冒険者たち11
「また外なの!」
キィキィ煩い声がする。
デッカは野営の準備のため、幌馬車から飛び降りた。
クスタリア国の城を出てから、一年以上経った。相変わらず旅足は遅い。その原因がまた騒いでいた。
デッカはそっちを見ないようにする。見ると睨んでしまうから。
ヨータク爺がいなくなったのも聖女のせい。聖女が休憩したいと言い出さなかったらあんなことにはならなかった。安全が確認されるまで馬車から降りてはいけないと言われていたのに乗り続けて疲れたと勝手に降りてきた。魔物に襲撃されて、匂いが嫌いだからと魔物避けを持たない聖女に自分のを押し付けて、ヨータク爺は聖女の代わりに魔物を引き付け逃げる時間を稼いだ。勇者が助けようと駆け付けたけど、それも聖女が邪魔をした。馬車に乗らず、勇者に怖いと縋りつこうとして行く手を阻んだ。勇者に一緒に馬車に乗って守ってほしいと懇願していた。勇者が聖女を振り切って辿り着いた時は、ヨータク爺の姿は魔物に埋もれていて、デッカたちはその場から早く離れることしか出来なかった。
悔しい。なんでヨータク爺があんな女のために。
ヨータク爺がいなくなって数ヶ月。それでも聖女に対しての憎しみは薄れるどころか膨らんでいく。
「今日こそはゆっくり浸かれるほどの湯を用意していただきます」
聖女の侍女の声が聞こえた。
凛としてキツイ口調で言うのはいいけれど、今から鍋は夕飯で使う。湯を沸かせるのは夕飯が終わってから。けど、その頃には日が暮れて水を汲みにや薪を集めに行けなくなる。それまでに汲んできた水や集めた薪を使ってしまうと明日の朝御飯が作れなくなる。湯船に溢れるくらいのお湯は無理だといつになったら分かるのだろう?
だからといって夕飯を作る前に湯を沸かすのはお断りだ。一度だけしたことがあるがみんなうんざりしてしまった。温いだの熱いだの言われるまま神官たちが水を使い夕飯はもちろん朝食用の薪までも無くなってしまった。魔物の襲撃もないのに冷たい食事は二度とごめんだ。
「デッカ、水浴びに行くよ」
師匠のカカラが布と桶を持ってデッカを呼びに来た。デッカは眉を寄せてしまう。この前の水浴びで男たちに覗かれそうになった。またそんな目に遇いたくない。
「安心しな。今日の見張りはリューとタスクとミクラ」
デッカはホッとした。勇者がいるなら安心だ。魔物に対しても覗かれることも心配もしなくていい。
カカラから桶を渡されて、同じように桶(勇者は樽)を持っている三人と川に向かった。
「じゃあ、見張り頼むね」
カカラと周りの木に布を引っ掛け川で簡単に水を浴びる。これだけでさっぱりする。ここしばらく濡れた布で体を拭いただけだった。野営だから仕方がない。お湯を沸かすのも一苦労なのだから。
交代で水浴びをして桶に汲めるだけの水を組んで野営地に戻る。神官たちは勇者に水汲みなんかさせるな! と言ってくるけど、勇者は無視して出来ることは進んで動いてくれる。港で荷運びをしていたから、水が入った樽も二つ軽々持って運んでくれる。これで一回分、水を汲みに行くのが減った。どこかの誰かさんのように文句だけ言って安全な場所にいる人と大違いだ。
「リューさん、重くない?」
「軽いよ。港ではこれより大きな樽を運んでいたから」
その言葉が信じられない。ヒョロヒョロじゃないけれど、筋肉隆々には見えないのに。何処にそんな力があるんだろう。
「あんたらは軟弱だね」
片手に桶を一つずつ持っているタスクやミクラにカカラが笑って声をかけている。
「剣より重い物を持ったことがなかったからな」
「師匠に同じく、です」
タスクもミクラも苦笑して答えている。剣より重いダンジョンの勝利品を何度も手にしてるけれど、たっぷり水の入った桶を運ぶのとは気持ちが違う。この水が何に使われるのか考えると余計に。
