冒険者たち13
カカラは馬車に凭れ、神官に囲まれた聖女を見ていた。彼らがこっちに来る様子はまだない。
「怪我人を優先されている聖女様はお優しい」
その言葉を聞く度にピクピクする口元を隠すのが一苦労だ。吹き出さないのを誰か誉めてほしい。
「優しいのは勇者だよ」
笑いを我慢するのが辛くなってきた。聞こえない場所に移動しよう。これ以上腹筋を鍛える必要もないのだから。
なんやかんや言いながらも勇者はお姫さんたちも魔物から守っている。比類なき力を持っているから出来ることだけど、見捨てるのも簡単に出来る。それでも助けているのは勇者が優しいからにほかならない。
「? カカラ、どうした?」
移動の途中でタスクと会った。夜の見張りをしていたタスクと勇者は幌馬車の中で仮眠を取っていた。カカラはお姫さんたちが彼らを起こしに来ないように見張っていた。
「起きたのかい?」
「ああ。リューはまだ寝ている」
明け方に魔物の襲撃があったらしい。勇者だけで倒せたがそれでも魔物の相手は疲れる。ゆっくりと休ませてあげたい。魔物よりもっと疲れるお姫さんの相手は疲れていてもいなくても勇者にさせたいとは微塵も思わない。
「水が飲みたいが行かない方が良さそうだな」
水瓶の側にお姫さんたちがいる。タスクが起きたことを知ったら、嬉々として勇者を起こしに行くかもしれない。
「これ。温いかもしれないけど」
カカラは腰にぶら下げていた水袋を渡した。水瓶は神官たちが管理している。あんな所に取りに行くのが嫌でカカラは常備するようにしていた。
「ありがとう」
隣で喉を潤す音を聞きながら、カカラはふと思った。
「なんでティラヒト国に聖女が生まれなかったんだろうね」
しみじみと呟いてしまう。政権争いで荒れた時期もあったが、今の国王は人格者だと聞いている。あんなお姫さんが育つ可能性は低いだろう。
「確かに、な。我が国ならあんなんには育てないな」
タスクの言葉になんでだろうねーとカカラは思う。なんでクスタリアを神は選んだのか。
「リューもさー、心配せずに嫁を預けられただろうに」
あの国より安心して旅立てたはずだ。きっと腹の子が亡くなることもなかっただろう。
「ああ、責任持って保護しただろうな。聖女との云々は騒ぐ奴はいるだろうが、まずは勇者の、いや本人たちの気持ちを尊重したと思う」
その答えを聞いて、カカラは尚更何で? と思う。
あの国の信仰が格段強いわけでもない。どちらかというと選民意識が高く俗物が多い。つまり権力を持っている者が威張り腐っている国。うん、あの国の偉いさんのほとんどが腐ってる。腐食臭がする者だらけ、あのお姫さんを見ていたらそうだと分かる。
「あんたの国は期待してたんだけどねー」
カカラはよくある話題をしたつもりだった。一時期、世界中の何処もかしこもその話題で持ちきりだった。
「勇者の子孫が次期国王になるって」
だから、タスクの驚きには余計びっくりした。その話題の中心の国にいたはずなのに。
「カ、カラ…? 何て言った?」
ガシッと腕を掴まれて焦ったように聞かれる。
「えっ?」
「カカラ!」
必死になって聞いてくる姿に鬼気迫るものを感じ怯みそうになる。どうにか覚えていることを口にする。
「え? あ……、殺された先王妃? 先々王妃になるのかい? 勇者ルクセイドの子孫だって話があったじゃないか」
今の国王はその王妃の夫であった国王の妹の息子だ。だから、残念なことに王家の血筋だけど勇者の血を引いていない。
「勇者ルクセイド……の子孫……」
ほんとにタスクは何も知らなかったように驚いている。あの時、本当に勇者の子孫なのか? と世界中大騒ぎだったのに。
タスクの手の力が弱まったから、振り払って少し距離を取る。掴まれた場所を見ると赤くなっていた。何してくれるんだよ。手の跡がついているじゃないか。
「神殿が認めなかったからウソとされているけどね」
カカラは肩を竦めた。けど、カカラは本当だったんじゃないか、と思っている。ほんとに勇者ルクセイドの子孫だったんじゃないか。本当だったから、あの国王一家は陥れられ殺されたんじゃないか、と。ただの勘だけど。
勇者の子孫云々を抜きにしてもその国王一家は善政を敷き、民から慕われていたらしい。
だから因果応報なんだろう、国王一家殺して好き勝手していた奴らは数年後に義勇軍を率いた王妹の息子にその座を奪還されている。
そういえば……、勇者が見つかった時に全く出なかった話がある。それまでは消息不明な末王子や川で死んだとされる王太子の子供が勇者になるんじゃないか、と噂されていたのに。
「……覚えてない。これを消されていたのか!」
消されていた? 記憶を? えらく物騒なことを言うね。人の記憶をどうにかするなんて神の領域だよ。
「……、カカラ、本当に記憶が抜けているんだ。酷いときは口にしようとしたことがスッと消えてしまう」
タスクが嘘を言っている感じはしない。じゃあ、本当に覚えていないということかい?
