冒険者たち15
机の上には地図が広げられた。大きく丸をつけられている所に魔王の城がある。丸の印から転々とバツがつけられた場所、魔物によって壊滅した町だ。どのルートを通るのか神官・騎士・冒険者を交えて相談がされていた。後一ヵ国通ったら、魔王の城があるイーラスト国に入る。平和な時なら一か月半の道のり、遅くとも半年後には何らかの結果はでているだろう。
「こことここ、落ちたと……」
「ここも魔物の襲撃が激しくなり放棄したと……」
地図に新しいバツが加えられていく。魔王の城から伸びる道。その道沿いにバツのついていない町は少なくなっていた。
どのルートを通るかどの町に寄るか決められていくのをカカラは退屈しながら聞いていた。カカラの隣には勇者が立っている。おかげでお姫さんからの視線が痛い。勇者を挟んで立っているのは賢者なのでカカラを睨んでくる。
カカラだって好きでこの場にいるんじゃない。冒険者代表のタスクに頼まれたからだ。記憶を共有する者として立ち合ってほしいと。
カカラはホッとしていた。あの古い僅かな量の″忘れな草″でも効果があったことに。
タスクの消えた記憶は取り戻せなかったが、″忘れな草″を飲んだ時からの記憶が消えることはなかった。
タスクと共に調べていることはカカラ一人で背負うには重すぎた。かといって、同じく″忘れな草″を食べている若いデッカを巻き込むつもりはない。まだ若い彼女には荷が重すぎる。それでも周りの記憶が不自然に消えていて、それを追求しないようには注意してある。目を付けられると厄介だから。
「よろしいでしょうか?」
ある程度話が纏まったところでお姫さんに付いていた侍女が口を開いた。
「こちらの道ではダメなのでしょうか? 町も多く残っていますし、野営の回数が減りますわ」
侍女が言う通りその道には残っている町の数は多いが遠回りだった。つまり野営の回数は減らないどころか遠回りの分むしろ増える。この侍女はそのことに気が付いていない。宿に泊まれる数だけ数えた、ただのバカ。
「遠回りになる分、野営の回数は反対に増える。それに時間をかければ寄る予定の町が無くなっているかもしれない。最短を行くべきだ」
タスクの言葉にカカラは頷いた。その通り。今バツのついていない町も明日には無くなっているかもしれない。そんな状態なのに。
「野営ばかりでは姫殿下の負担になりますわ」
さもかし自分が正しいという言い方に呆れを通り越して哀れみを感じる。野営の回数は増えるとい言っただろ、聞いてないのかい。
「それで? 優先するべきは魔王討伐だ」
カカラの隣から冷たい声が聞こえた。
「リュー様、マリア殿下のことを優先にお考えください」
侍女に名前を呼ばれたお姫さんがニッコリと勇者に微笑んでいるけど……。
カカラは腕を擦った。それは余計不機嫌にさせるだけっていつになったら理解出来るんだろうね。
「なんで? これ以上人数を減らさず早く魔王を倒すことの方が大事だろ」
ほら、正論しか返されない。
「リュー様、マリア殿下は繊細なのです」
カカラは吹き出しそうになるのを堪えた。口角は引きつったかもしれないけど、どうにか我慢できたはず。
「じゃあ、遠回りして魔物が襲ってきた時、あんたたちが守ってくれんの」
勇者に何を言われたのか分からなくて侍女は一瞬キョトンとしたがすぐにがぎょっとした顔に変わる。日数が増えるんだから魔物に遭遇する可能性も増える。うん、その分しっかり戦ってもらおうかねぇ。
「な、何故、私共が? 戦えませんのに!」
「戦えないのなら余計なことは言わないことだな。こちらも戦う回数をなるべく少なくし、戦力を温存したい」
タスクがばっさりと侍女の主張を取り下げる。ギッと睨みつけてくる顔の怖いこと。
「聖女様である姫殿下のことを一番に考えなさい」
それっておかしくない? だから思わず口から出た。
「えー、勇者を一番に考えなきゃいけないんじゃない?」
「なっ、なっ、何を無礼な」
うーん、何が無礼なのか分からないけど、言ってしまったからには最後まで言おうか。
「魔王を倒せるのは勇者だけ」
視線で確認で賢者を見たらフードが上下に動いた。
「じゃあ、勇者があまり戦わなくてすむように最短で行くのが最良。冒険者たちの実力じゃ、勇者を温存なんかしてちゃ全滅だからね。だから、早く魔王を倒せるようにしなきゃいけないと思うんだけど」
侍女は口をパクパクしてそれでも何か言おうとしているけど、お姫さん優先はほんとに説得力ないんだよね。
「侍女の仰ることも一理あります。勇者リュー様も野営よりも宿でゆっくりお休みいただいたほうが疲れもとれるでしょう」
助祭ハルツが出しゃばってきた。そうやって庇うから増長するんだよ。
「ねぇ、サーフ。もし、勇者が魔王と戦えない状態になったら聖女になんか力、増えるの」
「なっ! 勇者リュー様に何かあるなどあり得るわけがない!!」
助祭ハルツが煩いし、お姫さんたちの視線も痛い。けど、疑問に思ったら聞いておきたいじゃないか。それに勇者もこの前怪我をしたんだよ、黒牛の魔物の角に刺されて。あんたたちは勇者の腕の包帯が見えないのかい?
