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金の瞳の勇者 ー勇者の呪い 連載版  作者: はるあき/東西
魔王討伐の旅
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冒険者たち8

 カカラは豪華な宿に来ていた。今日はカカラが請求書を神官に届ける当番だからだ。高圧的な神官の元に喜んで行きたがる者はいない。だから当番制で回していた。

 扉を開けて中に入ると不躾な視線がカカラに突き刺さる。がそんなもの、ダンジョンの邪眼を持つ生き物の目よりずっとかマシだ。この視線で死ぬことはない。


「ほい、今朝の請求書。で、出発はいつだい?」


 やけにニコニコとしている神官たちを取っ捕まえてカカラは声をかけた。


「あっ、冒険者か。恐らく数日いることになる」

「ああ、聖女様が新しいお召物をご所望だし時間もかかるだろう」


 その答えにうんざりする。また守る荷物が増えるのか、と。着ないドレスは売ってくれたらいいのに勇者が気に入っているかもしれないからと荷物として運ぶことになっている。なら、神官が荷物の守りをしてくれたらいいのにお姫さんを守るのが仕事だと、冒険者に回してくる。

 勇者はお姫さんのドレスなんて見てないって。この前なんて色さえも覚えてなかった。と心の中で叫ぶ。


「喜べ。今夜はお前たちもご馳走が食べられるかもしれないぞ」

「へー、それは楽しみだね。何の祝いだい?」


 ご馳走ねぇ。お姫さんの誕生日はまだまだのはずだ。勇者も違う。何か分からないが嫌な予感がする。


「それはな、あの女が危ないらしい」


 ニコニコと嬉しそうに話す神官の言葉をカカラは最初聞き間違いと思った。


「階段から落ちたらしく、子は流れ、母体も危ない状態らしい」


 誰のことだい? 子を失ったって? 死にそうになっているって?


「勇者様は神殿に行ってらっしゃるのだろ」

「……、ああ。法王様に会いに」


 クスタリア国で何かあったか聞くためにタスクと神殿に行っている。カカラが請求書を持って出た時にはまだ戻ってきていなかった。


「聖女様も今から神殿に行かれる」

「猊下に婚約をご報告されたり?」

「それはまだ早い。それに聖女様はお慰めしたいと仰っているのだし」

「ああ、慈悲深い聖女様だ。その聖女様に慰められたら、あの勇者様もきっと聖女様を受け入れられるだろう」


 嬉しそうに話される内容に怒鳴り付けたいのを我慢して、カカラは請求書を神官の手に押し付けると足早にその場を後にした。

 こんな所で騒ぎは起こしたくても起こせなかった。どれだけ頭にきていても。


 路地に入り、はぁと息を吐く。ちょっと落ち着いてからじゃないと幌馬車には戻れない。むしゃくしゃして暴れてしまいそうだ。


 ったく、あいつら頭に蛆でも湧いているんだろうね。神官のクセに人の不幸を喜ぶなんて。


 痛いと分かっていても壁を殴ってしまう。カカラは無意識に引き締まった腹に手を置いた。


 子が流れたって? 嬉しそうに話すことかい! どんな気持ちで勇者が子供を楽しみにしていたか。


 勇者はよく子供の話をした。生まれてくる子が楽しみだと。早く会いたいと。()()()()()

 勇者は分かっていたんだ。国では自分たちの子供が望まれていないことを。だから、覚悟もしていたと思う。けど、覚悟が出来てたって受け入れられないことはある。


 もう一度、壁を殴る。痛みが少しだけカカラの頭を冷やしてくれる。


 今回の魔王討伐は失敗するかもねぇ。


 なんとなくそう思う。そうなって仕舞えとも思ってしまう。あの二人が何をしたっていうんだい? たまたま旦那が勇者になってしまっただけじゃん。


 また壁を殴りたくなって思い止まった。手を痛めて戦えなくなったら困る。勇者が国に帰ると言ったら協力しなきゃいけない。あの勇者なら妻に寄り添いたいと思うだろう。そしてそうさせてやりたかった。勇者の妻もきっと側にいてほしいと思っている。その思いを叶えてやりたい。


 通りに出ようとして、カカラはすぐに路地に身を隠す。

 豪華に着飾ったお姫さんが嬉しそうに馬車に乗り込もうとしていた。ほんとに嬉しそうにしている。


 知ってるんだよね? 勇者の子供が死んだって、勇者の妻が死にそうだって。知っててそんなに嬉しそうに出来るんだい?


