冒険者たち5
タスクはヨータク爺を呼び出した。
妻の事故により精神的に不安定だった勇者リューは定期的に届く回復の報告に以前の状態に戻りつつある。今は宿泊する宿で休んでいるはずだ。賢者とミクラにはリューから離れないように頼んである。聖女が無意味な突撃を仕掛けてきても彼らが、冒険者たちが追い払ってくれるだろう。
「ヨータク爺、あなたは誰の手の者なんだ?」
ヨータク爺はよっこらせ。とそこにあった樽の上に腰を下ろすと面白そうに口を開いた。
「お主からその質問を受けるのは二回目じゃ」
その答えに驚いたのはタスクの方だ。全く覚えていない。
「でな、ワシはその時にちゃんと答えておる。包み隠さずな」
あの日、リューが酷く取り乱した日、タスクはヨータク爺の言葉通りにリューを神殿に連れていった。
神官たちは取り合ってくれず、出てきたその神殿の司祭はリューに後で聖女が来るから待つようにと勧めるだけだった。しばらく押し問答をしたが聖女がくる前にこの場を去った方がいいと踵を返した。どうするべきか悩みながら歩いていると、若い神官にが息を切らして声をかけてきた。
「勇者様、お連れの方、こちらにどうぞ」
怪しいと思ったが神官が行こうとしているのは神殿の裏側。もしあの聖女が来ても裏から入ることはないだろう。
裏口らしき所から入り小さな休憩室のような場所に通された。
「ここでお待ちいただけますか? 今、猊下と連絡を取っています」
椅子を勧められ、すぐに動けるように浅く腰かける。神官は信用できない。
「朝の連絡が終わっているので、連絡がつきにくいのです。お昼までには連絡が取れると思うのですが……」
申し訳なさそうに言われ、タスクも返答に困る。魔王討伐隊の神官や騎士がエルフが作った鏡(エルフの鏡)を持っているかどうか分からない。持っていても妻のヒナとの連絡には使わせないだろう。
ヨータク爺の言う通り、法王に確認してもらうのが一番確実なのは分かるがこれが本当に正しいのかも。
「何故、勇者に協力する?」
疑問に思ったことを口にする。今まで会った神官たちはみな聖女の味方なのに。
「猊下は、勇者様と聖女様、敬い感謝しなければならないが特別視してはならない、勇者様も聖女様も私たちと同じ人である、と説いていらっしゃいます」
その言葉にタスクは驚いた。あの法王がまともなことを教えていることに。
「そして、勇者様がお困りの際は力になるようにと」
その言葉に違和感を感じる。何故、勇者なのか。
「聖女では?」
「神殿の多くの者が聖女様を特別視しております。力になろうとする者は大勢いますので」
困ったように神官が息を吐いた。この神官たちは聖女を特別視する者たちの行動は目に余るようだ。
「その者たちのせいで勇者様は本当にお困りの時にしか神殿にいらっしゃらないと猊下は仰っていました」
確かにリューは神官たちも嫌っている。口を開けば聖女様と。と言われるせいで。さっきもここの司祭に聖女が来るまで留まるようにと言われた。
「聖女様がいらっしゃった」
シロリとタスクに睨まれて、入ってきた神官がここには来ませんと慌てて言う。その言葉にホッとする。今のリューの状態を聖女に知られてはいけないと思う。
リューを確認すると俯いて大人しく座っている。その表情は見えず、時間がかかるようならクスタリアへ戻るとまた言い出しそうだ。
「猊下にはお伝えしました。勇者様がいらしたのなら奥様のことだろうと至急クスタリアの情報を集めて下さるそうです」
リューの肩から力が抜けた。タスクもホッとした。これで情報が手に入る。
「ただ、聖女様たちも猊下との謁見を望まれています。お待たせして申し訳ないのですが、聖女様たちが帰られましたら鏡の間にご案内いたします」
