冒険者たち18
ミクラはその話を聞いて何を言えばいいのか分からなかった。
デッカの話は突拍子過ぎた。
人型の魔物が一番警備の厳しい聖女の天幕に突然現れた。それだけでも大問題なのにその魔物が残した言葉はそれ以上のものだった。
「代替り?」
師匠のタスクも額に皺を作り難しい顔をしている。
「つまり魔物も勇者と一緒で何代目とかあるってことかい?」
カカラも険しい顔をしている。
話し終えたデッカは顔色を悪くして伺うように二人の様子を見ている。ミクラは何か声をかけてやりたいけど言葉が見つからない。こんな信じられない話をデッカは信じて欲しいのだから。
「次を見にきた?」
「ということはその魔物の跡を継ぐ者がこの隊にいるってことだねぇ」
はぁ、とカカラが大きく息を吐いている。その跡を継ぐ者が誰を指しているか……、恐ろしくて考えたくもない。
ミクラは何も言わず手を動かした。ウソだと言いたいけど、言ったらデッカを酷く傷つけてしまう。デッカの話、タスクとカカラの言葉を簡潔に紙に書いていく。
なんでこんなことをしているかと言うとタスクにこの場で聞いたことを全て紙に書けと言われたからだ。最初に『これは、俺、ミクラが本当に聞いたことだ』と書いて。
「あっち? 動いている? 魔物、魔王の邪魔をする者か? 勇者以外に?」
魔物が残した言葉は暗号のようで解くヒントも無く難解だった。
「ねぇ、タスク」
カカラが考え込むタスクに声を掛けている。
「不思議に思ってたんだ」
いや、この話は不思議というより何て言うか、やっぱり突拍子もないとしか言い様がない。白昼夢? をデッカが見たとしか。だって、デッカ以外はその事を覚えてないって話だし。聖女の我が儘が辛すぎて現実逃避した、てことで。
「なんで、勇者の妻と妻を守った騎士は生き残ったんだろう、て」
カカラの言葉も突拍子もなかった。
「だってさー、魔物が武器を持った者しか攻撃しない、ていうなら分かるんだ。けど、武器を持たない者も大勢犠牲になっている。けど、あの二人は魔物に襲われても助かっている」
ミクラは眉間に力が入るのを抑えられなかった。なんかその言い方は二人が助かったのがおかしいと言っているようなものじゃないか。
「埋もれるほどの数に襲われたのなら、魔物に背中を向けて庇った騎士は確実に殺られてた。庇われていた妻も大怪我だったはず。あの言葉を見つけた後だと余計にねぇ」
言われると…、確かに…。鼠の魔物でも鋭い牙と爪を立てて襲ってくる。全身を覆う数に襲われたのなら……。いや、違う。リューが黒竜を倒すタイミングが良かったんだ。
「あれか?」
タスクに指で紙を叩かれて止まっていたペンを動かす。いけない。書かなきゃ。
『どうしようも無くなったら魔物の方に逃げろ』
何だ、この言葉は。魔物の方に逃げたって殺されるだけじゃないか。
「ああ、あんたの王子が残した言葉。『生き延びろ』という言葉と共に」
ミクラは首を傾げた。『生き延びろ』と『魔物の方に逃げろ』は正反対だ、絶対に生き残れない。それに王子って?
「あの文字はルクセイド様のものだった。だから、ルクセイド様が書いたもので間違いないが………」
「……、師匠。ルクセイド様って?」
ミクラは分からなくてタスクに聞いた。勇者ルクセイドにあやかってよく男の子に付けられる名。けど、今の王子たちにルクセイドの名を持つものはいなかったような気がする。
「俺が仕えていたティラヒトの王太子だった方だ。政権争いで亡くなられたがな」
ミクラはあんぐりと口を開いてタスクを見てしまった。初めて聞いた。貴族だったことは聞いていたけどそんな身分の人に仕えていたとは思わなかった。そりゃあ、実力は十二分にあると知っていたけど。
「ミクラ、書く。じゃないと忘れるぞ」
タスクに言われて慌ててペンを動かす。聞いたことをすぐ忘れるなんて、よっぽどの出来事がないとあり得ないのに。
「魔物も時々おかしな動きをするヤツがいるじゃないか」
確かに…。殺られる! と思ったのに襲ってきていた違う魔物とぶつかってどうにか助かったり、優勢だったのに急にいなくなったり、妙な動きをすることはある。
「魔物にも二種類いる?」
タスクの言葉にカカラが頷いている。
「で、今回は早くから動ける………。前は動けなかった、ということか?」
ミクラは何をそう真剣に話しているんだろう、と思った。とても単純なことで、冒険者には関係ないことなのに。
「聖女の天幕を破って魔物の鼠が入り込んだだけじゃないですか!」
ミクラを除いた三人が盛大に息を吐いた。
「ミクラ、ここに五回目と書く」
タスクが最終行を指で指し、何枚かある紙を最初から読むように言ってきた。
「まあ、こっちも話が堂々巡りしてるからねぇ」
カカラが苦笑して、また話を整理しようか。と軽く言ってくれた。
ミクラは慌てて自分が書いただろう文字を目で追った。その内容に愕然とする。それよりも間にある回数の後の一言、忘れた、覚えてない、なんで? の文字に恐怖を感じる。
「師匠………」
「五回目だ。お前の記憶が消えたのは」
ミクラは頭を抱えた。確かに自分の字で何かを書いていた記憶はあるのに何を書いていたのか、これを読み返しているはずなのに記憶が全くない。何回も繰り返しているはずなのに。
アン、アン
カリンの甘えた鳴き声が聞こえた。
「時間切れだな」
剣士の頼みで勇者のリューと賢者のサーフは親睦というお茶会に出ていた。魔王の城も目前となってきているから必要なんだけど……、あの聖女も参加している。
「今日は珍しく長かったねー」
カカラの言葉に全員が息を吐く。長かったということは、リューがその分疲れて帰ってきたということだ。
「いつまで城にいる気分でいさせるのか」
タスクが呆れた息を吐きながら、その場を離れていく。リューを労いに行くのだろう。
「カリンにフラレたリューを慰めて来ようかね」
「はあ、食器を片付けに行かなきゃ」
カカラの足取りは軽く、反対にデッカはウンザリした表情でその場を去って行く。
ミクラは何回読み返しても消えてしまう記憶に動けないでいた。タスクから聞いていた。何かに不都合な記憶が消されているって。だから、ミクラが読んでも頭に残らないこれは不都合なことなのだろう。だから、忘れないでいたいのに!
読んでいた紙に影が落ち、それが取り上げられる。
「覚えている者がいる?」
サーフの驚いた声が背後から聞こえた。
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