冒険者たち2
この世界には境界線と呼ばれる場所が数ヶ所存在する。そこには魔物ではないが不思議な生き物が生息し、こちらには存在しない貴重な物が多くあった。ダンジョンはこの世界から去った魔力を持つものたちが通った跡とも言われ、神殿では悪しき場として名目上立ち入りを禁じていた。しかし、ダンジョンは宝の山であった。生えている植物は薬として重宝した。生き物の毛皮はどれも素晴らしく、その内臓も薬として活用できた。転がる石の中には光輝く物があり宝石として多くの者から求められた。富を求めてダンジョンに挑戦する者は多かった。ダンジョンの奥に行けば行くほど上質な物が捕れたが、生き物は狂暴となり植物は毒を持ち入手は困難となっていた。
お宝を求めてダンジョンに挑む強者たち、その者たちを冒険者と呼んだ。
ミクラはそんなダンジョンの近くある村に住んでいた。比較的安全なダンジョンの入り口付近の植物を採取して小金を稼ぐ冒険者未満の者だった。そこにもうすぐS級冒険者になるタスクがダンジョンに潜りにきた。ダンジョンに潜るのはだいたい三人以上のパーティーが普通だった。一人でダンジョンの奥でしか取れない植物や生き物を狩ってくるタスクにミクラは憧れた。何度も何度もお願いしてやっと弟子にしてもらった。それから十年近く経った。タスクはミクラが弟子入りしてすぐにS級冒険者となり、ミクラも順調に経験値を上げもうすぐA級冒険者となれる予定だった。
(冒険者はD級から始まりC・B・A・S級と上がっていく)
ミクラはこの国クスタリアにはタスクのお使いでよく来ていた。ガーラン港にある小さな町にダンジョンで取れた荷物を届けるために。港で荷運人たちを纏めているルハという男性に荷物を渡し近状を聞いてくるのがミクラの仕事だった。ルハはタスクの主君だった人の弟君らしい。だから、タスクがルハ様のことをいつも気にかけていた。
ミクラはルハの下で働くリューという男と仲が良かった。リューはとても容姿の整った男だった。最初はその容姿に気後れして距離を取っていたミクラだったけれど、遠方から訪ねる彼をいつも気遣ってくれるリューに絆されて肩を並べて色々語り合う仲となっていた。そのリューが恋人が出来て結婚すると聞いた時は自分のことのように喜べた。
それなのに何故?
勇者のお披露目と魔王討伐に同行する者たちとの顔合わせも兼ねたパーティー。
人込みに紛れたミクラの前を綺麗だった琥珀色の瞳を金色に変えたリューが歩いていく。強張った表情で。
嘘だと言いたかった。前に会った時は夫婦で幸せそうにしていた。だから、魔王討伐のメンバーに選ばれたのなら、リュー夫婦の幸せを守るためにも頑張ろうと思っていたのに。
それなのにどうして?