 カカラは怒りが収まらなくて少しぶらついてから戻った。まだ、勇者もタスクも戻ってきてなかった。

 幌馬車に入って知ったことを話す。反応はそれぞれだ。勇者が国に帰るのを邪魔しそうなヤツを見定める。デッカは止めるだろうが邪魔はしない。ヨータク爺は? 勇者よりの意見を言っているけどどうだろう?


「リューさん、クスタリアに戻るのかな?」

「そんなの許されないだろ」

「それに今から行っても間に合わない」

「だなー。魔物も出るし、一ヶ月以上かかるか?」

「ここまで三ヶ月かかってんのに戻るのは一ヶ月?」

「それは言っちゃあいけない」

「それになー、これ以上遅くなるのもなー」

「けど、側にいてやりたいだろうな」


 じっと聞いていく。誰が味方になりそうか。

 ヨータク爺と視線があった。ヨータク爺は小さく首を横に振った。ダメだというように。


「可哀想じゃが、勇者が戻ろうとしたら止めるんじゃ」


 まあそうならんじゃろうが。とヨータク爺は呟いた。


「なんで?」


 デッカが不思議そうに聞いている。

 勇者は妻に何かあったと感じてクスタリアに帰ると言っていた。なのに何故?


「勇者が戻ろうとしたら、戻ろうとする原因を無くそうとするヤツが出てくるじゃろう」


 カカラは冷水を浴びたように一気に熱が冷めたのを感じた。その可能性を忘れていた。勇者が戻る意味が無いように妻を殺してしまうことを。


「不憫じゃのう。勇者になったばかりに一番守りたい者を危険に晒しているんじゃ」


 幌馬車の中は静かになった。勇者なんだから、と言っていた者たちが俯いている。カカラもだ。勇者のことを考えると不憫なんて言葉では言い表せられない。



「何か出来ることある?」

「何も出来ぬ。そおうとしてやるのが一番じゃろ」


 外がざわついていた。勇者たちが戻ってきた?


「勇者リュー様はいらっしゃいませんか?」


 勇者を探す声がした。幌をめくると神官が数人馬車の中を覗きながら、勇者を探していた。


「出来るとしたら、煩い輩から守ってやることかのう」


 カカラの側を通り、ヒョイとヨータク爺は馬車を飛び降りた。


「勇者はおらぬ。何用じゃ?」

「聖女様がお呼びなのだ。勇者様は何処に?」

「さあ? 出掛けたっきり帰っておらぬ」

「まさかクスタリアへ」

「馬は? 勇者様の荷物や馬は?」


 神官たちは顔を見合わせて馬の数や荷物を確認して慌てて戻って行った。


「勇者はしばらく戻って来ぬほうがいいかものう」


 ヨータク爺の言葉の通りだとカカラは思った。


 神官たちは頻繁に勇者を探しに来た。鬱陶しくて堪らない。堪らなくなってカカラはきいた。


「なあ、何の用?」

「聖女様がお呼びだ」


 それは分かってるんだって。他の冒険者たちもうんざりしている。


「それっていつものことじゃん」

「で、断られてさー」

「そうそう。勇者様は優雅に茶を飲むより先に進みたい、てさー」

「違う!」


 あっ、怒った? 怖くないけど。


「聖女様はお荷物を整理されることを決められた」


 へー、珍しい。天変地異でも起こらないといいけど。


「手元に残されるお荷物を勇者様に選んでいただきたいと」


 胸を張って言い切った若そうな神官をカカラはマジマジと見てしまった。


 それ、本気で言ってる? 

