王都
怪我人の応急処置が終わるとタキたちは王城へ真っ直ぐ続く南門から入らず、騎士の宿舎がある東門へ回り王都に帰還した。出発した町より王都の方が近かったからだ。魔物の襲撃で全員綺麗だった服は汚れ怪我人も多数出ていた。その姿はとても見窄らしく、華々しく勇者を入城させる目論見は見事に破綻した。
団長たちの話し合いの結果、馬車が壊れ遅れた時に魔物の襲撃を受けたことになった。騎士団が悪女とはいえ戦えない女性を見殺しにしようとしたなど報告出来るはずがなかった。騎士団の権威に関わる。
女性を護衛していた騎士たちは謹慎処分、直属な上司である第一騎士団長サライが降格となった。第一騎士団長は副団長だったネルシンが就任し降格したサライが副団長となった。副騎士団長の座は勇者が魔王討伐に出発してからとなる。リアタが騎士たちの処分が軽すぎると抗議したが、勇者を思っての行動だと聞き入れられなかったらしい。
タキはリアタと同じ意見だった。護衛の任を放棄した罪は重く騎士団を除名し投獄してもよいくらいだ。だが、騎士団長の父が決めたことに口出し出来なかった。その父、ヒューベットは忙しいとタキは面会を申し込んでも無視されていた。勇者が言っていたことをヒューベットの口から説明してほしかった。
二日後、勇者たちと共にタキは城に向かった。通されたのは小さな謁見の部屋だった。
壇上の玉座には国王と訪問中の法王が座り、一つ下の段の右側には王太子夫妻、左側に聖女である王女マリアがいた。右の壁際に騎士団長であるヒューベット、第一騎士団長になったネルシン、副団長サライ、左の壁際には第五騎士団長リアタ、副団長のケイサが立ち並ぶ。タキは悩んだがヒューベットたちが並ぶ右の壁際に立った。
勇者の入場に壇上の者たちは誰もが息を飲んでいた。特に国王と法王が目を剥いて驚いている。特に法王は顔色を失い震えていた。王太子妃と王女は勇者の整いすぎた容姿に頬を赤らめている。
法王は用事を思い出したと神官を呼んで早々に部屋を出て行ってしまった。その従者も勇者の姿を見て一瞬固まったが、震える法王を支えて部屋から連れ出して行った。
「リューといいます。こちらは妻のヒナです」
勇者と女性は玉座の真っ正面に跪き名乗っていた。
「ゆ、勇者は聖女と婚姻して幸せをもたらすのではないのか?」
王太子の驚いた声が部屋に響く。国王は勝手に発言した王太子を諌めることはせず、勇者にも自由に発言することを認めた。
「私には大切な妻がいます。私は己の幸せを掴みとるのに精一杯、そこに他の者の幸せなど荷が重すぎます」
タキは驚いて勇者を見た。勇者の口調が違う。昨日までのような喧嘩腰ではないことに。まともに話せるのではないか。タキたちには礼を尽くす必要はないと言いたげな態度にまた腹が立つ。
「それから私が望む幸せは一つでございます。愛しい妻、ヒナと静かに暮らすこと」
勇者は隣にいる女性を心底愛しそうに見詰めた。これ以上大切な者はいないと言いたげに。
タキは王女マリアの方を見た。悲しげな表情で勇者を見ている。こんな表情をさせて勇者は何も感じないのだろうか。
「ほう、そなたの望みはそんなものなのか?」
国王が下らぬと言いたげに問いかけしている。確かに富も栄誉も手に入れられるのに女性と静かに暮らすとは欲が無さすぎるとタキも思う。
「はい、それだけでございます。約束いただけるのなら魔王を倒すことに尽力いたしましょう」
タキはその言葉に唖然とした。勇者なら魔王を倒すことは当たり前なのに約束をしなければしないなど勇者として何を考えているか分からない。
「ほう、約束、とな」
国王の声も低くなる。
「はい。私も魔物や魔王と戦うのは怖くて堪りません。けれども妻との未来を約束して頂けるのなら、それを乗り越え必ずや魔王を倒してみせましょう」
タキが死を覚悟した黒竜を一撃で倒した勇者が魔王を怖いだと。圧倒的な力を見せておきながら、恐怖を感じている? タキにはそんなこと信じられなかった。
「………。分かった。魔王を倒すまで奥方は城で預かろう。生活を保証する」
しばらく考えた後、国王は重々しくそう告げた。
タキはギュッと手を握りこんだ。なんでこんな奴が勇者なんだ? 許せなかった。
「リュー。我が娘にして聖女であるマリアだ」
王女マリアが少し前に出て、美しいカーテシーを見せる。そして頬を赤らめて勇者に柔らかな笑みを見せた。タキはその美しい笑みに見蕩れほぉとそっと息を吐いた。
「マリアと申します」
「リューです。魔王との戦いではよろしくお願いします」
勇者は淡々として答えていた。王女マリアの方をチラリと見た視線に熱はない。それどころか挨拶は済んだとばかり隣で震えている女性を気に掛けている。王女マリアは勇者の素っ気ない態度に体を震わせて悲しげに目を伏せている。その姿がまた痛々しい。
「城に部屋を準備した。出発まで体を休めるがよい」
「ありがとうございます」
