冒険者たち10
「……冒険者たちはいつも勇者の味方だったのか?」
その答えは分かりきっていた。今もそうなのだ、過去の冒険者たちもきっと同じ気持ちになっただろう。
「そうじゃ。どの勇者の時もあんな本が配られておってな、いつの時も冒険者は他国の者がほとんどじゃった。魔王さえ倒されたら、勇者が誰とくっつこうが関係ない者たちじゃ。むしろ旅のお荷物となっている聖女なんかと結ばれてほしくないと思っても仕方ないじゃろ」
その言葉には大いに同意出来る、出来るがそれで殺されるとなれば話は別だ。
「法王はもちろん知っていたんだろな」
ふつふつと怒りが湧いてくる。
「知っていて冒険者たちを集めたのか!」
だが、ヨータク爺は冷めた目でタスクを見て、そうじゃ。と言っただけだった。
「それがどうした? このことを知っていたとして、タスクよ、お主は命が惜しいとこの旅には参加せんだか?」
タスクの脳裡にリューが浮かび上がった。聖女にしつこく付き纏われ、顔を見れば神官や騎士たちに聖女の隣にいるよう言われ顔を歪ませているリューの姿が。
タスクたち冒険者がいなければ、リューはどうなっていた? 賢者が側にいても今よりもずっと辛い旅となっていただろう。
「お主は知っていたとしてもこの旅に参加しておった。あの勇者を見捨てられぬからの」
その通りだった。最初から知っていたとしてもリューを守るために旅に参加していた。そうならないように気を付けるようにして。
「で、お主が参加したら他の冒険者たちも参加する。お主の影響力は大きい」
確かにタスクが参加したら、その話はデマだと思い他の冒険者たちも集まるだろう。Sのランクは伊達ではない。
「それに誰が信じる? 旅中、聖女の邪魔をしたら殺される、と? ヨークハサラの情報だと言っても信じる者は皆無だ」
偽情報でヨークハサラの名を騙る者も多い。タスクもこの場で聞いたから信じられるのであって、この旅の最初に聞いていても信じたかどうか。いや、信じなかった。神官もいる旅でそんなことが起きるはずがないと。だが、この旅に参加して、聖女を妄信的に敬愛している神官たちに接してあり得ると思えた。お姫さんがリューに拒絶される度に勇者を唆していると冒険者を忌々しく睨み付ける神官たちの狂気の籠った視線に。
ヨータク爺は大きく息を吐いた。
「それにのう、ちゃんと説明して納得させたとしても忘れておるじゃろう、不可思議な力が働いて」
タスクは手をきつく握りこんだ。忌ま忌ましいその力のせいで貴重な情報を忘れてしまう。今こうして聞いたこともいつまで覚えていれるか。
「それにクレイサ様が、あの方が何もしてないと思うのか?」
グッと息を飲む。あの男は公然とリューの妻の存在を認めていた。そして、リューの妻に害意を持つ神官たちを諌めていた。
そして、マニカの町の若い神官たち、聖女ではなくリューを助けようとした者たち。神殿を中から変えようとしている。
「あの方は色々しておる。だが、あの方の代では神殿は変わらぬ。聖女至上主義が広く深く根付いておるからな。あの方が命じ無理やり押さえつけても更なる歪みを生むだけじゃ。急な改革では根っこから枯らすことは出来ぬ。クレイサ様が出来たのは次代のために新しい種を撒きその芽を枯らさぬことじゃ」
法王であるあの男がいくらリューの妻を認めても他の神官たちは認めようとしない。リューの、勇者の妻は聖女だけだと信じ込んでいる。
「あのお姫さんもの、今までの聖女と同じにならんようクレイサ様は色々手を尽くしておった。クレイサ様が直接指導すると国に手紙を送ったが愛娘を手放すのはと返され、ならば騎士団の遠征に参加させるよう指示を出したが危ないからとさせず、クスタリアの神殿と王族がことごとく邪魔しよった」
法王が長きの間、証を持つ聖女を認めなかったのは魔王復活を汚い手を使ってその座に着いたと知らしめたくなかったから。
巷ではそう言われ、タスクもいやほとんどの者がそれを信じていた。
「聖女として中々認めなかったのは?」
「クレイサ様が出した課題を一つも聖女にさせなかったからじゃ。じゃから、ワシらは今苦労させられておるじゃろう」
確かに。この旅までに騎士団の遠征に同行し野営を体験していたら口を開けば出てくる文句は少し減っていただろう。
