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金の瞳の勇者 ー勇者の呪い 連載版  作者: はるあき/東西
魔王討伐の旅
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侍女カリン

 侍女カリンは部屋の隅でハラハラと上下左右に激しく動く枕を見ていた。

 部屋では主であるマリア殿下が癇癪を起こしていた。手にしている枕は大きく形を変え今にも破れそうだ。あれが破けたら直すのはカリンの仕事だ。どうか破けませんように。と心の中で祈る。


「何、あの女。着替えを素早くですって。淑女の着替えは時間がかかるものなのよ!」


 パーン、と枕が弾けて中の羽毛が飛び散らかる。カリンは部屋に広がっていく羽毛に小さな悲鳴をあげた。


「早く片付けなさい!」


 先輩侍女から叱責され、カリンは手を伸ばして宙を舞う羽毛を捕まえようとするがスルリと逃げられてしまう。逃げる羽毛に気を取られていると背中に衝撃を受け床に倒れ込んだ。


「お前が悪いのよ。逃げ遅れてリュー様に怪我などさせるから」


 口元をハンカチで隠したマリア殿下が目を吊り上げてカリンを見下ろしていた。マリア殿下の周りにいる先輩侍女たちも冷たい目でカリンを睨み付けている。あのことはカリンのせいではないのを分かっているのに。


「も、申し訳ありません」


 カリンは額を床に擦り付けて謝るしかなかった。その背中にまた衝撃がくる。身分も経験も一番下のカリンはただ堪えて嵐が過ぎ去るのを待つしかなかった。


「姫殿下。タキ様とネルサン様が別室でお待ちです」

「分かったわ」


 横に倒れるような衝撃を最後に衣擦れの音が遠ざかっていく。カリンは痛む体を起こした。用意してあった箒で床に落ちた羽毛を静かに掃き集めていく。大きな布をそっと広げ羽毛をその中へ。誰か来るまでに終わらせないとまた羽毛を巻き散らかされてしまう。吐きたくなるため息よりもひたすら手を動かした。



 あの日、マリア殿下はわざとゆっくり逃げた。勇者様に助けに来てもらうために。周りがどれだけ早くと急かしても魔物から助け出される姫を夢見て。

 魔物に囲まれそうになり、カリンは先輩侍女から魔物の方に押し出されてしまった。慌てて戻ろうとしたが、岩にドレスの端が引っ掛かって転けてしまった。間一髪、冒険者が飛びかかってきた魔物は払ってくれたが、そのまま魔物に囲まれてしまい、その中には黒牛の強い魔物が二匹もいた。冒険者に庇われながらもうダメと思って目を閉じた時、駆け付けた勇者たちが魔物を倒してくれた。その時、勇者は黒牛の角に腕を刺されてしまった。



 それから、カリンに対する当たりはますます酷くなった。マリア殿下が求めた″勇者に助けられる姫″をカリンがしてしまったからだ。けれど、カリンは分かっていた。勇者たちはカリンを助けようとしたんじゃない。仲間の冒険者を助けただけだと。


 ベッドの下も確認して羽毛をどうにか集めた。飛び散らないように布でくるみ与えられた部屋に急ぐ。ゴミを取り除いてまた枕の袋に詰めなければいけない。けれど、その前に羽毛を綺麗に洗わなければまた文句を言われる。もう日もくれている。洗えるのは明日の朝。早起きは確定した。


 カリンは鞄に入れてあった細長い布を手に持つと冒険者たちが泊まる宿に向かった。


「包帯です。煮沸はしてありませんが洗ってアイロンしてあります」


 アイロンの熱だけでも消毒の効果があると教えてもらった。傷にはつかえないけれど、添え木を固定するのには使える。

 出会った冒険者に渡すと「ありがとう」と返ってきて嬉しくなる。こんな小さなことで喜んでもらえて心が暖かくなる。



 あの後、腕に怪我をしたカリンは冒険者たちに手当てを受けていた。目の前でカカラと言う女冒険者が大声をあげている。


「綺麗な包帯はないのかい?」


 カリンの目の前でまた細長く切られた布がグツグツと煮られている。いつも思っていた。こんなものを煮て何にするのだろう、と。

 もう一人の女冒険者が現れて鍋から布を取り出し、二本の棒で器用に水を絞り始めた。

 その間にも包帯を求める声が聞こえる。


「ないみたいです。アイロンしますね」


 女冒険者がアイロンに焼けた石を入れて、煮られていた布に当てていく。ジュと湯気がたって布が乾いていく。


「新しい包帯はまだか?」

「ちょっと待って! 今アイロン中だから」


 カリンの傷に薬が塗られ、また温かい布が巻かれる。


「鍋の、全部出すぞ」


 鍋の布が籠に全部出され、まだビタビタの布が次々と入れられていく。中には黒く薄汚れているのもあった。


「な、何をしているのですか?」

「包帯を煮沸、消毒しているのさ。ほんとは天日干ししたいんだけどねぇ。干してる暇ないだろ。で、アイロンで乾かしてる」


 さあ、出来た。腕を動かしてごらん。


 カリンが怪我をしたのは肘だった。包帯を巻かれれば腕が固定され動かすことが出来なくなる。また先輩侍女たちに役立たずと嫌味を言われると思うと憂鬱だった。

 恐る恐る腕を曲げてみる。傷の痛みはあるけれど普通に腕を動かすことが出来た。驚きに目がまん丸になってしまう。


「指先が痺れるような感じがあるかい? おかしな感じがあったらすぐに(包帯を)弛めるんだよ。血の流れを悪くしてるかもしれないから。そん時はまた巻いてあげるからおいで」


