冒険者たち1
遅くなりましたm(__)m
王城では、豪華絢爛なパーティーが行われていた。勇者の御披露目と魔王討伐に同行する者たちの顔合わせをかねたパーティーらしい。
S級冒険者のタスクは忌々しく舌打ちをした。イライラして荒々しく青い髪を掻き上げる。緑の瞳は苛立ちを隠していない。
こんな所でぐずぐずしている暇がなかった。本当なら半年以上前にこの国に来ているはずだった。やっと亡き主君の弟君が頼ってくれたのに駆け付けることが出来ず、おまけにやっと着いた関所で騎士団に捕まり魔王討伐に参加させられそうで焦っていた。
「タスク様、もう少ししたら勇者が出てくるようですよ」
弟子のミクラが肉を齧りながら話しかけてきた。ミクラは鉛色の髪に茶色の瞳の青年だ。呑気に肉を齧っているように見せて辺りの様子を探っている。勇者と聖女が出てきてパーティーが盛り上がってきた所で逃げ出す予定だ。
「やっぱり冒険者たちからの評判は悪いですね」
ミクラの言葉にタスクは頷く。冒険者のほとんどが他国から強制召喚された者だ。確かに魔王は倒さなくてはならないが、あんな勇者と聖女のいる国だけが幸せになるなんて書かれた本を配る国に誰が協力したいと思うのか。褒賞金が破格でなければ誰も協力する気などおこらない。
「勇者リュー様と聖女マリア殿下のご入場です」
その声にざわめいていた大広間がピタリと静かになった。決められた者だけしか使うことが出来ない扉に視線が集中する。
タスクも扉に視線をやった。勇者の名前が気に入らない。弟君の依頼に書かれていた名前と同じだからだ。凄く嫌な感じがする。ミクラも同じのようでまだ開かない扉を凝視している。
仰々しく扉が開けられ、一対の美しい男女が姿を現した。薄紫の騎士服を着た男性とシャンパンゴールドのドレスを着た女性だ。お互いの瞳の色に合わせた服を着ていた。双方ともとても見目麗しい容姿をしているが、どうしても視線が集まるのは男性の方にだった。
女性、聖女マリアが見劣りするわけではない。絹糸のように細く輝く金色の髪、卵型のほっそりとした顔にバランスよく配置された青い瞳に形のよい鼻、小さな唇、まだ幼さが残るが可愛さと美しさを併せ持っている。だが、隣に立つ男性、勇者リューに比べると美しい人形をさらに美しく着飾った作り物感があった。
勇者リューは同性でも息をするのを忘れるほど整った容姿をしていた。短い赤茶色の髪、整った太い眉、切れ長の目、スッと通った鼻筋、形のよい唇。何より目を惹くのは強く輝く勇者の証でもある金色の瞳。均等のとれた体からは生命力に溢れており、その存在感を周囲に知らしめていた。
「リュー様」
白魚のような美しく整えられた細い手が勇者リューに伸ばされた。勇者リューはその手を一瞥しただけで、スタスタと会場に入ろうとした。すかさず側にいた従者が勇者リューを止めて聖女マリアをエスコートするように小声で言っているが、勇者リューはそれを無視し誰かを探すように視線を動かして中に入ろうとしている。
タスクは止めていた息を吐いた。扉の所で押し問答をしている勇者リューの姿が信じられなかった。主君の側近としてかつて一度だけ会うことが出来た相手と面影が似ていることに。
「ま、まさか、リューさん?」
震えるミクラの声にハッとする。ミクラは弟君との連絡係もしている。弟君の元で働いている者たちとも顔見知りだった。ミクラの言葉が正しいとすれは、勇者リューは弟君が依頼内容の……。
「瞳は………金に変わったけど、やっぱりリューさんだ。なら、ルハ様とヒナさんは?」
ミクラが視線を巡らす。タスクも同じように見渡すがそれらしき人物は見付けられない。
「そのヒナさんは?」
「藍色の髪に翠の瞳の可愛らしい女性です」
珍しい組み合わせだが、それだけでは探しにくい。それにこう人が多くては背の低い女性は人影に隠れてしまい余計に見つけられない。
「リュー様、マリア殿下のエスコートを」
「あんたがしたらいい。俺はヒナを探している」
「これから生涯を共にされるのは……」
「俺には関係ない」
勇者リューが従者を押し退けて無理やり会場に入っている。扉の向こうで聖女マリアが呆然と離れて行く背中を見ていた。その差し出されたままの手を取る者がいた。
