不穏な話
二年後、町の神殿で小さな結婚式があった。新郎はもちろんリュー、新婦はヒナだ。お互いにこの晴れの日に準備した新品の服を着て司祭の前で永遠の愛を誓い合った。
「ヒナ」
リューはポケットから髪飾りを取り出してヒナに見せた。それには琥珀色の硝子玉と翠の硝子玉が並んで填まっていた。色つき硝子を球体にした物は国内にはまだ出回っておらず、ルハが他国の知り合いを通じて仕入れた物だ。
「付けていい?」
照れくさそうにリューが言うと目に涙を浮かべているヒナはスッと頭を下げた。この日のために綺麗に編み込まれた髪に髪飾りをリューは優しく挿した。窓から入ってきた光に硝子玉が祝福するかのように輝いていた。
「うん、よく似合う」
「あ、ありがとう。リュー」
頬を染め涙を流すヒナをリューはそっと抱き締めた。この日二人は神殿に認められた夫婦となった。それは、神殿に保管する書類にも間違いなく記録された。
子豚亭で結婚の報告会を兼ねた披露宴が行われ、二人は沢山の者たちから祝福を受けた。日が暮れた頃、二人はこれから暮らす新居に幸せそうに手を繋いで帰った。
「ヒナ、ここで待っていて」
リューは玄関より少し離れた場所にヒナを待たせ、鍵を開け扉を開けた。
「しっかり掴まって」
「リュー! 重たいから」
「だめ。暴れない。落としたくないから」
リューは急いでヒナの元に戻るとヒナの膝裏に腕を通して抱き上げる。そして、落とさないように気を付けて玄関を潜りゆっくりと家の中に入る。今日からここが二人の家になる。狭くて小さな家だがリューにとって今から何よりも大切な場所となった。
「お帰り、奥さん」
リューは腕の中のヒナにそう語りかけた。その顔は幸せに満ち溢れていた。ヒナは真っ赤な顔をして目尻に涙を浮かべながら嬉しそうに笑った。
「た、ただいま。お帰りなさい、リュー」
「うん、ただいま。ヒナ」
どちらともなく二人の唇が重なった。
二人が夫婦になって一年が経つ頃、町には不穏な話が囁かれるようになっていた。
「ナーダからの船が魔物にやられたらしい」
「この前もそうじゃなかったか」
「ああ、海の魔物の力が強くなってるって話だ」
「陸の荷物も少なくなってきたよな」
「あぁ、仕事が減ってきやがった」
増える魔物被害の話にリューは眉を寄せた。このまま荷物が少なくなり仕事が無くなるのは困る。文字が読める分賃金が上乗せされているが、それでも収入が減るのは痛い。ヒナに余計な苦労はかけたくない。
だからと言ってリューに出来ることは何も無い。魔物退治は兵士や冒険者たちの仕事だからだ。素人が下手に手を出すと魔物を怒らせ被害が拡大すると聞いている。リューに出来るのは魔物がいなくなって元の平穏な日々に戻ってくれることをただ祈ることだけ。
だが、噂は日に日に悪くなっていく。
「王女さまが聖女の力に目覚めたらしいぜ」
「魔王の力が増したってことかよ」
「なんでこの時代に」
「聖女なんて生まれていなきゃ、こんな心配もなかったのに」
「お、お前、憲兵に聞かれたらしょっぴかれるぞ」
「やべぇ、やべぇ」
遠く離れた王都の出来事がこの町でも噂されるようになった。
「ただいま。『勇者と聖女』? ヒナ、この本は?」
リューが家に帰ると机に薄い本が置いてあった。
「おかえりなさい。憲兵が配っているの。けど、この町で何人この本が読めるのかな?」
憲兵さんに読むように渡されたけど…。ヒナは苦笑いを浮かべている。文字がきちんと読める者は少ない。ほとんどの者が教育を受けておらず、生活にどうしても必要な文字だけ自然に覚えていく。こんな本を配られてもこの町で何人の人が読めるのだろうか?
「勇者と聖女の恋物語みたいだよ」
パラパラと本を見て、リューは女の子が好きそうな話だなと思った。勇者に選ばれた王子と聖女として目覚めた平民の女性が魔王討伐の旅で心を通じ合わせ結ばれる話だった。最後はこう締めくくられていた。
『勇者と聖女が住む国は大いに繁栄し皆幸せに暮らしました』
リューがヒナに読んであげると、ヒナは夢のような恋物語に素敵と息を吐いた。リューはただの夢物語だと思った。平民の何も教養のない娘が王族に嫁ぐなんて夢また夢でしかない。それに最初に出てきた王子の婚約者がどうなったのかも書かれていない。王子の帰還を待っていたとしたら、王子の心変わりはさぞかしショックだっただろう。なんとなくリューはその物語は嫌いだと思った。特に最後の一文が気に入らなかった。
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