「旅に同行する神官たちも同じじゃ。何度も旅の目的は魔王討伐だとクレイサ様に言われておるはずじゃのにあの態度じゃ」
ひたすら聖女の機嫌を取り、リューとの仲を取り持とうとする神官たち。魔王の城に着くまでに少しでもリューと聖女の仲を進展させようと躍起になっている。
タスクは今まで持っていた法王のイメージと違うことに戸惑いを隠せないがヨータク爺の言葉はもっともであり受け入れるしかなかった。
「ヨータク爺、クスタリアや神官たちは何故あんなに勇者と聖女をくっつけようとする?」
「さあのう、勇者と聖女がいた国に魔王が復活しておる。神官たちは二人に子が生まれたら、魔王が復活しないと信じているそうじゃ」
それなら納得出来る。魔王を復活させないように無理やりでも二人を結びつけようとするのは。そして、クスタリアの王族も魔王復活の地とさせないためにそれを望むだろう。
なら、リューはお姫さんと婚姻しなければならないのか? 妻を棄ててあのお姫さんと? リューが幸せでない未来しか思い浮かばない。
「クレイサ様はそれはおかしな話だと言っておる。勇者だけが犠牲を払うのはおかしい、とな。ワシもそう思う」
「どうしてだ?」
勇者と聖女の子供が魔王の復活を阻止する。あり得る話だ。
「魔王を倒したあとの勇者がどうして聖女を選んだのかは分からん。じゃが、どの勇者も思い人のために命懸けで魔王を討ったんじゃ。じゃのにそれを成したら隣に立っているのは聖女じゃ。なら、勇者は何のために魔王を倒したんじゃ? 魔王を倒す意味が無いじゃろ」
もしリューがこのことを知ったら?
ゾクリとした。リューは旅を止めてしまう。魔王を倒しても妻と一緒になれないと分かったらこの場から姿を消し妻と逃げることを選ぶ。
だが、妻はクスタリアの城にいる。リューに魔王を倒させるための人質として。リューが知ったとしても妻の命を守るために魔王を倒しに行かなければならない。今までの勇者もそうだったのだろうか? 思い人を人質に取られて?
「じゃから、解せんのじゃ。勇者が聖女を選ぶ理由を。じゃがの、勇者が聖女を選んだから魔王が復活するともいえるんじゃ」
では、神官たちは魔王復活を阻止しているつもりが手助けしているということか?
「魔王は倒すとなっておるが勇者たちに魔王は封印される。そう考えると、倒した意味が無くなったために封印が弱まり力を回復した魔王が復活する。と説明がつくんじゃ。じゃが何故勇者と聖女が住む国に復活するんかが分からんのじゃ。普通なら封印した場所で復活するじゃろ」
帰還した勇者の情報がないからの、推測しか出来んのじゃ。
ヨータク爺は何度目かの重い息を吐いた。
「さて、今日はここまでかの。明日もあるからの」
確かに夜も更けてきた。明日は朝早くから出発する予定だ。お姫さんの準備が出来ていたら。
よっこらせ。とヨータク爺は樽から降りると腰をトントン叩いていた。座りっぱなしで痛くなったようだ。
「ああ、これは言っておかねばならんな」
なんだ?
「魔王の部屋は入ることは出来ても出ることは出来ぬらしい。魔王を倒してもな。賢者の魔法で出発した国に戻るらしい」
「つまり置いていかれるということか?」
「そうじゃ。勇者が魔王を倒すと魔物も現れぬ。用済みと見なされたのもあるじゃろうな」
だからといって殺されるわけにはいかない。
「ワシらがすることは生き残ることじゃ。生き残って勇者とその妻を守る。それが魔王を復活させないために必要なことだとクレイサ様は考えておる」
タスクには何が正解かは分からない。だが、リューの幸せは妻と一緒にいることだと思う。なら、そうなるように助けてやりたい。
「これだけ話してもの、すぐに忘れるかもしれん」
並んでゆっくりと宿に向かって歩き出した。
ヨータク爺の言う通りだ。今は覚えているがいつ記憶から抜け落ちているか分からない。
「じゃがの、忘れたと思っておっても忘れておらんのじゃ。強い思いは完全には消せぬ。思いはそういうもんなんじゃ」
タスクにそう言ったヨータク爺は半年後、仲間を逃がすため魔物の中に残り討伐隊から姿を消した。
タスクはヨータク爺に重要なことを聞いた覚えがあるのにそれが何かを思い出せなかった。
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