助祭ハルツ 前編
冒険者たち6は助祭ハルツ前後編の後になります
助祭ハルツは今の役目に誇りを持っていた。聖女様の魔王討伐隊に同行し、法王猊下から聖女のお世話を任されている。こんな名誉なことはないだろう。あの法王猊下からは珍しく聖女様が苦労しないようにと指示を受けている。ハルツは全身全霊で聖女に尽くしていた。
クスタリアから三つ目の国、ダーヴァン。ここの首都マニカに着いたのは昨日の夕方だった。その日は宿に泊まり翌日の早朝に路銀を受け取りに行かせたが、額がおかしかった。
「ねえ、リュー様の妻を名乗る女が階段から落ちたのですって」
日が十分に上った頃にハルツたちの前に姿を見せた聖女様は凄く嬉しそうだった。
そのことはハルツも知っていた。冒険者たちの監視役の神官からエルフの鏡のことを聞かれ、クスタリアで何か遭ったのかとハルツが確認したからだ。朗報だった。腹の子がダメだったのはもちろんのこと卑しいその女の命も危ないらしい。まったくもって喜ばしいことだった。ただ、何も知らないはずの勇者様が取り乱しているのは気になったが。勇者様があの卑しい女と強い絆で結ばれているなど有り得るはずはなく、偶然だと思っている。
「お慰めするための装いを準備しなくては」
ウキウキえお出かける準備をする聖女様に告げるのはハルツとしては心苦しかったが、言わないと聖女様に恥をかかすことになりハルツは重たい口を開いた。
「聖女マリア様、神殿から届いたお金の額がおかしいのです。ですので神殿で確認してからでよろしいでしょうか?」
ここで買い物をしてしまうと次の町で泊まる宿のランクを凄く下げなければいけなくなる。聖女様をそんな宿に泊まらせられない。
「そうなの。欲しい物が出来たから余分にあると嬉しいのだけど」
「猊下にお願いしてみます」
「そう。なら、わたくしからも猊下にお願いしてみるわ」
まずは神殿によって、資金を調達することになった。
着いた神殿では、この国の神殿を纏めている司祭に出迎えられた。当たり前だ、聖女様が来たのだから。
「つい先程まで勇者様がいらしたのですが、お戻りになられて……」
ハルツは思った。役に立たないヤツめ、と。勇者を引き留めて聖女様と会わせるのが我々神殿に仕える者の義務なのに。
「リュー様はどんな様子でした?」
「酷く落ち着かない不安そうにされていました。きっと聖女様が側にいらっしゃらないせいでしょう」
「まあ!」
聖女様が嬉しそうに笑う。この時は誰も不安に思うことは一つもなかった。
鏡の間に着くと既に法王猊下が鏡に映っていた。
「皆の者が息災でなりよりだ」
優しく頬笑む法王猊下に頭を下げて、ハルツは今回の路銀について聞こうとした。不足分はもちろんそれでも足りないと言って増額してもらわねば。
「ところで、ハルツ、何故まだマニカなのかい?」
ハルツが口を開く前に法王猊下から問われた。確かに日程は遅れているが、何故と言われても、まだと言われても、聖女様に無理をお願いしながらやっとここまで来た。責められるようなことはないはずなのに。
「ま、魔物の襲撃などもありまして」
「そう。(クスタリアから)マニカより本神殿の方が遠い。討伐隊より遅く出立して十日前に私はここに着いているのに?」
クスタリアからダーヴァンの首都マニカまでは平和な時なら馬車で一ヶ月もかからずに着く。それに比べ本神殿はマニカよりも距離があり、険しい場所もあるため一ヶ月と少しかかる。普通の旅人のように朝から出発した場合で。
確かに討伐隊より遅く出発した法王猊下が先に遠い本神殿に着いている。おかしいと思われても仕方がない。けれど、聖女様のことを考えて移動していただけ、何も悪くないはずだった。
「それに分かっていると思うが、私は務めがあり、昼からしか移動出来ない。それでも本神殿に着いているのに」
ハルツは嫌な汗が背中に流れるのを感じていた。半日しか移動出来ない法王猊下より遅い。それは時間をかけすぎていると言われているのと同じだった。
「それから、冒険者たちは馬車の中やテントで寝ていると聞いているが?」
「そ、それは、宿など彼らには不相応でして」
はぁ。法王猊下が大きく息を吐いたのが分かった。ハルツは当たり前のことをしていたはずだった。野営に慣れている冒険者たちに宿など豪華すぎる。こちらが雇っているのだ。最低の扱いでいいだろう。
「誰がそう決めた? 苛酷な旅となる。休める時は全員宿で十分な休養を取らせるようにと命じてあったはずだ」
確かにそう言われた。けれど、それをしてしまったら、聖女様に回すお金が無くなってしまう。だから、冒険者たちには宿を使わせなかった。聖女様を優先するのが当たり前だ。
「しかし、猊下。そうしますと聖女マリア様に今まで以上に御不自由な思いをさせてしまいます。致し方がないことかと」
何故、冒険者などを優遇しなければならないのだ。馬車でもテントでも屋根がある場所で眠れるだけマシではないか。
「では、お前たち神殿の者たちの路銀を使えばいいのであろう? 支給された金を違う目的で使うことは横領罪となり、どの国でも厳しい処罰が下る。このことを知らぬとは申さぬよな」
何故我々神殿の者が宿以外の場所で休まねばならぬ。聖女様をお守りするために万全な体調にせねばならないのに。
「で、ですが、それでは聖女マリア様に御不自由を」
「当たり前だ。この旅は魔王討伐のため。王侯貴族の娯楽旅行ではない。不自由も不便もあって当たり前の旅だ」
ハルツは呆然と法王猊下を見た。
聖女様に苦労させないようにと命じたのは法王猊下本人なのに。それなのに不自由も不便も当たり前だと、そんなことおかしいではないか!
「お前は何を考えている? 自身が聖女に嫌われたくないがために日程を乱し、命じたことも守らず、おまけに討伐隊の評判を大きく落としている」
私が聖女様に嫌われたくないためにしただと。違う。私は法王猊下の命令に聖女様を苦労させないようにしたまでだ。
ああ、聖女様が不安そうにしてみえる。早く安心させてあげねば。
「げ、猊下。評判とは」
この国の神殿を纏めている司祭が恐る恐る聞いている。評判など下がるはずがない。魔王討伐は誰もが待ち望んでいたもの。歓迎されて当たり前だ。
「魔王討伐隊は日が高く昇ってから出発し、休憩も一眠り出来るほど長く、徒歩の旅人よりも歩みが遅い」
何という侮辱、何という冒涜。こちらは命をかけて魔王を倒しに行くというのに。
「とても急いで魔王を倒しに行く者たちと思えない、とな」
これでも聖女様に我慢していただいて急いでいるのに。
「ああ、商人からは人気だそうだ」
やはり分かる者には分かるのだ。我々の努力が、苦労が。
「高額な値札さえ付けておけば何でも買っていく聖女。歩みが遅いから買い付けをしてからでも追い越し、また商売が出来る、とな」
「なっ」
ハルツは怒りで目の前が真っ赤になった。そのような者たちは助ける価値もない。
「で、商人たちが、いや、お前たちが立ち寄った町の者たちが聖女を何と呼んでいるか知っているか?」
ハルツは法王猊下の顔を見た。呆れた笑みを浮かべた美貌の法王猊下はゆっくりと口を開いた。
「買い物狂いの聖女」
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