 そう言ってカカラは次の怪我人の所に行ってしまった。カリンが何て言えばいいのか口をモゴモゴしているうちに。


「デッカ、こっちを手伝ってくれ」

「はーい」


 アイロンをしていた女性も行ってしまった。アイロン待ちの籠には布が一杯になっている。

 カリンはマリア殿下の下着のアイロンがけもしている。それにアイロンがけは得意なほうだ。

 見よう見真似で布を絞りアイロンをかけていく。温度が下がったら中の石を交換して、次々とアイロンをしていく。腕の痛みもいつの間にか気にならなくなっていた。


「ありがとう」

「助かるよ」


 そう言って持っていかれ、アイロンがけが終わった布はすぐに無くなってしまう。けれど、カリンはそれがちっとも嫌じゃなかった。マリア殿下の物をアイロンするのはとても苦痛なのに。


「これも頼めるかな?」


 控えめに言われた言葉に頷く。


「ありがとう。けど、疲れたら休んでくれよ」

「あんたも怪我人なんだから、休めよ」


 みんな()()()()()()()声をかけて布を持っていく。それが反対にもっと頑張ろう、と思わせる。


「ありがとう。腕は大丈夫かい?」


 カカラが戻ってきた。


「助かったよ。おかげで包帯待ちなんてもんがなかった」

「えっ、あっ」


 カリンは何て返したらいいのか分からない。先輩侍女の仕事もカリンがして当たり前、お礼なんて言われたことなど一度もない。反対に遅いと怒られるのがいつものことだった。


「疲れただろう。戻ってゆっくり休みな」


 その言葉に嫌だ。と思ってしまった。確かに同じ体勢でずっとアイロンをしていたから節々が固まって痛い。


「明日、包帯巻き直すからここにおいで。朝からまた煮沸してるから」

「はい、またアイロンしてもいいですか?」


 カカラ()()は晴れやかに笑った。


「助かるよ。けど、怒られないかい?」


 心配そうに聞かれて胸が熱くなる。見つかったら怒られるけど、やりたい。


「少ししか出来ませんが」

「それでもこっちは大助かりだ」


 カリンは頭を下げてその場を後にした。明日は早起きしてアイロンをしたいから。町に着くまでのカリンの日課となった。



「カリン、あなたはこの町に残ってもらいます」


 侍女たちが集められ、侍女長にカリンはそう告げられた。負傷者が多くなり護衛も儘ならなくなったため、侍女の人数も減らすことになったらしい。カリンの他に先輩侍女も一人この町に残ることになった。

 カリンは複雑だった。マリア殿下の侍女を外されるのは凄く嬉しい。けれど、冒険者たちと別れるのは寂しかった。


「そうかい。残念だねぇ」


 早朝、アイロンがけに行くとカカラさんは寂しそうに言った。アイロン要員がいなくなるからという理由でも残念と言ってもらえて嬉しい。カリンでも役に立っていたということだから。


「まあ、気を付けな。この町も安全とはいえないから」

「ご武運を。皆様のご無事をお祈りしています」

「ありがとう。あんたも体に気を付けるんだよ」


 最後のアイロンがけをして冒険者たちとお別れした。


 城壁の近くでマリア殿下たちを見送る。少しも寂しいと思えなかった。深々と頭を下げて馬車が見えなくなるまで見送る。


「カリンさんはこれからどうするの?」


 怪我でこの町に残ることになった冒険者が聞いてきた。


「出来るなら、この町でカカラさんたちを待ちたいと思います」


 クスタリア国に戻るには必ずこの町に立ち寄る。だから、魔王討伐隊が無事使命を果たしこの町に戻ってくるのを待ちたい。


「私、カカラさんに手当てしていただいたお礼を言ってないのです。戻られたら伝えようと」

「あんだけ手伝ってくれてたら、チャラだと思うけどなー」


 冒険者はそう言うけれど、会ってきちんとお礼を言いたい。挨拶の時に言わなかったのはもう一度会いたいから。


 クスクス、クスクス


 後ろからバカにしたような笑い声がした。


「あなたたち、知らないの? 勇者が魔王を倒したら冒険者は皆殺しにされるそうよ」


 先輩侍女がおかしそうに笑いながらそう言った。


 そんな馬鹿な。何故そんなことをするの? 一緒に旅をした仲間じゃないの。


「逃げろ」


 隣にいた冒険者が急にカリンを後ろに押した。銀色に光る刃が見える。走り出そうとするが背中が焼けるように痛くなる方が早かった。

 後で甲高い悲鳴が聞こえた。


「な、なぜ、私まで」

「命令だ。皆殺しにしろ、てな」


 冷たい声が聞こえ走り去っていく足音。


 死にたくない。まだお礼を言えてないのに。

 死なせたくない。あんないい人たちなのに。


「死にたくないですか?」


 そう聞かれてカリンは頷いた。まだ死ねない。こんなところで死ぬわけにはいかない。

 聞いたことのある声。話したことはないけれど、城で何度か見かけたことがある人。けれど、その人は国にいるはずだった。


「人ではなくなりますよ」


 それでもいい。あの人たちを助けられるのなら。

 それでいい。あの人たちを助けるためなら。


 頷いて声のする方を見た。思っていた人が立っていた。背中にあるはずのない黒い羽が広がる。


「そ、それ、でも、いい。たす、け、たい」

「叶えましょう」


 カリンの意識は闇に沈んでいった。

お読みいただき、ありがとうございます。


カリンは城仕えの使用人でした。表向きは聖女と年が近く話し相手にと侍女に抜擢されました。本当は低い身分と冴えない容姿をしているため、騎士の慰め役や雑用係、引き立て役、そしていざという時の捨て駒として選ばれました。婚約者がいましたが侍女に選ばれた時点で解消されています。


誤字脱字報告、ありがとうございます

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― 新着の感想 ―
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