冒険者たち4
幌馬車の中でデッカはヨータク爺に聞いていた。短い茶色の髪が馬車の振動に合わせて揺れている。
デッカは駆け出しのD級冒険者だ。駆け出しでも師匠のカカラに付いて何回もダンジョンの奥へは潜っていてそれなりの実力もある。後一・二回ダンジョンに潜ればC級に上がれるはずだった。
「なんであんなに聖女さまをヨイショするのかな?」
ミスタの町で勇者が勝手に出発したことにより、町に停まる回数は減った。聖女が何を言おうが決められた休憩場所以外で停まらなくなったからだ。それでも一回の休憩時間は長く、まだまだ歩みは遅い。
「さあな、上には上の言い分があるんじゃろうよ」
デッカの師匠のカカラは今日は違う幌馬車に乗っている。そこで多分また勇者にフラれた聖女様を笑っているんだと思う。
「騎士様たちは分かるよ。王族絶対主義で逆らえないだろうけど。神殿の人たちは…」
勇者も聖女も特別と言いながら、聖女ばかりを優遇している。勇者に聖女に合わせろと強要しているようにみえる。いや、強要している。
「法王は頑張っておるんじゃか、長年積み重なったものは中々変わらぬからのう」
デッカの頭にあの綺麗過ぎる法王の姿が浮かぶ。陰で色々悪く言われている法王だった。だけど、デッカは旅に同行している神官たちよりずっとかマシな人に見えた。
「神殿の聖女至上主義は深く根付いておる。やはりそう簡単には変えられなかった、ということじゃ」
聖女至上主義、そう言われるとそうの通りだと思う。何をおいても聖女の言葉が優先されている。今は宥めてご機嫌とって旅を進めているが。
「元々、法王にと望まれておったのは違う人じゃった。その人を排除して法王となったと言われておるから、今でも神殿内で反感を持つ者が多いんじゃろうな。」
デッカはふーんと思うしかない。権力争いなんて別世界だ。ただ、汚い手を使って法王になったから、命令を無視して神官たちが好き勝手しているのかな? と思うだけだ。
「デッカ、何故出発が早かったのか分かるか?」
デッカは首を傾げた。今日も出発は遅かった。遅起きの聖女の身支度に時間がかかったからだ。あんな着るのにも時間がかかる旅装束でない姿をいつまでしているのだろうとデッカは思う。守る立場からあんな足手纏しかならない格好はいい加減やめてほしかった。
「勇者とその妻を早く引き離したかったからじゃ。魔王を早く倒さねばならぬのは確かじゃったが絆されて味方となる者が出来ぬようにな」
そっちのことか、とデッカは納得した。勇者たちが入城して二日後にパーティー、翌日に大聖堂で祝福、その二日後には出立式、旅の準備は既に出来ていたとはいえ、物凄く慌ただしかった。
「けど、どうして?」
「邪魔なんじゃろ、勇者の妻が」
それにも納得する。あんなおかしな本があるからか、クスタリアの者たちは勇者と聖女が婚姻したら幸せになれると本気で思っているようだった。気味が悪いくらいに誰もかもが。
「妻が側にいては勇者に隙が出来ぬ。旅に出て離れれば勇者に隙ができ、聖女に靡くと思ったんじゃろうな」
甘いのう。とヨータクがカッカッカと笑った。デッカも聖女の態度には笑うしかない。あれで勇者の気が引けると思っているのだから。
「いつもお茶、お茶って。それしか知らないのかな?」
「知らんのじゃろ。貴族の社交は派手じゃか狭い。とくに女殿下になるとな。未婚の男女が親交を深めるのはお茶会かパーティーが多いんじゃろうな」
これもデッカはふーんと聞くしかない。まあ、それしか思いつかないのなら仕方ないと分かるけど、相手にされていないのだからいい加減諦めたら、とも思う。
「聖女として、王女として、諦められんのかもしれんのう。傅かれるのに慣れすぎておるからの」
つまり訳の分からないプライドでしつこい? 勇者にもこっちにもいい迷惑だ。
「勇者も先に行けばいいのに」
「金と通行書を持ってるのがお姫さん側だからの。こっちも妥協せねばなるまい」
デッカも寝るなら安全な場所の方がいい。防壁に囲まれた町の中、たとえ寝床がこの幌馬車の中だったとしても。野営で襲撃に備えて眠るよりはずっとかマシだった。
ある日の朝のことだった。
カッシャーン
デッカは音のした方を見た。勇者が食器を落としたようだ。
何があったのだろう?
