冒険者たち14
遅くなりました。
タスクは目の前に置かれた器を凝視していた。場所は外。机代わりの岩の上にそれは置いてあった。
緑と紫? いや、紫がかった桃色? 幾つかの色が混ざった極僅かな粉。それが入った器にカカラが少量の水を入れた。粉の上に水の膜が出来る。
ボコッ
かき混ぜもしていない。器の底から大きな気泡が一つ水の膜を押し上げて破裂すると………。
ボコボコボコ
沸騰したお湯のように気泡が現れて破裂して粉が水と混ざっていく。気泡が割れる度に明らかに辛いと思える悪臭が漂う。目の前にそれがあるため、その臭いをもろに吸い込んで激しく咳き込んでいるタスクの目に涙が溜まる。
「い、何時まで続く?」
「判るわけないよ。私は茹でて食べていたんだから」
少し離れた場所で鼻と口を布で隠しているカカラの顔も歪んでいる。外でコレなんだ。部屋や馬車の中で行ったら気絶していたかもしれない。
「茹でた方が臭いはマシだねー」
ほとんどの薬草は乾燥させると成分が凝縮され効果が増すと云われている。カカラの″ふくろ草″に入っていた″忘れな草″は一茎分もなくカピカピに乾燥仕切っていた。これだけの量で効果があるか疑問だったがしないよりはマシだ。食べるより粉にして飲んだほうがいいだろうとなり水に溶かしてみたところだった。
ポコ……
小さな気泡が消えた後、器に残ったのは形容しがたい色の物体。少量なのにトロリではなくドロリとした禍禍しさを感じさせるもの。量は食事に使う木匙一杯分もない。
カカラが糖蜜を一杯、それに混ぜていく。
「どれくらい入れる? あん時は糖蜜と甘草を倍でどうにか食べれたけど……」
糖蜜は砂糖よりも甘い。その糖蜜を茹でて倍。凝縮されているけれど、茹でたよりは量は少ない。それに食べたくないと思える物を何杯も流し込まなければならないと思うと………。
「もう一杯だけ入れてくれ」
木匙でよく混ぜ、食したいとは思わない物体を木匙で山盛りに掬う。
タスクは息を止めて木匙を口にほおりこんだ。糖蜜の甘さと言い表せない辛味が口に広がる。鼻に抜ける臭いに不快感が増しすぐにでも吐き出してしまいたい。思わず用意した水袋に手をのばすが思い止まり残りを口の中に掻き込み無理やり飲み込む。すぐに水袋を取り中身を飲み干す。それでも口の中がおかしい………。
「……、カカラ、糖蜜をくれ……」
タスクは甘すぎる物は苦手だ。糖蜜なんて甘ったるい物、そのまま食べようなんて思ったことは一度もなかった。
「よくこんなの食べれたなー」
糖蜜を舐めて、口の中が我慢出来るくらいにはマシになった。それでもまだ口の中は甘さと辛さが戦っている。
「あん時はほんとに食べられる物がなかったんだよ。甘草と糖蜜を使ってどうにか食べていた、てとこかね」
そこまでの状況だった、とカカラは肩を竦めている。タスクも二度と口にしたくないと思うが生き残るためなら食べるだろうとも思う。
「で、何か思い出しそうかい?」
「そんなに早く効き目があるものなのか?」
臭いと味が強烈すぎて何か思い出した感じはない。今日の食事は味がするだろうか? 糖蜜は甘く感じるから大丈夫だろう、きっと?