「聖女の力は魔王の力を弱めるだけだ。弱めるだけで魔王は魔法も物理攻撃も出来なくなるわけではない。勇者が魔王と戦えなくなった時点で負けが決まる」
ほら見ろ。勇者のことを優先するのが当たり前だろ。
「残念ながら俺たちの力では今の魔物の相手は勇者や剣士がいなくては戦えない。彼らが負傷しないように援護するのが精一杯だ。日数をかければその分魔物と戦う回数も増える。怪我人が増えれば援護も儘ならなくなる」
タスクが纏めてくれたけど……、そんなに睨まれてもねぇ。あんたたちは守られているだけだけど、こっちは命懸けで戦っているんだよ。
「そういいながら、リュー様を怪我させたじゃない」
意地悪く侍女が言うがこの怪我もあんたたちが原因だろうが。そんなピラピラした動きにくいドレスをまだ着て逃げ遅れてくれて、守る冒険者たちを助けようとした勇者が怪我をしたんだろうが。
「あんた…」
「人数が減るということは、守れる対象も限られる、ということだ。守りきれない対象は切り捨てることになる」
勇者の言葉を遮ってタスクが口を開く。あんたたちには何を言っているか分からないだろうけどねー。
「つまり、これ以上人数が減れば冒険者たちは勇者の援護に専任して侍女たちの護衛の補助に行かなくなる。騎士や神官も絶対に守らなきゃいけないのは聖女だけ。戦えない侍女たちはどうすんの?」
分かりやすく言ってやったよ。さあ、どう答えるんだい。
「ネ、ネルサン様!」
顔色を無くした侍女がクスタリアの団長の名を縋るように呼ぶけど答えは決まっているだろうねぇ。
「マリア殿下の安全が第一だ」
「そ、そんな…、姫殿下はお一人でお着替えもなされたことがありませんのに」
まだそんなこともさせてなかったのかい。どうするんたろうねぇ、この先どうなるか分からないのに。
「まだそんなことも出来ないの?」
隣から聞こえた冷たい声に大きく頷いてしまう。
「姫殿下にそんなことをされられません」
侍女が噛みつくが考えていないんだろうねぇ、もしも、を。
「そんなこと? 身仕度くらいは自分で出来るようになってもらわないとこの先困るのは聖女だ」
タスクの言葉にウンウンと頷いてしまう。
「高貴なお方にそんなことを」
「っていうか、聖女以外の女性がいなくなったらどうすんの? 私らは魔物と戦っていつどうなるか分からない。侍女たちも守れなくなったら見捨てられる。誰かに何かしてもらわなきゃ何も出来ないじゃあ、誰かに守ってもらっていてもいつか殺られるよ」
ああ、視線が痛い、痛い。けど、本当のことだからね。
「我らが守る」
助祭ハルツも団長ネルサンも睨んでくるくるけど…。
「どんだけ厚く守っていても時間がかかれば守りきれない。聖女が着替えしているからと魔物が待ってくれた?」
それで何人負傷した? それを分かってる?
「一人で素早く。これが出来ないと負傷者が増えるだけだよ」
その日は取り敢えず次に行く町だけ決めて解散となった。お姫さんはプリプリ怒りながら、侍女は不安そうに部屋に戻っていく。
「カカラ、俺が言うから目立つな」
タスクの言葉にカカラは肩を竦めた。どうせ目を付けられているんた。言うんなら、はっきりと言わないとね。
「あそこに居たら嫌でも目立つけど」
「そうだが……」
タスクは冒険者への不満は自分一人に集めるつもりだ。残念、お姫さんたちは勇者と一緒にいる女、カカラやデッカに強い敵愾心を持っている。いつも睨まれて意味のない嫌味を言われているからね、見つかると。嫌がってるのに纏わりついてくる女より仲間として役に立っている女の方と付き合うに決まってるだろ、勇者も。
「まあ、助かった。あっちもはっきりと言ったからいい加減動くだろう」
タスクはそう言うけれど………。
そうだといいねぇ。けど、頭悪そうだから。
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