冒険者たち9
遅くなりました。
「でな、ワシはその時にちゃんと答えておる。包み隠さずな」
タスクは目を見開いてヨータク爺を見た。まただ、覚えていないと指摘されたのは。
一度目は勇者の御披露目と顔合わせのパーティーで法王に、そして今回。そして、鏡の間での出来事、聞こうとしたことがスルリと抜け落ちてしまった。
「ほれ、もう一度言ってやろう。ワシはクレイサ様の草じゃ。」
「法王の草……」
なら、余計忘れるはずがない。あの法王の手の者だったのなら。なのに忘れている。
「いいや、法王ではない、クレイサ様のじゃ。それを間違えるんじゃない」
この訂正も二度目だ。と言われた。それもまったく覚えていない。どうしてだ?
それにクレイサと法王は同一人物だ。違うと言われても結局は同一人物ではないか。
「もともとワシはヨークハサラ家のダンジョンを調べる草の一族じゃった。クレイサ様の父親がな、ダンジョンに興味がなくワシらは処分されることになってのう。まだ幼かったクレイサ様が捨てるのなら欲しいと言われての、そのままクレイサ様の専属の草をしておる」
だから、法王でなくクレイサの草だと言い切るのか。
「での、前にお主に言ったことじゃか、ワシももう話せんようじゃ。頭の中には朧気に残っておるのじゃが。クレイサ様の懸念は当たってしまったようじゃのう」
カッカッカっとヨータク爺は笑って言うが、タスクとしては笑い事ではない。たぶん重要なことを不可思議な力で記憶から消されている。そしてこの事実にどう対処したらいいのか検討もつかない。
「懸念? あいつは何を知っていて、何をしようとしているんだ?」
ヨータク爺は首を横にゆっくりと振った。
「さあのう。聞いたかもしれんが、覚えておらん。お主と一緒で記憶を消されたのか元々聞いておらぬのか。だが、分かっておるのはクレイサ様は不可思議な力の存在に気付き一人で戦っておる」
まあ、ワシの場合は歳のせいかもしれんがのう。とヨータク爺はまた軽快に笑う。
タスクは眉を寄せた。人の記憶を消せるような力と戦えたのは法王だからなのか、あの男だからなのか。だが、それも難しくなっているようだ。
『いつまで私でいられるか』
吐かれた弱音は法王の限界が来ているのか、その力が強大になってしまったのか。タスクにはそれが後者のように思えた。
「話せることを話そうかのう。すぐに忘れてしまうかもしれんが」
ヨータク爺は髭の生えていない顎に手をやりながらゆっくりと口を開いた。
「ワシらは魔王の城で殺される」
「なっ!」
ヨータク爺の口から出た言葉は信じられないものだった。
「ほう、これが話せるとは思わんかったのう」
言った本人も驚いて目を見開いているが、いい機会じゃ。と頷いている。
「何故……?」
「そう言うのも無理ないの。今までもそうじゃったからじゃ。旅で勇者の味方をした者は全員殺されている」
それはどういう意味だ? 勇者の味方? 魔王討伐に参加した者は全員勇者の味方のはずだ。
ヨータク爺は違うと言いたげに首を振りゆっくりと口を開いた。
「ヨークハサラはな、その名を知られる前から、魔王討伐隊に紛れ込み情報を集めておったんじゃ。
最古のものはワシの名前の元となった八代目勇者ヨータじゃったかな? まあ、十代目まではごく簡単に書いてあるだけじゃったらしい。十一代目のルクセイドからは詳しく記録されておるが、どの時も勇者たちが魔王の城に入ったとの報告が最後に曖昧になるんじゃ」
その文書は膨大で一部は隠語で書かれており、読み解くにも時間がかかった。とヨータク爺は言った。それを法王は全て一人で読んだらしい。
「曖昧?」
世界一の情報収集力を持つヨークハサラの記録文書に曖昧な記述がある? そんなバカな。
「そうじゃ。魔王討伐隊にいた者たちとの連絡が突然途絶え、おまけに勇者が帰還した国も探れなくなったらしい。今のクスタリアの王城のようにな」