「ヨータク爺も勇者の思い人に身重な者がいたことを覚えていても、どの勇者の思い人だったのか、生んだ赤子がどうなったのか覚えていなかった」
あのダンジョンの生字引だったヨータク爺が?
そのことにカカラは驚いた。そして、何故自分が覚えているか思い至った。
「今も記憶を抜かれている。勇者ルクセイドの何を聞いたのか、もう思い出せない」
片手で頭を押さえたタスクの悲痛な声。けれど、それが本当だとはカカラは思いたくなかった。そんな人の記憶が簡単に抜け落ちるなんて。
試しに呟いてみる。
「……、勇者の子孫……」
タスクがパッと顔を上げ、それだ。と呟いた。
「王妃様が……、駄目だ。何を言おうとしたのか分からない」
本当に記憶を奪う何かがあるようだ。カカラは周りを見回すが魔物の気配はない。じゃあ、何で? 何が原因で?
「………、″忘れな草″」
「″忘れな草″? お前、食べたのか?」
驚いたタスクの言葉にカカラは頷いた。
ダンジョンで仲間とはぐれ、それにより食料も無くしてしまった。デッカと食べられる草を食べて飢えを凌ぎダンジョンから脱出した。その時、一番害が小さく食べられる物が″忘れな草″だった。″忘れな草″を食べると記憶力が良くなり何事も忘れにくくなると言われている。学者ぐらいからしか需要がなく、ダンジョンでは人気がない植物だ。
カカラは記憶力が格段良くなった感じはしなかった。一度に覚えられる量は変わっていない。ただ忘れていたことを思い出して忘れなくなってしまった。忘れたい過去は誰にでもある。カカラにだって覚えていることが辛い過去がある。忘れたいことを忘れる″忘れ草″もあるけれど、この二種類の草を食べた者のいい話を聞かないから挑戦はしていない。
「″忘れな草″、今も持っているか?」
カカラは荷物の中身を思い浮かべた。何でも突っ込んである″ふくろ草″の中にまだ残っているかもしれない。
「探してみるよ」
頼む。と言ったタスクはどこかホッとした感じがあった。カカラを記録係にしたいとか?
「カカラ、後で見せたい物がある」
タスクの重い言葉にゾクリと寒気がした。それを見たら完全に戻れなくなる感じがした。
けど、ねっとりとした何かが纏わり憑こうとしている感じがする。見えないけれどとっても質が悪いとんでもない物が。
「退屈させないなら付き合ってやるよ」
毒を食らわば皿まで、なんだろうねぇ。願わくばデッカだけは逃がしたい。甘いかもしれないけどね。
お読みいただき、ありがとうございます。
ダンジョンにだけ生息する草
忘れな草 (わすれなくさ)
食べると物事を忘れなくなる草
忘れ草 (わすれそう)
忘れたいことを思って食べるとそのことを忘れる
ふくろ草・ふくろ花 (ふくろくさ・ふくろばな)
雌花の実になる部分(直径約20センチくらいの楕円形)に大きさの約20倍の量の物が収納出来る ただし口(約30センチくらいまで伸びる)から入れられる物しか収納出来ない 受粉していない雌花しか袋として使用できないため希少な物(マジックバックのような物)
※忘れな草と忘れ草、両方食べた者は記憶障害になり症状が酷い者は生活が出来なくなる
誤字脱字報告、ありがとうございます




