラが交互に付き添い、リューが一人にならないように気を付けていた。
魔王を倒さなければならない
その重責がどれだけリューを追い詰めているのか聖女や神官たちは分かっていないだろう。二年前までは港町で平民として人並みの幸せを掴み暮らしていた。勇者になったことでその平凡な幸せは壊され、重責だけを背負わされ魔王討伐に駆り出された。
勇者にしか魔王は倒せない
魔王を倒せなければどうなるのか。その不安は常にリューに付き纏っている。大切な妻は魔王を倒す人質としてクスタリア国に捕らえられている。リューは魔王を倒さないことも魔王を倒せないことも許されない。そして、必ず生き残らなければならない。魔王と相討ちになれば、人質の妻がどうなるか分からない。あの国なら利用価値の無くなった平民は確実に処分されるだろう。そうさせないためにもリューは生きて戻らなくてはならなかった。
リューは敏い。生きて戻ってもあの国では望む幸せが得られないことが分かっている。あの国のほとんどの者がリューと聖女の婚姻を望んでいる。もし国王が約束通りリューの望みを叶えたとしても周りがそれを許さない。リューは己の望みを貫こうとすると大切な妻が傷つけられることを理解している。自分の願いが妻を追い詰め不幸にすることを。
タスクはリューに気付かれないように息を吐いた。
タスクにはどうしてやることも出来ない。力になってやりたいが、タスクたちもどうなっているか分からない。今出来ることとして祖国ティラヒトへ勇者の妻を保護するよう動いて欲しいと手紙を出したが、恐らくあの不可解な力で実行されることはないだろう。
クスタリア国ではリューは幸せになれない。けれども、勇者であるリューをクスタリア国が手放すことはない。なら、最初の依頼通り、リューとその妻を他国へ連れ出すように動くつもりだ。それにはまずタスクたちが生き残らなければならなかった。
それに懸念に思うこともある。
どの勇者にも大切に思う人がいた。が、どの勇者も魔王討伐後聖女と結ばれている。そして、必ず勇者がいた国に魔王が復活している。
そのことがタスクを不安にさせる。何故、今までの勇者たちは聖女を選んだのか、それとも選ばされたのか。いや、それは本当に勇者の意志だったのか。
そして、何故魔王を倒した勇者に国に必ず復活するのか? それは本当に復活なのか?
デッカの前に現れた魔物。代替りの言葉。魔王も代替りしている? では、誰が魔王となっていて、誰が次の魔王となるのか。
魔王の城を目前にして疑問だけが増えていく。
賢者サーフに色々聞いてみたが制約があるらしくほとんど答えてもらえなかった。答えられないことは勇者や聖女に関してのことが多かった。あの不可解な力で消される記憶も勇者や聖女に関することが多い。この共通点に途轍もなく嫌な感じがする。
ふと見るとリューが虚ろな目で魔王の城を見ていた。
早く魔王を倒したい
その思いは強いだろう。早く妻の元へ戻りたいはずだ。だが、その後のことを考えると魔王の元へ辿り着きたくない気持ちもあるはずだ。
バシャ
「うわ! 止めろ、カリン」
カリンが後ろ足で水を蹴り、リューにかけていた。リューは言葉通り、水も滴るいい男になっていた。
「やったな!」
本当によく出来た犬だ。リューが吹っ切れたように明るく笑ってカリンに反撃している。カリンは水を跳ねながら上手に逃げ回っていた。まあ、いつも通り、リューがカリンに遊ばれている感じになっていた。
「戻るぞ」
リューがまた魔王の城を見ていた。今度は金の瞳に強い光を宿して。
「必ず倒して、ヒナと……」
その言葉にタスクは黙って聞いているしか出来なかった。
「どうだった?」
タスクはカカラに聞いた。今リューにはミクラが付いている。
水を汲みに行っている間、ミクラを書記として賢者に色々聞いてもらっていた。
「どれも制約に引っかかってさっぱりだねぇ」
カカラはお手上げだと両掌を空に向ける。カカラは脇に挟んでいた紙の束をほい。とタスクに渡してきた。さっきまで賢者と話していた内容が書いてある。
「魔王の部屋からは勇者が一番戻りたいと思っている場所に飛んでしまうらしい」
魔王の部屋は入り口はあっても出口はないらしい。賢者の魔法で出発した国に戻ってしまうとタスクが書いた走り書きを解読して分かった。
「なら、リューも(クスタリアの)城に」
妻の元に戻りたい、と思うのは当たり前だ。だが、この場所からクスタリア国に行くには半年かかってしまう。半年は長い。それまでリューの心が持ってくれたらいいが。
「そうみたいだねぇ。それで、思う人の所ではなく思っている場所に飛ぶって言ってたんだよ」
ということは妻が違う場所に連れていかれたとしてもそれをリューが知らなければ妻がいると思っている城に行ってしまうということか?
散々、勇者の妻は城から出奔した、と嘘を聞かされている。リューは信じていない。城で待っていると約束しているから、と。だから、リューは城に戻ることを選ぶだろう。だが、妻が城で待つことを望んでも周りがそれをさせるかどうかは分からない。
「城に戻るといってもヒナさんの所に直接帰れるわけではないのか…」
タスクの言葉にカカラが表情を曇らせて頷いている。
「ねぇ、タスク…」
カカラは足元にジャレついてきたカリンを抱き上げた。
「なんで勇者だけが辛い目に遭わなきゃいけないんだろうね」
前によく似た言葉を聞いたような気がした。
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