「いや、なんかこんなことあったなー、て感じで思い出す感じ?」
普通の記憶力がいいのと変わらないのではないか? タスクはそんな風に思ってしまう。吐きそうになってまで飲んだのに。
「まあ、量が少ないからね。古いから効かないかもしれないし」
カカラの言葉に簡単に頷きたくない。あれほど不味いものを試したのに効果無しは辛すぎる。
「で、始めようか?」
そう言われてタスクは自分の″ふくろ草″から紙の束を取り出した。覚えているうちにと走り書いていたようだ。途中で記憶がなくなったのだろう、単語だけのものや意味不明な文も多くあった。それらは全て今はもう使われていないコンズテラ語で書かれていた。
コンズテラ語は十一代目勇者ルクセイドの国、コンズテラ国の公用語だった。何故タスクがその言葉を使えるのか分からない。法王、ヨークハサラから来る情報もコンズテラ語で来る。祖国ティラヒトの鳥、何故か読めるコンズテラ語、法王の言った通りタスクなら分かる、タスクしか分からない連絡方法だった。
カカラに全部渡そうとしたが読めないと突っ返されてしまった。こうやって空いた時間に少しずつカカラに読み、何を書こうとしていたのか二人で読み解いていた。
″忘れな草″を飲んだからそれらを読んだら思い出せると思ったがそんなこともなく暗号のような自分の言葉に苛立ちを隠せなかった。もっと分かるように書けなかったのか、そう思ってしまう。
「しゃあないよ。(″忘れな草″が)あれだけの量しかなかったんだし」
カカラはそう言ってくれるが思い出せないことに焦りがくる。
「やっぱり…、これは…、魔王の部屋に勇者たちが入ったら冒険者たちが殺される、てことだよね?」
カカラの声が低く重い。タスクも何をバカなと思った。殺されるために集まったんじゃないぞ、と。
一枚の紙を二人して睨み付けている。これが一番書いてあることが分かりやすかった。自分が書いたはずなのに解読とは情けなすぎる。
「恐らく…。恋仲にバツがふってあって、聖女の邪魔、協力しない、殺すとある。勇者と聖女が恋仲になるのを邪魔をした者を、ということか?」
はぁー、とカカラは上を向いて手を顔に乗せた。
「ということは、歴代の聖女もお姫さんだったということかい? 神殿が言いまくってる素晴らしい聖女さまじゃあ邪魔はしないだろ」
タスクは頷いた。神殿で語られている今までの聖女たちは理想そのものの聖女だ。そんな聖女なら勇者の気持ちはどうあれ周りは応援するか静観しているだろう。それに勇者の気持ちが他にあるならば諦めるはずだ、本当の慈愛溢れる慈悲深き聖女様ならば。
「けど、殺すって? そんだけ邪魔されたことを恨んでいる、ということかい?」
それくらいで、と思うが、神官たちの態度を見るとありえそうだ。
「その記憶を消すとかいう嫌な力で勇者が聖女を嫌がっていたことを消したらいいだけじゃないか」
「確かに。だが、それではダメだったんだろう」
大勢の人の記憶を消せる力があるんだ。何故、それをしなかったのか、それとも出来なかったのか。出来なかったとしたら、何故?
「今日はここまでだねぇ」
カカラが顔を上げた。
「師匠!」
ミクラがタスクを呼んでいた。聖女の長い昼食が終わったのだろう。
「臭いがしないといいね。一応、馭者台に座ろうか」
カカラが腕とか服の臭いを嗅いでいるが両手を上に上げて分からないとしている。
「あんたは馬に拒否されないといいねぇ」
うっ。とタスクは言葉に詰まる。馬に乗れないと移動に困る。
「馭者台でも馬が拒否するかもしれないぞ」
「そんときは二人で走るかい?」
「そうなるかなー、どうせすぐ休憩になるだろう」
愛馬に不機嫌そうにされたがどうにか乗ることが出来た。
「タスクさん、何食べたんです?」
「ちょっと薬草をなー」
すぐに鼻を押さえた勇者の姿に苦笑しながら、タスクは早く臭いが消えて欲しいと願った。
次の日、タスクはカカラに声をかけた。
「思い出したことはないが、昨日のことを覚えている」
お読みいただき、ありがとうございます。
″忘れな草″は辛味があります。″忘れ草″は酸味があります。薬師が製薬すれば味も臭いもマシもなります。二人は素人なので薬師が絶対にしない一番味も臭いもきつくなるやり方で飲んでしまいました。
誤字脱字報告、ありがとうございます。




