冒険者たち3
カカラは幌馬車の中で腹を抱えて笑っていた。笑える時に笑う。これは冒険者の基本だ。て、いうかもう笑うしかない状況だった。
「師匠、笑いすぎです」
隣で弟子のデッカが笑いすぎて目尻の涙を拭いながら諫めてくるが幌馬車に乗り込むまで我慢したんだ、これくらい勘弁してほしい。
今回もお姫さんは勇者に欠片も相手にもされていなかった。それどころかとうとうキレた勇者に『ほんとに聖女?』と言われ侮蔑の目で見られていた。そんときのお姫さんの顔ったら。今、思い出しても笑えてくる。
同じ幌馬車に乗っている冒険者たちもカカラと同じように笑っているか呆れているかのどっちかだ。
一頻り笑ってカカラは笑いすぎて痛くなった腹から手を離した。
「いい加減諦めたらいいのにねぇ」
クスタリア国の王城を出発して一ヶ月が経った。やっと隣国、小さな領土のコツカナ公国に入ったところだ。魔物が出るとはいえ予定より途轍もなく遅れている。
全部お姫さんのせいで。
「なあ、次、何処に停まるか賭けようぜ」
「次の大きな町はミスタか」
「おいおい、賭けにならんぞ」
「どうせ、その町で停まるだろ」
「何に言われたのかも分かってなさそうだったしなー」
「で、ますます愛しい勇者様に嫌われる」
幌馬車の中が笑いに包まれる。
「笑わすな、て。笑いすぎて腹が痛いんだから」
カカラは痛む腹を抱えて涙声で抗議の声をあげた。
カカラは燃えるような赤い髪と瞳を持つA級の冒険者だ。数少ない女性のA級冒険者として魔王討伐の旅に同行していた。
勇者は顔合わせのパーティーから出立式までは遠くから見かけるだけで接点は全くなかった。勇者と知り合いらしいS級冒険者のタスクとその弟子ミクラが何度も面会を申し込んだがなしのつぶてだったらしい。
だが、旅が始まると勇者はほとんど冒険者たちと一緒にいた。いや、お姫さんを避けるために賢者サーフの側から離れないようにしている。魔王と同じ魔力があり魔法が使えるエルフは普通の人々には忌嫌われていた。お姫さんは露骨にエルフである賢者を避け、邪険に扱っていた。魔王と倒す仲間のはずなのに。
冒険者は違う。ダンジョンに潜る時、エルフを仲間に出来たなら得る報酬は倍以上となり生存率も格段に上がる。冒険者たちにとってエルフは強力な助っ人であり仲間だった。エルフのほうも冒険者と組みダンジョンに潜るのは魔法ばかり使う必要がなく利点だそうだ。エルフは魔力が無くなると生死に関わる。魔力切れを起こす前に目的の物を手に入れることが出来ると冒険者たちに協力的だ。ダンジョンの植物はエルフにも良い薬になるらしい。
勇者はエルフの賢者にくっついていて、賢者は冒険者たちと行動を共にして、お姫さんは賢者を避けている。自然と勇者とお姫さんたちとの間に距離は出来た。
「あれで聖女様なのかねぇ」
カカラは人形のようなお姫さんを思い浮かべた。
誰かがいなければ着替えも出来ない本物の王女様。連れてきた侍女は十人以上、毎朝新しいドレスを着て、豪華な乗り心地の良い馬車に乗り、大きな町で必ず止まり、ドレスを着替えて、毎回優雅にお茶に勇者を誘う。おかげで旅がちっとも進まない。スピードが出せないあの馬車でも毎日二つ三つ先の町に着いている。今頃は遅くとも次の国との国境付近まで行っているはずだった。
「聖女様なんだろ。印がある」
最年長であるヨータク爺がしゃがれた声で答えた。六十を超えているのにまだまだ現役の冒険者だ。今は浅い所までしか潜れないが、若い時に仲間と潜ったダンジョンの深さはまだ誰にも抜かされていない。ダンジョンのことをよく知っており生字引と言われている。
「慈悲深いと聞いたんだけどなー」
「慈悲深いじゃないか、勇者様のために食事が改善されたんだから」
「違いねぇ、勇者様のためだけの慈悲だけどなー」
ガハハと乾いた笑い声が幌馬車の中に響く。
旅の最初、勇者とお姫さんは町の最高級の食事、お付きの者や騎士、神殿関係者は食堂、冒険者は自炊だった。最初に言われていたから、冒険者たちは自炊を気にしてなかった。堅苦しい中で食べるよりも仲間と食べたほうが楽しいし美味しい。けれど、勇者がお姫さんとの二人っきりの食事を拒否し冒険者たちの食事に加わった。仕方なく勇者のためにとパンと材料が支給されるようになった。
「慎みはないのは確かだけどな」
妻帯者である勇者にフラれてもしつこく付きまとっている。聖女としてより、人としてどうなの? というのが冒険者たちの意見だ。一夫一妻を説いている神官たちもそれを応援しているのも解せない。特別、特別と神殿関係者は言っているが、魔物が関わらなければ勇者は妻思いのどこにでもいる男だった。
「嫁さん、元気だといいなー」
一人の呟きに幌馬車の中がしんみりとした雰囲気になる。王城にいる勇者の妻。勇者と親交が深まるにつれ、冒険者たちは彼女を心配した。砂糖を吐きたくなるような惚気を何度も聞かされ、勇者がどれだけ彼女を大切にしているかを知ったからだ。
カカラもその一人だ。顔合わせのパーティーで見ただけなのに勇者とその妻を気に入っていた。お似合いの二人だと。外見だけなら釣り合うのは綺麗なだけのお姫さんの方だ。けど、中身が釣り合わないと感じた。この旅でその気持ちはますます強まっている。
