法王 次期法王
クレイサが神殿に来て十年が経ち十六歳になっていた。母ミーナに似た美貌は磨きがかかりクレイサは中性的な美を纏う青年となっていた。
クレイサが注目を集めているのは容姿だけではなかった。僅か十年目で司教の位に着いていた。異例の早さだ。噂の通り実家の力を使ったとしてもここまでは上がれない。その現実をクレイサも実家もよく分かっていた。
何故? と囁かれているがそれを知りたいのはクレイサの方だ。クレイサは神など塵ほども信じていない。なのに彼の位はとんとん拍子に上がっていった。務めも最低限しかせず態度も良いとは言い難いのに。クレイサより年上で信仰心も厚く務めを真面目にしている者たちにいつの間にか傅かれる立場となっていた。
クレイサと同じように整った容姿と位で注目を集めている者がもう一人いた。陽の君と呼ばれる者だ。法王自ら次代として連れて来られた彼はクレイサと違い神殿では特別な存在だった。誰もが彼の名を呼ぶことも烏滸がましいとその陽の光のような髪から陽の君と呼んでいる。本人がそのことに寂しさを感じているのにクレイサ以外誰も気づいていない。勇者や聖女と同じ特別な者として彼は扱われとても大切にされていた。彼の思いとは別に。
その陽の君と同じ位になったクレイサへの風当りはきつかった。
※神殿の階級
下級神官 上・中・下の位がある
中級神官 大司祭・司祭・助祭(副司祭)
上級神官 大司教・司教・助教(副司教)
特級神官 使徒(法王の側近)
法王 創造神の代理人
今日も最低限の務めだけは果たすためクレイサは馬車止めに向かった。
「クレイサはどこへ?」
「東」
「反対だね。私は西の地区だよ」
陽の君は五人の側仕えを連れて馬車を待っていた。側仕えたちはクレイサを刺すような視線で見ている。身のほど知らずと言いたいのだろう。
司祭以上になると地方に巡礼という視察に行かなければならない。これがクレイサには面倒だった。町や都市にある神殿に行き、管理している司祭にから直接報告を聞いてくる。報告書は毎月上がってきている。なんでわざわざ行かなければいけないと思ってしまう。おまけに大きな都市になると聖堂まで見に行かなければならない。
神殿は創造神を祀る場所。聖堂は勇者と聖女を讃える場所。というより聖女を讃え崇める場所だ。町や小さな都では神殿が聖堂の役目も担っているが、大きな都や各国の首都に造られる聖堂や大聖堂には初代聖女の遺髪が納められている。
それを初めて聞いた時、気味が悪い。とクレイサは思った。髪の毛は気に通じ念が籠りやすいという。特に女の負の念は消えにくいと聞く。わざと念を各地に撒き散らしているように思えてならない。
「先に行く」
馬車に誰が一緒に乗るかを揉めている陽の君に手で合図をして、クレイサは馬車に乗り込んだ。クレイサの側仕えは三人。そのうち二人は実家の者でクレイサの護衛も兼ねているため馬車には同乗しない。最後の一人が馬車に乗り扉が閉められる。ゆっくりと馬車が走り出した。
「行ってらっしゃい」
言い争う側仕えたちを宥めつつ、クレイサの方を見た陽の君は手を振って見送ってくれた。
「仲がよろしいのですね」
ポツリと漏らした言葉に側仕えがハッとした表情になる。失言だと思ったようだ。
「向こうが話しかけてくるからな」
仲がいいと言うほど話はしていない。ただ、書庫で共通の時間を過ごしてきただけだ。それが案外心地よかっただけでそれ以外接点らしい接点はない。それに向こうは誰にでも人当たりがいい。向こうに取ってはクレイサも大勢の中の一人かもしれない。
クレイサは目の前に座る側仕えを見た。中級の下位・助祭の三つ年上の若者。黒髪に青い瞳、クレイサや陽の君には劣るが中々整った容姿をしていた。
レイサー・ティヒト・ラーマナイ
ティヒト国の第三王子。曰く付きの血を引いているためこれ以上位が上がらないと言われている者。
「来月、あいつがティヒト国に行く。追従させてやる。どうするかを決めろ」
高齢になった法王の後継者の話が本格的になってきた。法王は最低二人以上の候補者の中から、法王を除いた助教以上の高位神官の投票で決まる。各国の権力者は本来は関係ない。だが、新しい法王に少しでも名を売り恩を着せたいがため後援を名乗り出る者が多い。今はまだ法王候補者の公表はされていないが、陽の君の後援をもう名乗っている国は多かった。
クレイサはもちろん関係ないとしたいが、実家はそうではない。クレイサを法王にするため各国に圧力をかける準備をしている。
「私に両親の説得を?」
訝しげに眉を寄せ、青い瞳で睨むように見てくるのにクレイサは苦笑する。ティヒト国が陽の君を推しているのは知っていた。
「そんなことはどうでもいい。まあ、あいつは法王にさせたくないが」
ほとんど決まっていると言ってもよかった。次代法王が誰なのか。優し過ぎる奴だが確かにあいつが相応しいとクレイサも思う。思うが法王にさせてはならないとも感じていた。
「それにどうせお前の家は潰され消される。俺を支持したとしても」
「なっ、何を仰います?」
目の前で怒りを露にするレイサーを冷たく見上げる。レイサーの方が背が高く座っていても見上げる形になってしまう。
「事実だ。既にそのように動いている」
昨日クレイサの手元に届いた資料もそうなっていた。
「お前の母は確かに勇者ルクセイトの血を引いている。それは秘匿しておくべきだった」
瞳を大きく見開いて、レイサーは固まった。
「公表したから殺される。ただ、それだけだ」
「ク、クレイサ様、さっき母が勇者の血を引いている、と」
気になる部分がそこなのか? 家族が殺されると言われているのに。
「調べさせた。勇者ルクセイトの元婚約者一家の逃亡を手助けし死を偽装したのは当時のヨークハサラだ」
実家に古い文献を調べさせた。隠語で巧妙に隠してあったが勇者に恩を売るためにそうした、と。しかし何故か魔王を討伐し国に帰還した勇者に会うことが、いやその国自体に入れなかった、と。
十一番目勇者ルクセイト。十二番目勇者アナスの時に魔王の城があったコンズトラ国の子爵家令息だった。次男であったルクセイトは領地が隣接する伯爵家に婿入りする予定であった。
婚姻するはずだった後取り娘メイサとは幼馴染でとても仲が良かった。長い婚約期間を終え、五日後に婚姻式だという時にルクセイトは勇者として覚醒した。直ぐ様二人の婚約は王命に寄って取り消された。
その時の聖女は元王弟である公爵の娘リマ。リマは国王からすぐに勇者との婚約を言われたが、魔王を倒していない子爵令息とは婚約したくないと言い、婚約は魔王討伐後となった。
ルクセイトとメイサはお互いを諦めきれなかった。王命に従わなくてはいけないことが分かっていても。二人は婚姻式が行われるはずだった日の夜に会い永遠を誓い合った。
ルクセイトはメイサに必ず妻にすると言って旅立ったと言う。聖女リマを旅の間に説得すると。
勇者の元婚約者の伯爵令嬢が妊娠しているという噂に聖女リマの生家が黙っていなかった。外交官をしていた伯爵は魔物が闊歩するなか亡命することを決めた。それを手伝ったのがまだ影として動いていたヨークハサラ家だった。
お読みいただき、ありがとうございます。
『神殿の階級』と『髪の毛と気』はこの世界特有の設定です
『神殿』と『聖堂』の区別もこの世界特有の設定です(追加)