「ヒ、ヒナ…」
「リュー、どうした?」
側にいたタスクが声を掛けていた。ヒナは確か勇者の妻の名前だ。
「奥方に何かあったようだな」
賢者が深く被ったフードの奥から呟いた。
「戻らないと…」
「戻るって、クスタリアにか? 一ヶ月以上かかるぞ」
今にも走り出しそうなリューをタスクは止めていた。魔王の城までまだまだ遠い。けれど、クスタリア国に戻るには進み過ぎていた。
デッカはどうなるんだろうとハラハラした。ここでクスタリアに帰るのは止めて欲しい。けど、勇者の妻に何かあったのなら戻りたいという気持ちも分かる。
「鏡は持ってきていないのか?」
賢者が見張りの神官に聞いている。神官の一人が慌てて駆けていった。
「かがみ?」
「エルフが作った鏡じゃよ。同じ材料で作った鏡を持つ者同士、会話が出来るんじゃ」
側にいたヨータク爺が説明してくれた。
「大きな神殿にはあるはずじゃ。本神殿との連絡に使うのでな」
ヨータク爺はよっこらせ。と立ち上がると勇者たちの方に歩いて行った。
「鏡を持っていても使わせてくれるか分からん。
幸いにも今おるんはこの国の首都じゃ。神殿に行けば本神殿に鏡で連絡が出来る。法王にクスタリアの神殿に聞いてもらえばええ」
「勝手なことをするな!」
残っている神官が駆け寄ってきて文句を言っているが、ヨータクにチラリと見られて青白くなって後退していた。普段は好々爺に見えるけど、ヨータク爺の眼力は最盛期の冒険者たちより鋭くて怖い。デッカも言い付けを守らなくて怒られた時にあの目で睨まれて泣いてしまった。
「あの法王なら動いてくださるじゃろう。早く行け」
法王と聞いて不満げなタスクがそれでも取り乱す勇者を促して神殿の方に向かっていった。デッカたちはそれを見送るしか出来なかった。
勇者たちはお昼を過ぎでも帰って来なかった。
「この町にしばらく逗留だってさ」
幌を捲ってカカラが馬車に乗り込んできた。
「お姫さんや騎士や神官たちが喜んでいたよ」
カカラが吐き捨てるように言った。怒っているカカラを見るのは久しぶりだ。聖女たちの余りの態度に怒るよりも嗤うことを取っていたから。
「嫁さん、階段から落ちて流産したらしい」
呟かれた言葉に仰天する。大変なことだ。子供は可哀想だけど勇者の妻は大丈夫なんだろうか。
「嫁さんもヤバいらしくて邪魔者がいなくなる、て喜んでいやがる」
デッカは言葉を失った。人が死ぬのを喜ぶなんて……。
「じゃあ、どうなるか分かるまでここっていうこと?」
うんざりした声がする。その声の主をデッカは睨み付けた。勇者が妻を大切に思っているのを知っているのにそんなこと言うなんて。
「んや、最初からここに数日留まる予定だったらしい。お姫さん、新しいドレスが手に入らなくてご立腹だったらしいから」
あり得ないだろとカカラが手を振っていた。
「傷心の勇者を慰めるんだ! て気合い入れて今ドレス探しに行ってるらしい」
「はあ?」
デッカは思わず声を上げてしまった。勇者の妻が死んだって連絡きてないのに死ぬ前提で動いているなんて!
「けど、これで確実に遅くなるなー」
その言葉にムカッと来るが、旅が遅くなればその分魔物の被害は拡大していく。
言いたいことは分かる、分かるけど………。
「大切な人が死にそうになっておる。お主は平気でおれるのか?」
ヨータクが静かに問うた。
「けどよー、勇者なんだから」
その気持ちも分かるけど、一緒に旅をしている勇者は本当に普通の人だった。金色の瞳じゃなかったら、魔物を倒す力がなかったら、うーん、それでも格好いい男だ、じゃあ普通とは言えない?
「勇者も人というわけじゃ。ワシらと同じじゃ、特別でもなんでもない。両親も死んだと言っておった。親族といえる者たちも消息が分からん。たった一人の家族を勇者だから心配するのはおかしいとお主は言うのか?」
それでもさー。という声は聞こえた。言いたい気持ちは分かる、分かるけど、妻を心配する勇者の気持ちも分かった。デッカもカカラやヨータクに何かあったらそう思うからだ。
だから、デッカは早く勇者の妻がよくなりますように、と祈るしか出来なかった。
憔悴した勇者が戻って来たのはそれから三日後のことだった。あまりの憔悴ぶりに最悪を思ったけど妻は持ち直したと聞いてデッカはホッとした。
お読みいただき、ありがとうございます
誤字脱字報告、ありがとうございます
城壁を防壁に変更しましたm(__)m