王座の近くで寄り添う二人が全然幸せそうに見えなった。それがなんか悔しかった。妬ましいほど幸せそうだったのに。
勇者、聖女、剣士の紹介が終わり、パーティーは形だけの無礼講の場となった。
「ミクラ、行くぞ」
ミクラは師匠のタスクに付いてリューの元に行く。同行する冒険者として挨拶に行くのだ。
行きたくない。
ミクラはそう思ってしまった。敵意露にして壁を作っているリューが痛々しい。その理由も分かる。リューの妻、ヒナを見つめる視線はミクラでも許せない。
リューの側に行くと揉めている声がした。
「さっ、リュー様、マリア殿下の隣に」
「この者は退出させます」
「なら、俺もヒナと部屋に戻る」
「なりません。勇者様は聖女様と共にあらねば」
神官や城の者がリューを聖女の隣に立つように勧めていた。体を無理やり二人の間に捩じ込んでリューがヒナの方に行けないようにしていた。それによりヒナの座っている椅子が押されているが、ヒナも回りを囲まれているために立つことが出来ないでいた。椅子が大きく傾く。誰もヒナに手を差し伸べることなく倒れようとしている椅子を避けた。
「危ない」
タスクがヒナの回りに立つ神官たちを乱暴に退ける。
「何をする!」
「ヒナ! どけ!」
神官の怒鳴り声に焦ったリューの声。
「ヒナさん!」
リューが神官たちに止められているのが視界の端に映るが、ミクラは椅子から落ちそうになったヒナの腕を取り自分の方に引き寄せた。
「ヒナさん、大丈夫?」
「……、ミクラさん?」
自分を見て驚いた表情をしているヒナにミクラはホッとした。何処かをぶつけている感じはない。
「ミ、クラ…さん」
神官たちを押し退けてきたリューも目を見開いて驚いた顔をしていた。ミクラを映す瞳が金色なのが何故か悲しかった。
「リューさん、ヒナさん、お久しぶりです」
ミクラはヒナを立たせながら、二人に挨拶をした。リューが直ぐにヒナの側に来て怪我をしてないか確認している。相変わらず仲の良さそうな二人にミクラは安心した。
「こちらはタスク師匠でルハ様の知り合いなんだけど、ルハ様は?」
隣に立ったタスクを紹介しつつルハ様の名前が出た途端沈んだ顔になる二人に嫌な感じがする。
「誰も教えてくれない。俺の家を出てから親方がどうなったのか、何度聞いても誰も……」
リューはいつもルハのことを親方と呼んで慕っていた。そのリューが嘘をつくはずもなく落ち込んだ声からそれ以上のことは知りたくても何も知らされなかったことが伺える。
ミクラは隣が息を飲んだのが分かった。
「けど、親方は……生きていると思う。契約が切れてないから……」
リューはそう自分に言い聞かせるようにポツリと言った。
「契約?」
何のことか分からなくてミクラは問い返したが、タスクに視線で止められる。
それ以上聞くな、と。
「リュー様、契約とは?」
近くにいた神官が慌ててリューに聞いているが答える気はないようで無視している。
「何をしている?」
タスクの体に力が入ったのがミクラには分かった。振り向くと法王が側に来ていた。
「お前たちは二人に近づかないように、と言ってあったはずだが」
ミクラはブルリと体を震わせた。法王は唇の両端を上げ優しく微笑んでいるが、その笑みは骨の髄まで凍りそうなくらい怖く感じた。神官たちも真っ青になって震えている。
「ノグラ、退出させろ」
「猊下、それは」
法王が側にいた使徒の一人に命じるが反論されている。髪の毛を綺麗に剃ったノグラと呼ばれた男も目を引くような美形だ。
「勇者にこれ以上悪感情を持たれたくなければ二人に関わらないように、と私は命じたはずだ」
法王の言葉にノグラが苦虫を噛み潰したような表情をして神官たちに退くように指示を出している。全員、不本意だと全身で表している。創造神の代理人である法王、上の者の命令なのに。
「部下の躾がなってないな」
タスクの言葉にミクラは慌てた。ミクラもそう思ったけど、口にしてはいけない言葉だった。リューは法王を無視していてヒナは不穏な雰囲気に不安そうな顔をしていた。
「これはホーエンス卿」
法王は艶やかに笑った。ミクラは聞きなれない名前に首を傾げた。平民に家名はない。
「その名は捨てた」
タスクが何処かの国の元貴族なのはミクラも分かっていた。法王が顔を覚えているほどの大貴族だとは思わなかった。
「そう。それでルクセイトとメイサについては調べられたかい?」
法王の言葉にタスクが戸惑ったのが分かった。そして、そんなタスクの様子に法王の表情が一瞬曇ったのも。
「何のことだ? ルクセイト? 十一番目の勇者?」
「……、そうだよ。君は調べると言っていた」
リューたちにすまなかったね。と謝って去って行く法王の背をミクラは呆然と見つめた。
法王はミクラの側を通りすぎる時、小さな声で確かに呟いた。
「ここまで強くなっていたか………」
焦りが籠った法王の言葉。何故、法王がそんな言葉を呟いたのか、それが気になった。
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