「ほ、法王猊下のご入場です」
真っ白な法衣を着た法王クレイサが聖女マリアの手を取り、ゆっくりと歩くように促していた。
人々は法王の容姿にも息を飲む。四十は超えているのに老いを感じさせぬ若々しい中性的な美貌は勇者リューと同じく聖女マリアの存在を霞ませた。
ゆっくりと中には入ってくる。
タスクは法王を睨み付けた。この男を法王にするために彼の主君は亡くなった。祖国も名は変わっていないが守るのに値しなくなった。射殺さんばかりに法王を睨み付け、聖女マリアと反対側にもう一人女性をエスコートしていることに気がついた。琥珀色のワンピースを着た小柄な女性だ。可愛らしい何処にでもいる町娘に見えるが、美貌の法王にエスコートされていても不思議と場違いと思わせない不思議な感じのする女性だった。
「ヒ、ヒナさんだ」
ミクラの言葉に驚きを隠せない。ミクラの話ではヒナという女性はリューという若者の妻だ。法王にエスコートされるような身分ではない。それに勇者リューの妻だとしたらなおさら神殿の者が庇護するはずがない。
「ヒナ!」
勇者リューが直ぐ様ワンピースの女性、ヒナの側に行き、その手を取っている。
「リュー、服装に相手の色を入れるのだよ」
法王の言葉に勇者リューは着ている服の色が聖女マリアの瞳の色だと気付き上着だけでもと脱ごうとしていた。それをクレイサ法王が手で止める。
「ヒナ」
法王の言葉にヒナが躊躇いながらも動く。
「いい翠がなくてね、これで代用だ」
ぎこちない動きでヒナが藍色と緑のハンカチーフを折り、勇者リューの胸ポケットに差し込む。嬉しそうに破顔した勇者リューの顔に皆が見蕩れた。
「猊下!」
法王の行動に諌めるように声を上げるが、本人は笑みを浮かべて聞き流している。この法王が慣例に従わず好き勝手するのはいつものことだった。
タスクも信じられなかった。法王が勇者の妻を認めていることに。
「まあ、見て」
「ええ、あの服装」
「場違いだと分からないのかしら」
聞こえるように囁かれる声に勇者リューがジロリと視線を向ける。
「彼女が着られる君の色が入った服がこれしかなくてね。それに着なれない重いだけのドレスは彼女の負担になるだけだ」
法王が満足そうにヒナの姿を見て呟いた。よく見たら、ワンピースの金と赤茶の色で襟と袖、裾に細かい刺繍がしてある。
「いえ、あれはリューさんの色です」
ミクラが小さな声で呟いた。タスクと視線が合うと小さく唇を動かした。
『綺麗な琥珀でした』
何がと聞かなくても分かる。瞳の色だ。勇者になると瞳が金色に変わってしまう。法王は勇者リューの元々の瞳の色を知っていてそれを妻のヒナに纏わせたということだ。それに瞳の色が琥珀色だったとすると勇者リューの父親は……。
「猊下、勇者様は聖女様と」
使徒が法王に噛みついていた。勇者リューがその使徒を睨み付けて続きを言わせない。
「リューも魔王討伐に同行する者たちへの紹介がある。付いてきなさい。お前は彼女の椅子を用意しなさい。立ちっぱなしは体に毒だ」
法王は勇者に睨まれた使徒にそう命じると聖女マリアと共に玉座に足を進めた。勇者リューは諦めたように息を吐くとヒナの腰に手を回しゆっくりと法王たちの後に続いた。
タスクは玉座に向かう四人の後ろ姿を見つめていた。弟君の依頼はもう叶えることは出来ない。
弟君の下で働くリューという若者とその妻ヒナをこの国クスタリアから出国させ魔物被害が少ない安全な場所に連れていく。
リューは勇者リューとなってしまった。弟君の願いと違う形で彼はこの国を出国する。その旅にタスクは同行することは出来る。では、彼の妻は? この場にいるほとんどの者が勇者の隣に立つ女性へ冷たくて鋭い視線を向けている。主にこの国の者たちと神殿の者たちだ。彼女をこの国に残していけばどうなるのか、この視線が答えを教えてくれている。出入口を確認する。窓にも兵が立ち、兵の人数が増えていた。勇者が入場してから警備が厳重になっていた。
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