助祭ハルツ2
助祭ハルツはベッドに腰掛け頭を抱えていた。
まだ時間があると先伸ばしにしていたツケが返ってきた。その事実に頭を抱えているがよい案は浮かんでこない。
冒険者たちの言うことは全て正論だ。これから旅はますます厳しくなる。魔物と戦えない者もそれなりの覚悟を持って行動しなければならないが……。
やんわりと伝えてきた。今のままではダメだと。服装は華美ではなくなった。身に付ける装飾品も減った。けれど、まだまだその装いは旅装束とはいえないものだった。
≪それ以上を何故させない?≫
聖女様は我慢して今の装いをされているのだ。勇者様に美しく着飾った姿をお見せしたいのに。だから、それ以上の要求をするのは心苦しかった。
≪でも必要なことだ≫
それでも、だ。聖女様は努力されていらっしゃる。これ以上無理をお願いするのは。
≪……。どうする?≫
やはり遠回りになるが宿で休める回数を増やして………。聖女様が快適に過ごせるように……。不自由な生活に堪えていただかねばならないのだ。遠回りになるなど言ってはおられぬ。
≪冒険者の言葉≫
『聖女以外の女性がいなくなったら』
女冒険者の現実味を帯びた言葉。ただでさえご不自由な生活に堪えていただいているのに。世話係の侍女たちがいなくなれば聖女様はどうなるのか。けれど、少なくなった戦力で侍女たちも守りきれるかも不安だった。
どうにか今の戦力を維持したまま、聖女様の要望を。それが一番だ。
≪誰が一番?≫
『勇者を一番に考えなきゃ』
また女冒険者の言葉が甦る。遠回りになれば確かに日数が増え、魔物と遭遇する可能性が増える。
≪可能性?≫
そうだ。ただの可能性だ。魔物と遭わないかもしれない。そうなるかどうか分からない。そんなことで聖女様に不自由をさせてはならない。
≪町はあるのか?≫
『時間をかければ寄る予定の町が無くなっているかもしれない』
うるさい。だが、増えていくバツ印。魔王の城周辺の町はもう存在していない。今ある町も明日にはどうなるか。消えていない可能性もある。
≪それも可能性≫
そうだ。その通りだ。ただの可能性。そんな不確定なことで聖女様に不自由をさせてはならない。
『魔王を倒せるのは勇者だけ』
『勇者は唯一魔王を倒せる者。危険から遠ざけるのは当たり前のこと』
女冒険者の言葉に法王の言葉が重なる。
魔王を唯一倒せる勇者様だから危険から遠ざけなければならない? 勇者様はお強い。そんな必要はない……。だが、勇者様は怪我をされた。愚かにも侍女を守る冒険者を庇って。
≪侍女は必要?≫
必要だ。聖女様の身の回りのことをするために。だが、侍女を守るだけの人数がいない。冒険者も減りすぎた。これ以上減らすことは出来ない。
やはり遠回りはダメだ。うまくいけば今の戦力のまま進めるかもしれない。聖女様にはご不自由を強いてしまうが、侍女がいないよりは……。
≪本当に侍女は必要?≫
「誰だ! さっきからゴチャゴチャと」
この部屋には助祭ハルツしかいないはずだった。だが、声がする。
助祭ハルツは顔を上げて息を飲んだ。
真っ正面に壁に凭れるように神官服を着た何かがいた。その頭部は煤のように真っ黒で頭といってよいのか分からない。
≪何を驚いておる? 未来のヌシの姿じゃろうが≫
それは助祭ハルツの頭の中に直接話しかけてきた。
ポンとそれの服の裾が広がり、そこから鼠の魔物が現れ闇に消えていく。
「ま、魔物!」
助祭ハルツはベッドに上り後退る。ドンと壁にぶつかった。武器になりそうな物は近くになく手は頼りないシーツをぎゅっと掴む。
≪失礼じゃな。未来のヌシだというのに≫
黒い頭部が心外だと言いたげに傾く仕草をする。
「未来の姿だと!」
そんなこと到底信じられない。自分は魔物ではない。神に仕える神官だ。
≪そうじゃ。ヌシは選択を間違えた。試練に敗れたんじゃ≫
「試練だと? そんなもの、私に課せられておらぬわ。それに私はきちんと任を努めておる」
魔王の城まで聖女様をお連れするという重責を果たすべく全身全霊で尽力している。今この瞬間も。
神官服を着た何かは面白そうに体を震わせた。
≪そうじゃ、そう思っておった。じゃがこの姿じゃ≫
顔がないのにそれがニヤリと嗤ったように感じた。恐怖で体が震える。
≪良いことを教えてやろう≫
音もなくそれは助祭ハルツに迫ってきた。黒いだけの頭部が瞬きも出来ぬ間に目の前にあった。それが助祭ハルツの顔に変わっていく。
≪どちらに進んでも魔王の城には必ず着く。そして今のままなら、勇者は魔王を倒し聖女と結ばれる≫
助祭ハルツは声にならない悲鳴を上げた。視線を逸らしたくても視線を動かすことさえ出来ない。ゆっくりと意識が遠退いていく。
≪破滅と共に、な≫
助祭ハルツの顔でニタリと笑ったそれはゆっくりと闇に溶けていった。
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