冒険者たち12
ミクラは降りてくる鳥を見ていた。師匠であるタスクが連絡用に使っている鳥だ。翼だけに黒い二本の線に見える羽があり、ある国にしか生息しない珍しい鳥だった。
「ミクラ、逃げるな」
ミクラは鳥が迫って来て上げていた左腕を下ろし後退ってしまった。タスクに逃げるなと言われても猛禽類と聞いている鳥、顔を、いや目をつつかれそうで怖い。鳥を倒せと言われた方がずっとかやりやすい。ミクラはガックリと肩を落としてリューと交代する。
ミクラと交代したリューはリューで鳥が近くを飛ぶだけで上げている左腕に止まろうとしない。
「リューはまだ警戒されているな」
タスクのため息が聞こえた。極貧の村で育ったリューは獲物を捕まえた時だけ肉が食べられたらしい。だから、一番最初の時に条件反射で鳥を捕まえ首を絞めようとしたため、鳥に警戒されてしまった。しゅんとしてリューがミクラの隣に並ぶ。タスクの腕に止まった鳥に二人で餌をやり慣れるように言われていた。ミクラは鳥に、リューは鳥が慣れるように。
「リュー、今日の分だ」
タスクから紙を受け取りリューが嬉しそうに読んでいる。その表情を見てミクラも嬉しいが不安に思うこともある。それは口にしないが。
「ここにいらっしゃいましたか、リュー様。クスタリアから連絡があり、妻と名乗っていた不届き者が城から姿を消したそうです」
丁寧な言葉でありもしないことを言ってきたのは、護衛騎士を率いている隊長のネルサンだ。口を出したいけど、選民意識の高いネルサンに平民のミクラが何か言うと話が余計長くなるから止めておく。
「不届き者?」
リューの雰囲気が変わる。ネルサンは神妙な顔をしながらも何処か嬉しそうに言葉を続けている。
タスクを見るが首を左右に振っている。そんな連絡はこっちには来ていないようた。
「城を出発して一年以上経ちました。人の心は移ろいやすく変わりやすいとはいえ、勇者様の妻を名乗っていた者が男と逃げるなど………」
「騎士や神官の言葉は信じない」
調子よく話していたネルサンの言葉をリューが怒気を含んだ声で遮った。当たり前だ、そんな話、リューに聞かせたくないし、ミクラも聞きたくない。
「なっ! 私が嘘を吐いているとでも」
「ああ、クスタリアは騎士団長から嘘吐きだから」
冷たすぎるリューの声にミクラは腕を擦る。要らぬことを言わなきゃいいのにとネルサンに呆れた視線を向ける。
「ヒューベット団長を嘘吐きだと!」
「なら、王都直前に魔物に襲われた事は? 騎士団長自ら精鋭を付けると言っていたのに馬車はどうなった?」
あん時、あんたもいたよな。
そう言われてネルサンがグッと押し黙っている。何があったのかはミクラも聞いている。クスタリアの騎士は信用出来ないと本気で思った。まあ、命懸けでヒナを助けてくれた騎士もいたから全員が悪いというわけではないんだけど。
「あ、あれは………」
「どっちにしろ、騎士団の言うことは信用しない。この旅でも信用出来ることしてないじゃないか」
ミクラはうんうんと頷いて、ネルサンに睨まれたため視線を逸らした。あの手この手で騎士たちもリューを聖女とくっつけようとしている。冒険者たちが見ていても呆れる態度で。
「一年…、最初聞いた話だともうそろそろ魔王の城に着くはずなんだけど? あの豪華なだけの馬車でも十分着くって言ってたよね」
ネルサンが視線を泳がせている。道のりは半分以上来た。けれど、ここからは魔物も手強くなり本当に進みにくくなる。
「そ、それは………」
「まあいいよ。ところで出発はいつ? もう馬も十分休んだと思うけど」
昼食のために止まってから随分時間が経っている。本当ならもう出発していてもおかしくない時間だった。
「ああ、それでマリア殿下が食後のお茶をご一緒にと」
またか。と思ってミクラはため息を吐いた。聖女はゆっくりと特別な昼食を取る。その間にリューや冒険者たちは昼飯を済ませ出発の準備まで終えている。聖女がやっと昼食が終わって食後の休憩が済んでからお茶だ。いつまで王城の生活を続けさせる気なんだろう? それに野営か嫌だといいながら、予定より三日も四日も野営が延びるのは聖女のせいなのに。
「そんなことする暇があったら、さっさと進みたいんだけど」
「マリア殿下は魔王を倒すためにリュー様と親交を深めようとされていらっしゃいます」
ネルサンがそう言いたいのも分かる。リューと聖女の関係は最悪だから。聖女はリューに仲間とも思われていない。剣士は辛うじて、かな?