城の者たちが勇者の妻に向ける視線は決して良いものではなかった。タスクがカカラに弟子のデッカを彼女の護衛にと依頼してくるほどに酷いものだった。国王から許可されず話は流れてしまったが、許可されたのならカカラは喜んでデッカを城に残しただろう。死と隣り合わせの旅より勇者の妻の護衛の方が安全だ。それにこのお姫さんの子守りよりずっとかマシだろう。
「次、ミスタで休憩だってさー」
御者をしている冒険者から声がかかる。前の町からそれほども走っていない。休憩には早すぎる。
「やっぱりなー」
「なあ、断られるまで何分かかるか」
「賭けにならないって」
「瞬殺、相手にもしないんじゃねえかー」
「いえてるー」
幌馬車が止まり、カカラたちは馬車を降りた。
お姫さんが立派な建物の中に入っていくのが見えた。その後ろを侍女が大きな箱を持って続いている。いつもの光景だ。
今からマッサージを受け入浴し違うドレスに着替えて、やっと勇者に声をかける。その間にどれだけ前に進めるかお姫さんは分かっていない。ここでゆっくりしてしまうと先に進めずこの町で泊まることになりそうだった。
「お待ちください!」
しばらくして勇者を引き留める声。これもいつものことだ。勇者が出発準備をして先に進もうとしているのだろう。
お姫さんはまだ建物から出てこない。今から出発したら明るい時間に次の町に着けるのに。
「リュー様、マリア殿下がお茶をご一緒に、と」
騎士が走り寄ってきて申し訳なさそうに勇者に告げている。勇者は一瞥もせず、馬に自分の荷物を積んでいた。カカラたちも準備を始めた。こんな所で時間を取っている場合ではない、本当に。
「勇者リュー様、聖女マリア様からのせっかくのお誘いです」
神官が声をかけるが勇者は無視をしている。
「魔王の城の近くで町が二つ魔物に襲われたそうだ」
勇者の側で同じく出発の準備をしているタスクが口を開いた。その情報はカカラも仕入れていた。ここまで聞こえてくるのはこの町のように城壁に囲まれた大きな町。小さな村や町は今も魔物の被害にあっていて、その何倍の数がこの瞬間にも無残な姿にかわっているだろう。
「で、では、急がねば。ですが今は勇者リュー様は聖女マリア様とお寛ぎください」
神官はささ、どうぞと勇者を案内しようとしているが、勇者は動こうとしない。カカラも白い目で神官を見てしまう。本気で言っているのか、と。
「リュー様、お茶の準備が整いましたわ」
なかなか来ない勇者をお姫さん自ら迎いに来たようだ。お姫さんの姿を見て、カカラは眉を顰めた。また見たことのないドレスだ。お姫さんの荷物だけで旅に必要ない荷馬車が二台。それを魔物や盗賊から守らなければいけないこちらのことも考えてほしい。
「マリア殿下、こうしている間にも魔物に人々が襲われています」
懲りずにタスクが前と一緒の台詞でお姫さんを諌めてる。
「まあ、気の毒ですわ」
ほう、誰かがお姫さんに言葉を教えたようだ。さっきの町では『それがどうかされましたか?』で勇者に『ほんとに聖女?』と言われたのに。まあ、このお姫さんに『気の毒』の意味まで教えたのかは愚問と思うけど。
「あんた、本当に早く魔王を倒す気、あるの?」
馬に跨った勇者が馬上からお姫さんを見下ろしていた。
「何故そのようなことを今さらお聞きになりますの? それに今はお茶の時間ですわ」
お姫さんの言葉に勇者が深くため息を吐いている。その気持ちはよく分かると騎士や神殿関係者にバレないようにカカラはこっそり頷いた。バレると彼らはネチネチ長く煩い。
「急ぐ旅だと聞いた。そうじゃなくても俺は早く魔王を倒してヒナの所に帰る」
勇者は、馬首を門の方に向けた。カカラは幌馬車の御者台に飛び乗った。順番で見張りとなるカカラは今からは御者台だ。他の冒険者たちもいそいそと馬車に乗り込んでいる。付いていくなら勇者に、だ。
「あんたは好きなだけお茶と着替えをしてたらいい。あんたの周りの人たちもそれが聖女の仕事だと言ってるんだろ。俺は先に行く」
カカラは口笛を吹いた。誰か強者がお姫さんの行動を聖女なら当たり前だと勇者に伝えたようだ。アホか、とカカラはそいつに言ってやりたい。お姫さんに正しい旅の仕方を教えるのが先だろうに。旅の″た″の字も理解してないぞ、このお馬鹿さんは。
「勇者リュー様、聖女マリア様がいなければ魔王は倒せませんぞ」
カカラは神官の言葉を鼻で笑った。この場合、魔王が倒せなかったら誰が悪いか明白だろう。分かっていないのはお姫さんたちだけだ。
勇者も無視して馬を進ませている。いや、勇者はお姫さんなんか必要ないと思っているかもしれない。
「マリア殿下、馬車の方に」
「わたくしはリュー様とお茶を」
侍女たちが無理やりお姫さんを馬車に引き摺っていく。一番時間がかかるからねー、お姫さんの準備が。まあ、最速で馬車を走らせていただきましょうか、勇者に置いていかれたくなければ。
カカラは御者台では腹を抱えて笑うことが出来ないのをとても残念に思った。お馬鹿さんのお馬鹿行動がまた見れたから、思いっきり嗤いたいのに。
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