出発 (タキの章 終)
タキの章、終了です。
婦女暴行と虐待の表現があります。お気をつけ下さい。
次は、法王と魔王討伐の旅に同行する者たちの話です(少しお時間をいただきます)
登場人物とリューの年齢を時間軸とした年表を近日中に投稿します(ネタバレ有り)
「私はマーシャル家を出ている」
タキは最初異母兄が言った意味が分からなかった。
「もうマーシャル家の人間ではない。祖母の実家クリカンタ家に世話になっている」
「な、ぜ?」
子供も出来て後継ぎとして相応しいはずなのに。何故そんなことに。
「あの男は本当にお前に何も教えないのだな。都合の悪いことは全て」
苦笑した異母兄はますます分からないことを言う。タキは異母兄が何故出ていったのかも知らない。父のヒューベットや執事に聞いても別に暮らしているとしか教えてくれなかった。だから、そうだと思っていた。けれど、家の集まりに全く参加しないのは変だと感じていた。
異母兄は固い表情をして口を開いた。
「私と一緒にいた子供、あの子はお前の弟かもしれない」
「兄上と義姉上の子供でしょう!」
タキは信じられなかった。あの子供が自分の弟などと。母は妊娠などしていなかった。父のヒューベット? 一体誰と?
「私たち夫婦は子が出来なかった。周りはギャスタを攻め立ていたが、原因は私の可能性が高い」
ギャスタは異母兄の妻の名前だ。
「私は流感で高熱を出し死にかけている。男が高熱を出すと子が出来にくくなる」
タキが六歳の時に流行った流感だ。異母兄が高熱を出し、タキは自分が願ったからだと怯えた覚えがあった。
「だからと言って、あの子が父上の子だと……」
「嫡男に子供が出来ないとどうするか知っているか?」
タキの言葉を異母兄は遮った。その声は震えていた。
「養子を取るのが一般的だ。だが、希に妻を父親や兄弟に抱かせ孕ませることがある」
異母兄と義姉は仲の良い夫婦だった。子供のことさえなければ社交界で羨ましく思われるほどに。
「私が泊まり込みの仕事に出ている時、あの男、ヒューベットがギャスタと閨を共にしたそうだ。耐え兼ねたギャスタが泣きながら告白してくれた」
タキは言葉が出なかった。そんなこと信じたくなかった。騎士である父が、ヒューベットが息子の嫁を抱いたなどと。
それから、異母兄はヒューベットの名前を穢らわしいもののように呼んだ。異母兄の中ではヒューベットはもう父でないのかもしれない。
「ギャスタも貴族の娘だ。そういうこともあると理解はしていた。だが、受け入れられなかった」
それはそうだろうと思う。知っていても実際するのとは違う。なら、拒絶されたヒューベットは騎士として止めたはずだ。だから全て嘘で異母兄は質の悪すぎる嘘でタキをからかっているだ。きっとそうだ、そうに違いない。
「嫌がるギャスタをあの男は無理やり組み敷いたらしい。後継ぎのためだと言ってな」
「嘘だ! 誇り高き騎士である父上がそんなことをするはずがない」
激昂して立ち上がったタキを異母兄は憐れみの目で見ていた。
「本当にお前は何も見ていないのだな。お前の鍛練のこともそうだ。無茶な鍛練を容認したのはあの男なのに責任は全てお前と講師に押し付けた」
タキがあの鍛練に拘っただけでヒューベットが悪いわけではない。
タキは違うと小さく首を振った。ヒューベットはタキの意思を尊重してくれただけで、間違ったことをしていない、と言いたかった。………言えなかった。
「リアタ殿があの時止めてくれなかったら、お前は体を壊して剣士になれなかった」
グッとタキは黙り込む。騎士となった今なら分かる。あの鍛練がとれだけ体に負担をかける無謀なものだったのか。辞めさせた講師たちが正しかった。間違っていたのはタキの方だった。
「それに、タキ、私があの男を問い詰めなかったと思うか?」
タキは首を横に振った。異母兄でなくても本当かどうか確かめただろう。大切にしている妻に手をだされたのだから。タキは、タキは父に言えるだろうか? 異母兄のように何故そんなことをしたのか問い詰めることが出来た?
異母兄はタキに座るように右手を上下させた。しぶしぶタキも腰を下ろす。聞かなくてはいけない、怖くても。ヒューベットの名誉のために。
「あの男は笑って言った」
『貴族として当然のことをしただけだ』
「それを受け入れられない私たち夫婦が悪いと」
『子が出来ていなかったらまた抱いてやる。三ヶ月くらい後か? 心配するな、ちゃんと気持ち良くさせてやる』
「あの男は全く悪怯れてなかった。それどころか家のために当然のことをした、私に礼を言われるのが筋だとも」
異母兄はドンとテーブルを叩いた。これほどまでの怒りを露にする異母兄をタキは初めて見た。
タキは信じられなかった。だが、異母兄はこんな嘘を吐くような人ではない。どちらを信じていいか分からない。
「だから絶縁状を叩き付け屋敷を出た。お前に挨拶が出来なかったのが心残りだった」
手紙を出したが届いてないだろう?