ヒュー
鳥が舞い降りてきた。全体的に茶色の鳥なのに翼に二本線に見える黒い羽が生えている。ティラヒト国だけに生息する鳥らしい。
タスクが桶を地面に置いて左腕を上げた。鳥がゆっくりとその腕に止まる。タスクはその足にくくりつけられた紙を器用に解き、胸元から折り畳んだ紙を慣れた手付きで取り付けている。
「タスクさん!」
勇者も樽を地面に置いて、タスクが持つ紙を凝視している。タスクが左腕を動かすとゆっくり鳥は空に向かって飛んで行く。
「リュー、こっちがお前にだ」
タスクは紙を伸ばして一枚を勇者に渡していた。
「リューさん、ヒナさんはどう?」
ミクラが心配そうに聞いている。
「庭を散歩していた、て。三日前には法王が鏡で話をした、て」
嬉しそうな勇者の声にこっちまで嬉しくなる。勇者の妻が元気になって良かった。ほんとにそう思う。だから、早く会わせてあげたい。二人とも会いたいと思うから。胸がほんのちょっと痛いけど、それは無視しておく。デッカにはまだ好きな人がいないから寂しいだけだと思って。
ふと、タスクを見るとカカラと厳しい顔をしていた。あっちには何が書いてあったんだろう?
「もう一回、水汲みがあるんだ、頑張って運ぶよ」
デッカの視線に気が付いたカカラが二カッと笑って、仕事、仕事と明るく連呼する。
勇者は大事そうに紙を胸元に仕舞って樽を担ぎ上げていた。その姿にやっぱり胸が少し痛い。
「師匠、ヨータク爺は?」
デッカはこっそりカカラに近付いて聞いた。さっきの紙にヨータク爺のことは書いてあったのだろうか? 書いてあるなら、何て? 無事だった? 死体が見つかった? 無事でいてほしいけど、あの状態で生きていたと聞いたら疑ってしまう。人形の魔物を見てしまったから、魔物の仲間だったのではないか、と。
「爺さんのことは書いてなかったよ」
ホッとした。誰からかは知らないけど毎日届く連絡から、あの場所から血痕は見つかったけど死体は見つかっていないと教えてもらった。みんなヨータク爺は死んだと思っている。デッカは死体が見つかってないから、生きていると信じていたい。
「この先の町が一つ廃墟になっているらしい。やっぱりどんどん厳しくなるねぇ」
カカラの言葉に気が重くなる。魔王の城に近づくにつれ、魔物も強くなってきた。負傷者も増え、戦えなくなった者は立ち寄った町に置いていく。ヨータク爺を含めてもう何人も討伐隊からいなくなっている。魔物は強くなっていくのに人数は減っていく。そのことにデッカはブルリと体を震わせた。
自分はいつまでこの隊にいられるだろう?
「デッカさん、大丈夫?」
体を震わせたことに勇者が気付いて声をかけてくれる。デッカは自分を奮い立たせた。優しい勇者を妻の元に返すのだともう一度強く誓う。
あんな聖女を勇者の隣に並ばせはしない。
デッカは知らなかった。タスクとミクラ、カカラが集まって話していたことを。
「怪我でヤワカに残ったチサハが死んだらしい」
ヤワカは直前に寄った町だ。足を骨折したチサハを宿に残してきた。
「死ぬような怪我じゃあなかっただろ?」
カカラが目を見開いて、それでも声を潜めて聞き返している。
「これで何人目ですか?」
ミクラはミクラで眉を寄せて険しい顔をしていた。
「全員だ。居場所が知られないように。となっているが難しいな」
「討伐隊の者なら(誰が抜けるか)分かっているからねぇ」
「何故、そんなことを?」
「分からない。だが、邪魔なんだろう。殺さなければいけないほど」
「最後まで気が抜けないねぇ」
「ああ、戻ってダンジョンに潜るまではな」
「敵は魔物だけで十分なのに」
ミクラは天を仰いだ。
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