冒険者たち16
クスタリア国を出立してからもうすぐ二年が経とうとしていた。魔王の城が遠くに見える所までようやく辿り着いていた。討伐隊の人数も出立時の半分以下となっていた。
ワン♪ワンワン♪
元気な鳴き声がする。
「こら! カリン! 今は仕事中!!」
洗濯物を抱えたカカラの足元には黒い子犬が遊んでと言いたげに纏わりついている。
「よく懐いたな」
タスクは微笑ましい光景に笑みを浮かべた。数日前、廃墟となった農村で拾った子犬の存在が暗くなりがちな場を明るくしていた。
「ほんとだねぇ。可愛いからいいけど」
バサッと洗濯物を幌馬車に放り込むとカカラは子犬の頭をワシャワシャと撫でている。
「ほんとにあの子みたいだねぇ」
カカラが誰のことを言ったのか分かる。まさかクスタリア国から連れてきた侍女まで殺すとは思ってもいなかった。その報せを知ったカカラは酷く悔やんでいた。冒険者の雑用係として雇えば良かった、と。荷物の管理とか怪我人の手当てとか戦えない者でも出来る仕事は沢山ある。彼女なら喜んで手伝ってくれただろう。
「けど、結局は死なせたかもしれないねぇ。カリン、お前は長生きするんだよ」
だからと言って、彼女の名前を子犬につけるのは……。カカラも子犬(?)も気に入っているから何も言わないが。
「あっ! 戻ってきたよ」
どんよりとした雰囲気の二人が戻ってきた。勇者であるリューはさっきまで聖女に会いに行っていた。もちろんリューが望んでではない。執拗な誘いに乗る代わりに変わらない聖女の態度に苦言、いや、文句を言いに行っていた。ミクラはその付き添いだ。発言力のあるタスクが行くつもりだったが、助祭ハルツに止められた。
「疲れているねぇ」
子犬を抱き上げてカカラがしみじみと言う。疲れ切ってうんざりした表情のリューに結果を聞かなくても分かる。ミクラも死んだ目をしている。
「カリン」
ばっと顔をあげて小走りにリューがカカラに近づいた。癒されたいのか子犬に手を伸ばそうとすると、子犬はするっと腕の中から飛び出してタスクの足元に逃げてくる。足の隙間から伺うようにリューを見ている。
「はぁ」
ガクッとリューの肩が落ちる。子犬はリューが触ろうとするといつも逃げる。嫌っているわけではないが触られたくないようだ。
「捕まると喰われると思っているんじゃない?」
カカラの軽口にリューの肩がますます落ちる。
「犬はまだ食べたことないのに」
その発言にどう突っ込んでいいのか分からない。極貧の農村で暮らしていたリューには動物は貴重な栄養源だった。話を聞くとそんなものまでと思う物も沢山あり、まあリューがいれば食べ物には困らないことは分かった。
「そのうち慣れるさ」
おいで、カリン。
カカラが手を伸ばすと子犬は真っ直ぐカカラの腕の中に駆けていく。その場所が一番好きだと言いたげに。
「吠えられないだけマシと思わなきゃ」
ミクラが慰めるようにリューの肩を叩いていた。
ウー、ウー
その直後に子犬が牙を剥いて低い唸り声をあげだした。
リューが疲れた息を吐いている。
「勇者リュー様、先ほどの態度はいくらリュー様といえど許されませんぞ」
助祭ハルツがお付きの神官を連れてやって来た。
ウー、ワンワン
帰れと言うように盛大に吠え始める。カカラが必死に子犬を抱き締めて腕から逃げ出さないようにしていた。一度、子犬が助祭ハルツに噛みつこうとして蹴られそうになったからだ。
「一方的に向こうが話してくるだけ。あそこで聞いているよりこっちで剣の手入れをしていた方がマシだ」
リューが話し出す前に子犬は吠えるのを止め、唸り声だけあげている。場を読む本当に賢い犬だ。
「そ、それは、聖女マリア様がリュー様に聞いていただきたいことが沢山おありだということでして」
リューの機嫌が悪くなる。子犬に逃げられて落ち込んでいるのにしたくない話をしなければならない。可哀想に。
「みんな我慢してるよね?