そう言われてタキは頷いた。この二年間、異母兄からの手紙は一通も見ていない。
「たぶん、私が出した絶縁状も処理されていないだろう。お前に″もしも″が遇った時の保険にあの子を残しておくために」
あの男らしい。と異母兄は乾いた笑い声を上げる。そして、思い通りにさせない。と呟いていた。
「で、でも兄上、あの子供が本当に父上の子供かどうか分からないのでは?」
ヒューベットが本当に義姉を抱いたとしてもその種であるのか確認する術はないはずだ。異母兄の子供でもヒューベットに似て当然だ。
「祖母の家系は男児が病弱な者が多い。祖母の兄も母の従兄弟もその息子たちもそうだった。だが、あの子は健康そのものだ」
タキには医学的なことは分からない。異母兄が調べに調べて辿り着いた結論だろうと思うしか。それでもタキは父をヒューベットを信じたかった。
「信じられないか……。お前にとってあの男は絶対だったからな」
そんなタキの心情を読み取ったのか、異母兄は嘲るように口元を歪ませた。タキは何と返していいか分からない。
異母兄が嘘を吐いているとは思えない。けれど、父が、騎士であるヒューベットがそんなことをしたとも思いたくなかった。
「じゃあ、ついでに教えてやる。お前がどうして生まれたか。お前もこれは気付いているだろう?」
タキは不思議だった。成長し貴族社会を知る度に母がどうして父・ヒューベットを選んだのか。
庶子とはいえ公爵令嬢であった母ナタリが成人してすぐにヒューベットの愛人のような立場になったことが。嫡子として認められていた。仮令後妻でも初めから正妻として嫁げたはず。十歳以上年上の妻子持ちを選ぶ必要などなかった。もし母が選んだとしても公爵家が簡単に許すはずがないのに。
異母兄は嘲りの笑みを浮かべたまま話し出す。
「知っての通り私の母は二人目を生むことが出来なかった。だが、家のためとはいえあの男が自分以外の女性と子を作ることを許さなかった。祖父は病弱な私を危惧していた。あの男は武人として出世する後ろ楯が欲しかった。前ワマーシル公爵は騎士として後を継ぐ武人の息子が欲しかった」
今のワマーシル公爵は武の道に進まなかったからな。
現ワマーシル公爵は文官として重要なポストについている。武人としての才がなかったからだ。
「祖父は諦めたが、前ワマーシル公爵とあの男は諦めなかった。祖父も母もワマーシル公爵家には逆らえず、妊娠したナタリ殿を受け入れるしかなかった。ナタリ殿とお前はただあの男の出世のために利用された。お前が勇者に成りたいというのを応援したのも自分の名が高まるからだ。今は剣士の父だと威張っているそうだぞ」
タキも薄々は分かっていた。祖父母が存命の時からマーシャル家の婿であるはずのヒューベットが力を持ち過ぎていたことに。前ワマーシル公爵が後ろにいたからだ。
タキは両親からだけは望まれて生まれてきた子だと思っていた。それが揺らぐ。本当に父と母は自分が生まれるのを望んでいたのか、と。
「ああ、あの男、今度は勇者を怒らせたそうじゃないか」
嘲笑いながら言われたことにタキは反論した。異母兄の友人には騎士の者もいる。誰か知らないが漏らしたのだろう。確かにやり過ぎたのは否めないが、あれは勇者らしくない勇者が悪い。溜めに溜め込んでいた不満を異母兄にぶちまけた。
タキの話を静かに聞いていた異母兄はせせら笑った。
「お前もあの男と同じだな」
「なっ!?」
普段、父と似ていると言われることはタキにとって誉だった。だが、今回言われたのは決していい意味でないのはタキでも分かった。
「自分の考えを押し付け、勇者を自分たちの型に無理やり填め込もうとしている」
「違う! 勇者は」
「その勇者の今まで生きてきたこともお前は否定している。それにさえ気づけていない、愚か者だ」
勇者の今までを否定などしていない。勇者として目覚めたのなら勇者らしくするべきだと言っているだけだ。
「そもそもお前、勇者の妻があの男が言ったような悪女だと感じるのか?」
違う。あの女性はヒューベットに聞いていたのと全く違った。けれど、いまだに勇者の妻として勇者に大切にされている。勇者は聖女と会っているのに。
「幸せになるために選んだ女性、勇者となっても思いが変わっていないのに勇者だから間違いだ? 別れないのは勇者の意思だ、なのに妻でいる女性が悪い? そんなこと勇者が受け入れられるはずがないだろ」
「だ、だが、勇者は聖女と結ばれて皆幸せに…」
「ああ、勇者もその女性も苦労されるだろう。そのおかしな戯言で」