 妻が死にそうになっててショックを受けている(と思われる)勇者に何をさせるって? 寝言は寝てから言え!

 それから、そんなもん全部捨ててしまえ!


 その場の空気が一気に下がったのが分かったのか、神官はオドオドしだした。

 腰を引きながら、神官は伺うようにカカラたちを見ている。

 目があったカカラはニッコリ笑ってやった。目にたっぷり殺意を込めながら。


「ゆ、勇者様はいらっしゃらないのだな。戻られたら聖女様の元に、と」


 一歩、二歩と後退ると脱兎のごとく神官は走り去って行った。

 それから来た神官たちにはみんな塩対応で接した。勇者が戻ってきてもいないことにするのは暗黙の了解となっていた。


 日が傾きかけた頃、やっとタスクだけ帰ってきた。


『妻の無事を祈っている』


 なら、カカラがすることは一つだ。勇者がゆっくりそれが出来るようにする。邪魔なんかさせない。


 やっと戻って来た勇者は草臥れていた。だけど、ホッとした感じにカカラもホッとする。

 翌朝、まだ早い時間に目が覚めた。ふと、外が気になってカカラはデッカを起こさないように部屋を出た。


 人影を見つけて近づくと勇者だった。勇者はゆっくりと空に昇っていく煙を見ていた。


「何、しているんだい?」


 びっくりさせたようで、振り向いた勇者はカカラを見てホッと息を吐いていた。


「お、おはようございます。カカラさん」


 軽く頭を下げるとすぐに煙に視線を戻している。うっすらと明るくなった空に昇っていく煙。


「ミクラさんの村では、人が亡くなると十日間毎朝その人が迷わなく(そら)に逝けるよう線香を灯すそうです」


 勇者の足元には火の点いた線香が()()盛った土に立ててあった。


「その後も元気にしていると教えるために線香を灯し(あげ)ているそうです」

「そっかい。いい父親だね」


 勇者がばっと目を開いてくしゃりと泣きそうに顔を歪めた。


「そう、ですか? 守れなかったのに」


 ミクラの村の話はカカラも知っている。線香の一本は亡くなった人の分、残りは亡くなった人を思う者たちの分、だから今回は勇者と妻の分二本。失った子をまだ弔えない妻の分まで勇者は弔おうとしている。カカラの時は二本しか立てられなかった。


「いいや、こうやって大事にしている」


 カカラは昇っていく細い煙を見つめた。こんな風にあの(ひと)がいなくなった我が子を悼んでくれていたらまだあの男の隣に立っていたかもしれない。と思いながら。


「あ、ありがとうございます」


 勇者が涙声なのは無視しておく。ふと見ると木陰にタスクが立っている。勇者を見守っているのだろう。


「朝はまだ冷える。消えたらまた布団に潜りな」


 貴重な親子の時間を邪魔しちゃあいけない。カカラは部屋に戻ることにした。

 振り返り空を見上げると煙が薄くなり空に溶けている。


 きっと見守ってくれる。


 なんとなくそう思った。


 勇者が戻り冒険者たちは出発の準備が整っているのにまだ動けずにいた。


「リュー様、一緒に荷物を選びましょう」

「はぁ? なんで? なんで俺があんたの荷物を選らばなきゃあいけないの?」


 直接願いにきたお姫さんに勇者は不機嫌に首を傾げている。


「えっ? リュー様のために……」

「邪魔にしかなってないんだから全部処分したら」


 顔色を失い倒れそうになっているお姫さんを侍女たちが回収していく。

 カカラは幌馬車に飛び乗って我慢を解いた。

 幌馬車の中にカカラの笑い声が響いていた。

お読みいただき、ありがとうございます。

カカラは三十代後半の女性です。


誤字脱字報告、ありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] なんかもうわざと魔王を育てようとしてるとしか思えないよな~ どう考えてもそんなつもりは無かったは通らんしな~ [一言] ニコニコと人の死を喜ぶ神官 神官としても人としても終わってるじゃ…
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