安心して眠れる夜、寝心地のいい寝台、食べたい料理、ゆっくり入れるお風呂、綺麗に洗濯された服。
なのに、私だけ我慢させられている。私は聖女だから我慢している。これは誰にも真似出来ないこと。とか言われても何言ってんの? としか思えないんだけど」
タスクは呆れた笑みを浮かべた。そんなことをくどくどと聞かされていたらそれは疲れる。
「マリア様は我慢されているのです」
助祭ハルツはそれでも健気にみなのために心を砕いているのだと強く言い切った。
「あれで? 怪我人の手当てより先に天幕張れとか、冷たい水が飲みたいから夜に水を汲みに行けとか、どう見ても我慢してるって思えないけど」
「リュー様、もう少しマリア様に歩み寄られてください」
リューが深々と息を吐いている。話が通じない相手との会話が疲れるのは分かる。
「歩み寄るって? 話が通じない人に? 黙って理不尽に応えて我慢しろって?」
「で、ですから……、リュー様がもう少し優しい態度で」
リューの眉間の皺が深くなってきた。助祭ハルツは気がついていない。リューだけに強いていることに。
「あんたは俺だけに言ってくるよね? あれしろ、これしろ、て」
「マリア様と仲良くされることは重要なことだからです」
「じゃあ、あの女を甘やかしていないで現状を分からせろよ。どれだけ周りに迷惑な存在になっているか」
「わ、私は甘やかしては……。それにマリア様は迷惑なことなどされていません」
自覚……がないわけでは無さそうだ。助祭ハルツの目が泳いでいる。
「あんたが言わないから言っただけだ。
守ってほしいのなら守ってくれる人たちの指示に従え。
出来るかどうか考えてから言え。
してほしいなら出来るようになるまで待て。
当たり前のことしか言っていない」
「で、ですから、マリア様は我慢されていて」
堂々巡りの会話に聞いている方も頭が痛くなる。助祭ハルツが連れてきている神官たちも疲れた表情になってきている。
「じゃあ、もっと我慢させろよ。甘やかしてないで」
ウー、ワンワン
話は終わりだと言いたげに子犬が吠え出した。ほんとに場が読める犬だ。
「リュー様」
ウー、ワンワン
「リュー様、聖女様の元へお戻りを」
ウー、ワンワンワン
「リュー様、……」
ウー、ワンワン
「うるさい!」
ガルルル
「カリン、水浴びに行こう」
アン♪
リューの呼びかけに子犬がするりとカカラの腕の中から抜けだした。
「まだ(水が)有るから一個でいいよ」
カカラの言葉に頷いて空の樽を抱え歩くリュー。その後ろを子犬が尻尾を振ってついていく。視線を合わせればミクラが頷いて桶を持ってリューの隣に行く。
「なんで触らせないんだろうねぇ」
しみじみと言うカカラにタスクも頷く。ほんとに不思議な犬だ。
「お前たち」
助祭ハルツが肩を怒らせながらタスクたちを睨み付けていた。まだ残っていたのか、と思う。
「ハルツ殿、リューの言う通りだ。もっと我慢させないと大切な聖女の護衛がいなくなるぞ。このままだと前線に来てもらうことになる」
ギッとタスクを睨み付け、助祭ハルツは戻って行った。
「さて、カリンがいないうちに洗濯をたたもうかね」
カカラが洗濯物を放り込んだ幌馬車にヒョイと乗り込む。
タスクは桶を持ってリューたちを追いかけた。
お読みいただき、ありがとうございます。
カリンの犬語
カカラの足元で
ワン♪ワンワン♪ それ終わったら遊んでー
助祭ハルツを見て
ウー、ウー 来るな、来るな
助祭ハルツに向かって
ウー、ワンワン とっとと帰れ
ウー、ワンワンワン 帰れ、帰れ
ガルルル うるさい
リューに呼ばれて
アン♪ 行く
誤字脱字報告、ありがとうございます。
いつも助かっています。