「賢者は参加する?」
「け、賢者、さ、まは………」
ネルサンが言い淀んだ。聖女が賢者をお茶に招くことはない。嫌悪感露に睨むことはあっても仲間として声をかけることもしない。
ミクラは本当にこのメンバーで魔王が倒せるのか不安になる。魔王の部屋には勇者と聖女、剣士、賢者の四人しか入れないのにこれだけ仲が悪くて大丈夫なのかと。
ある町で一度四人集まるようにしたことがあった。神官たちも仲の悪さに危機感を持ったということだったけど、結局勇者と聖女を一緒にいさせるための口実だった。必要以上にリューに近付き座ろうとする聖女、それを避けるリュー。どうにか席に着いたかと思いきや、賢者が見える場所は嫌と聖女が言い出し、見えない場所、聖女の隣は絶対嫌だと騒いだ。神官たちは嬉々として賢者を追い出そうとして……。結果として神官たちが必死に止めても賢者もいなければ意味がないとリューも賢者と一緒に部屋を出たのでおじゃんとなった。聖女は何しているんだ、と思う。聖女を嫌っていてもリューは同じ部屋にいようとしたのに。
その時から、ミクラが気になっているのは賢者だ。退出した賢者の近くにいたミクラには聞こえた。『今世の聖女もダメなようだな』と小さな声で賢者が言ったことを。その言葉の意味を賢者に聞きたいけど中々聞けないでいた。
鳥を空に放ってタスクが大袈裟に息を吐いている。ネルサンの注意をリューからタスクに向けるためだ。
「進まないと予定している野営地に着かない」
ネルサンもSランク冒険者であるタスクには一目置いている。いや、タスクが捨てたはずの爵位が母国に残っていたからかもしれない。けど聞こえるほどの舌打ちをしてネルサンは戻っていった。
「一年、か………」
リューは飛び立って行く鳥を見つめてぽつりと呟いた。一年は短いようで長い。待つ身だと尚更だろう。
「リューさん、気にしない」
在り来たりな言葉しか口に出来ない自分が嫌になる。もっと気の利いた言葉を言えたらいいんだろうけど。
「船乗りの人がよく言っていたんだ」
リューは港で荷運びの仕事をしていた。知り合いの船乗りは何人もいるだろう。
「たった十日、船に乗って帰ったら奥さんがいなかったり、三年間しっかり家を守っていた奥さんもいたり」
ミクラはリューが何を言いたいのか分からなかった。けど、嫌な感じがする。
「話はしてあるんだ。もし俺より幸せにしてくれる人と出会えたら手を取って、て」
「リューさん!」
ミクラは叫んだ。そんな弱気なことを聞きたくない。けど、ミクラが不安に思っていたことの一つは″それ″だった。
「王都に行くまでも散々言われたんだ。俺と一緒になっていたばかりに悪女と罵られて……」
それはクスタリアの王城にいる間に散々聞いた。
勇者を惑わさす悪女、詐欺師、阿婆擦れ、ヒナを知っているから余計違い過ぎる話に耳を疑った。
「愛想を尽かされても仕方ないと思う。けど、別れるなんて絶対に考えられなかった」
「当たり前だよ、好きで一緒になったんだから」
リューはうん。と小さく頷いた。
「一緒にいたい。俺にはヒナしかいないから。けど、ダメかもしれない。ちゃんと守れていないから」
ミクラはなんて声をかけたらいいか分からない。タスクからヒナは生きていくだけの生活が保証されているだけ、と聞いている。もしかしたら、食事も死なない程度しか貰えてないかもしれない。そんな環境でリューよりいい男に出会える可能性も低いような気がする。だから、もう一つの可能性の方が……、高いと思う。
「だから、違う人の手を取っていても生きて帰れたらお別れだけはちゃんとしてほしい、てお願いしてあるんだ」
寂しそうに言うリューにミクラは何も言えなかった。この旅は確実に帰れるとは限らない。ミクラはこの旅から逃げ出すことが出来るけど、リューは魔王を必ず倒さなければいけない。
「そう簡単に諦められるのか?」
タスクの問いにリューは金色の瞳に強い輝きが籠る。金色の瞳は綺麗だけど冷たい感じがして、ミクラは前の琥珀色の瞳の方が好きだった。
「ヒナが本当に幸せにしていたら諦める。していなかったら、取り返す。俺がヒナをもう一度幸せにする」
なら、大丈夫。リューほどヒナを大切に思っている人はいないと思うから。
「じゃあ、早く魔王を倒さないとね」
ミクラの言葉にリューが力強く頷く。リューならきっと魔王を倒してくれる。ヒナと再び幸せになるために。ミクラはそう思いたかった。
もし………
ネルサンがリューに嘘を吹き込もうとしたように誰かがクスタリアにいるヒナにリューと聖女が恋仲になったと嘘を言っていたら……。辛い立場に追いやられているヒナはリューをどう思うだろう。
恨んでないといい。こんなにもリューが思っているのだからその思いが通じていてほしい。
ミクラはクスタリアの方向を見てそう願った。
お読みいただき、ありがとうございます。
4月になりました。相変わらずコロナは全国で万を超えたままです。皆様、ご自愛ください。