その言葉にタスクは頷いた。後の方がいい。聖女たちを待たせると逆に乗り込んでくる可能性がある。聖女にリューの妻が何か遭ったと知られるのはまずい。いや、向こうはもう知っているかもしれない。知っていたら知っていたで心無いことを言いリューを傷つける可能性がある。
「リュー、待てるな」
俯いたままのリューは首を上下に動かした。
「……、法王はヒナを俺の妻と認めてくれた。ここの人たちも。他の神官たちはヒナが、俺に妻がいないように扱うのに」
リューの声に力はない。それが痛々しい。
が、タスクも気が付いた。ここにいる神官たちは勇者に妻がいても他の神官たちのように間違いだの別れろだの言ってこないことに。それどころか法王と同じように勇者の妻を認めている。
これもあの法王の教育の賜物なのか。タスクが思っていた法王の姿と違うことに戸惑うが、それでもあの法王のせいで主君が死んだことは間違いがなく許せなかった。
賑やかな声が近付き遠ざかって行く。聖女たちが神殿の奥の方に向かったようだ。
「聖女は何をしに?」
「路銀のことです」
魔王討伐隊の旅費のほとんどを神殿が出している。買い物の資金が足りなくなり請求にきたのか?
「冒険者の方には大変ご迷惑をおかけしました」
急に謝られて、タスクは何のことか分からない。理由が説明されるのを待つ。
「今日から宿に泊まれるように手配いたしましたので」
今日から? この町に何日か滞在することになっているのだろうか?
「助祭ハルツがそのようなことをしていたなんて」
助祭ハルツは魔王討伐隊の神官たちを纏めている者だ。聖女優先で冒険者たちは使い捨ての駒としか思っていない節がある。
「猊下は、休める時はしっかり休んでいただくように、と冒険者の方々の宿代の食事代も準備されていました」
つまり冒険者の宿泊代・食事代は全て聖女の買い物に消えていたということか。いや、食費はパンと材料を慈悲で貰えるようになったが、外食よりは材料費のほうが安上がりになる。
「ΩβλσΨβζαΛ!」
急に叫び声が聞こえた。何を言っているのか分からないが、酷く驚いている声だった。
「あれは、助祭ハルツの声?」
「ああ、多分あの言葉を聞いたのだろう」
「あの言葉とは?」
『買い物狂いの聖女』
タスクは思わず吹き出した。魔王討伐隊が立ち寄った町では聖女のことがそう呼ばれていると聞いて。
今度は女性の叫び声が聞こえた。これも何を言っているのかは分からない。だが、聖女の声ということは分かった。
「たぶん、荷物の処分を提案されたのだと思います」
「荷馬車二台分の荷物を処分しなければ、勇者様と聖女様は別々のルートで魔王の城に向かっていただくことになっていますから」
その決断に驚いた。タスクは何回も騎士や神官にあの荷物は野盗を呼び寄せるから処分するように言ってきた。(冒険者たちが)守ればいいだけだ。と聞き入れて貰えなかった。出来たら処分するのではなく、別行動になることを望む。勇者組が遠回りのルートを通っても恐らく先に魔王の城に着けるだろう。
再び賑やかな声が近付き遠ざかって行く。やっと聖女たちが神殿から帰っていくようだ。
「聖女様たちは神殿からお出になられました。ご案内します」
扉が開き、長い廊下を歩く。タスクたちは神殿の奥、鏡の間と言われる小さな部屋に案内された。正面の壁に大皿くらいの飾りのない鏡かかかっていた。
「久しぶりだね、リュー」
鏡に優雅に椅子に座った法王が映っていた。痛ましそうにリューを見る視線に嫌な感じがする。
「ヒ、ヒナは……」
「リュー、落ち着いて聞いて欲しい」
法王の言葉にリューが膝から崩れ落ちた。
お読みいただき、ありがとうございます。
リューは不安で思考力が低下して大人しい状態です。