異母兄は盛大に息を吐いた。タキはムカついた。神殿も認めていることを戯言と言い切ることに。
「戯言ではない!」
「では、どう幸せになるんだ? ギャスタはあの男に穢されたことが無くなるのか? あの子が私の子供になり病弱となり季節が変わる度に体調を崩すのか? それとも私とギャスタの子と分かる子供が生まれるのか?」
タキは目を見開いた。答えられない。義姉の過去が消えるのか? 子供が病弱になることが幸せなのか? 新しい子が生まれたら今の子供は? どれが異母兄一家の幸せなのか分からない。
タキが言葉に詰まっていると、ノックする音が聞こえた。異母兄が扉を少し開け、外にいる者と話している。小声で話しているが誰かが暴れているようなことが漏れ聞こえてきた。
「兄上?」
「ギャスタとあの子が鉢合わせし、ギャスタがあの子の髪を燭台の火で燃やそうとしたらしい」
髪があの男に一番よく似ている。ギャスタが嫌悪しているんだ。
「大事に至らなかったがあの子が怯えて私を呼んでいるそうだ」
疲れた声の異母兄の言葉に絶句する。タキが知っている義姉はそんなことをする人ではなかった。
異母兄は慌てて帰り支度をしている。
「タキ、お前は自分で考えて動かなければ、そのうち取り返しのつかないことをするぞ」
支払いは済ませておく。と異母兄は部屋を出て行こうとする。
「……、あ、にうえ…、兄上はあの子を愛してますか?」
ドアノブに手をかけて動きを止めた異母兄の体に力が入ったのが分かる。
「………。ギャスタの産んだ子供だ。……、愛したい…と思っている」
異母兄はドアの向こうに姿を消した。言葉の間は異母兄の葛藤の証だろう。
何故、こんなことに。
タキは頭を抱えて動けなかった。異母兄に聞かされたことがグルグル頭の中を回る。どれが真実か分からない。
心配した店員が声をかけるまでタキは動けないでいた。
魔王討伐に出発する日となった。
「タキ、立派に役目を果たしてこい。そして、勇者の目を聖女、マリア殿下に向けさせるのだ」
ヒューベットはタキの両肩に手を置き、後半は小声でタキにそうなるよう言い聞かせた。
タキはヒューベットに聞けなかった。ヒューベットに異母兄のことを。聞いても答えは分かっていた。
『貴族として当たり前のことをしただけだ』
それで異母兄は絶縁を決め、義姉は心を病み、母親に愛されない子供が出来た。それを知ってもヒューベットはきっと弱い奴らだと笑うだけ。
「分かりました。尽力します」
タキはこう答えるしかなかった。それ以外の答えをヒューベットは求めていない。だから、それしか答えられない。
「尽力では駄目だ。必ずだ」
ヒューベットはそう念を押して離れていく。その背中を見ていられなくて、タキは勇者たちの方に視線を向けた。勇者は女性と別れを惜しんでいた。仲睦まじい二人の姿が目に入る。
「ヒナ、行ってきます」
「行ってらっしゃい、リュー」
「必ず迎えに行くから無事でいて」
「無事で帰ってきてね。待っているから」
名残惜しそうに抱擁を解くと勇者はまだ膨らんでいない女性のお腹にそっと手を当てた。女性もその上に手を重ねている。
異母兄の言葉が甦る。
『思いが変わってないのに』
勇者に信頼されてない自分が勇者の気持ちを変えられるのか? 自信がない。それでもしなければならない。父が正しいのだから。
「タキ殿、ご無事をお祈りいたします」
「タキ、無事で帰って来い」
リアタとケイサがタキの側に来ていた。
無事に。ヒューベットからは言われなかった。タキはそれに気が付いた。みんな無事にと言われているのに。
「ヒナ様は人質です。リュー様に魔王を倒させるための」
タキの視線の先に気が付いたのだろう。リアタが悲しそうに呟いた。
人質? 国王は城への滞在を許した。特別待遇だ。人質ではなく保護だ。リアタは間違っている………。それに旅から戻ったら、勇者は聖女と………。タキはそうなるように努力しなければならない。
勇者は女性に手を振り馬を進ませる。タキは勇者の隣に並んだ。その後ろを王女マリアが乗る馬車が続く。護衛の騎士と神官兵、冒険者たちは配置に付き、王女のお付きの者たちの馬車、そして荷車が動き出す。
勇者は魔王討伐の旅に出発した。
お読みいただき、ありがとうございます。
この世界は三年子供が出来ないと女性の方が色々言われます。男性の方に原因があると思われるのは希です。異母兄は婚姻八年経っています。
誤字脱字報告、ありがとうございます。
賢者サーフと対面を果たしていました。魔力温存で姿を現したり隠れていたりしています。