タスクは眉を寄せた。それが何故自分たちが魔王の城で殺されることになるのかが分からない。ヨークハサラの手の者がどの勇者の時も死んでしまうのは偶然と片付けられないが、万に一つの確率であり得ないとは言い切れない。
「ヨークハサラの者はワシのように冒険者として魔王討伐に参加した者が多かった。騎士や神官の者もおったがその者たちからの連絡も途絶えた、となっておった。殺された、としか思えん」
だとしてもその理由は? 魔王の城まで行けば特別な報奨金が出ることになっているがそれを惜しんでか? いや、報奨金は騎士や神官は関係ない。
「まあ、きちんと記録が残っておることから話をしようかの」
そうだ、納得出来る説明が欲しい。
タスクは壁に軽く凭れ、ヨータク爺の表情の変化を見逃さないようじっと見つめた。嘘を吐いている感じはしない。
「まずな、神殿で話されておる聖女の話は全部出鱈目じゃ。まあ、七代目以前の聖女は知らぬがな」
今の聖女が神殿が話す聖女像とかけ離れているのは認める。
「清廉で慈悲深き聖女。ヨークハサラの文書に記述されておった聖女たちは今の聖女と大差なかった。まあ過去のことじゃからな、聖女至上主義の神殿じゃ、いくらでも改竄、いや、あやつらにはあれがそう見えとるかもしれぬのう」
歴代の聖女が今と同じようなら、勇者たちは?
「勇者はリューと同じ願いを……」
ヨータク爺はそうじゃ。とゆっくり頷いた。
「クスタリアで配られた本の冒頭は真実じゃ。どの勇者も勇者となる前から婚約者なり恋人なりの思い人がいての、魔王を倒した報奨としてその思い人と結ばれることを望んでおった。討伐の旅の間ずっとじゃ」
なら、国に帰還した後のことはどうなんだ? どの勇者も聖女と婚姻している。
「魔王を倒した後、どういう経緯で勇者が聖女を選んだのかは分からん。ヨークハサラの者が調べられなかったからな。勇者の国に出入りする旅人や商人、人伝のことしか分からんかったらしい」
「人質……」
思い人を人質に取られ? それが一番確率が高い。
ヨータク爺はまたもや首を横に振る。
「いや、勇者の思い人はほとんどが勇者が国に戻って一ヶ月以内に死んでおるんじゃ。非業とも言える死に方でな。それを勇者が知っておったのかも分からん」
どういうことだ? 思い人が人質ではなかった? 勇者の心変わり? そんなに簡単に心変わりするか?
「非業……とは?」
「一人は獄中で、一人は襲われ、一人は処刑、一人は毒で、一人は溺死、一人は身重で国を追われじゃったか? 彼女たちもどうしてそんな死に方をしたのかは分からんのじゃ。国を追われた者のことだけは詳細に残っておったんじゃが」
身重? その腹の子の父親は? それがすごく気にかかる。
「身重?」
「そうじゃ、誰じゃったか思い出せんが、身籠ったために国を追い出され出産で命を落とした勇者の思い人がおった。確かその赤子の子孫だという者が現れ父親のことで騒ぎになったと思うのじゃが……、思いだせん」
タスクもその話に何か思い出したような気がしたが形になる前に掻き消えてしまう。それが悔しくて口元が歪む。
「クレイサ様は魔王の部屋で勇者に何かあったのだろうと推測しておる。それが何か分からんかったが、ワシやお主の記憶が消えておるのを思うと、勇者の思い人の記憶を不可思議な力で消されたのかもしれんのう」
勇者に思い人の記憶がなく大切な者がいた覚えだけがあったとしたら? あの本にあった通り討伐の旅で苦難を乗り越え聖女と恋仲となったのだと勇者に言い聞かせていたとしたら?
……あり得るかもしれない。ではその嘘がばれないようにするには……。
お読みいただき、ありがとうございます。
ヨータク爺か中々曲者で話が進みませんでした。
誤字脱字報告、ありがとうございます。