王族が退出したのを見て、タキは勇者に詰め寄った。扉が閉まるまで王女マリアは勇者を気にしていた。
「あの態度はなんだ!」
勇者はタキを一瞥しただけで、緊張で立てなくなってしまった女性を甲斐甲斐しく介抱している。
「マリア殿下が微笑まれていたのに」
「リュー」
タキの言葉に女性が不安そうに勇者を呼んだ。勇者と聖女の恋物語を思い出したのだろう。勇者は安心させるように女性に微笑んだ。愛情溢れる笑みだ。見ているタキの顔も赤くなってしまうくらい魅力的な。
「不思議なくらい何も思わなかった。ふーん、て感じ。あれだけ周りが言ってくるから強制的な何かがあるのかって身構えていたけど」
勇者はほんとに何もなかったと肩を竦めている。タキの方が動揺した。聖女と会ったのに勇者が何も感じなかったと言っていることに。王女マリアは一途に勇者を見詰め続けていたのに。
「そ、それにあんな約束」
女性を支えながら勇者がタキに不思議そうに聞いてきた。
「あんた剣士だったよな。あんたは怖くないのか?」
何故こんな質問をされるか分からない。タキは怖い。魔物を倒せる力を手に入れたが勇者に比べ弱すぎる。こんなので魔王討伐がやっていけるのか、と。強い魔物に簡単に殺されて終わるのではないか? それでも騎士の矜持で見栄を張った。
「私は騎士だ」
「そう。俺は怖い。怖くて堪らない。自分が死ぬのも魔王を倒せなくてヒナが死ぬのも」
勇者の弱音をタキは信じなかった。この強い勇者が冗談を言っているとしか思えない。
「けど、俺はヒナのために戦う。ヒナを守りたいから。他の奴なんか知らない」
そう言って勇者は迎えに来た従者の後をついてタキの前から去って行った。
「ふん、傲慢な奴だな」
いつの間にか隣に立っていたヒューベットが忌々しく呟いた。
「タキ、私は間違ったことをしておらん」
あの馬車の件だと分かった。
ヒューベットは間違っていなかった? タキはそう思えない。だが、それを口に出来ない。口にしてもヒューベットの方が若造のタキよりも正しいのだから。
「リュー様に直々に紹介した護衛が起こしたのに? リュー様はお優しい。ヒナ様はもっとお優しい。許さなくてもよいのに私の謝罪を受け入れて下さった」
では失礼します。リアタもそう言うと一緒の場に居たくないと足早に部屋から出ていく。ケイサが何か言いたそうにタキを見ていたが頭を下げてリアタの後を追って部屋を出ていった。
「煩い奴め。何故私が頭をさげなければならぬ」
ヒューベットは盛大に舌打ちすると扉に向かって歩き出している。タキはその大きな背中を見詰めた。
リアタは勇者に頭を下げていた。勇者が殺そうとしたのは第五騎士団の除名予定の騎士だったらしい。二人に近づくなと厳命してあった騎士の暴走。リアタは上司としての責任で女性にも頭を下げたと聞いた。騎士団を纏める父の責任は? タキはそれを問うことが出来なかった。
城に上がると仲睦まじく庭を歩く勇者と女性を見るがタキから二人に近づくことはしなかった。視線を逸らすと切なそうに勇者を見詰める王女マリアの姿を度々見かけた。
大聖堂で行われた勇者の祝福もタキは極力勇者に近付かなかった。勇者は相変わらず女性を大切にしていた。王女マリアの視線はいつも勇者を追っており、その視線に気づかない勇者にタキは腹を立てていた。
魔王討伐の出発が近付くなか、タキは街に出かけていた。剣士になった途端に出来た婚約者への贈り物を買うためだ。分家の伯爵令嬢、薄紫の髪と瞳をした大人しそうな女性だった。五歳下のため、魔王討伐の帰還後、婚約者が成人していたら婚姻することになっている。
勇者になるため今まで婚約者はいなかった。だからかこんな時、何を贈ったらよいのかタキには分からない。
無難にアクセサリーとお菓子と思うが、知り合ったばかりで好みも分からない。宝飾店で店員に薦められるまま流行っていると聞いたネックレスを購入した。店を出ようとした時、通りに見知った顔を見つけてタキは慌てて追いかけた。
「兄上!」
それは、二年前、タキが長期遠征中に屋敷から出て行った異母兄だった。
異母兄は小さな男の子を抱いていた。髪がタキより明るい赤で異母兄、いや父のヒューベットと同じ色をしていた。きっと異母兄の子供だろう。
「タキ?」
異母兄は驚いた顔をしてタキを見ていた。
「兄上の子供ですか?」
人見知りをするのか異母兄の胸に顔を埋めている。タキは甥の顔が見たいのにこれでは見られない。
子供が生まれているのなら、義姉も石女と嘲笑されることもないだろう。マーシャル家の後継ぎも安心だ。
「義姉上は? 一緒ではないのですか?」
子供が出来ず苦しんでいた義姉にお祝いを言いたい。
タキの前にいる異母兄は悲しげに眉を下げ小さく息を吐いた。
「タキ、お前は何も知らされていないのだな」
タキはどういう意味か聞こうとしたが、異母兄は首を横に振った。こんな往来で話すようなことではない、と。
異母兄は一緒にいた従者に子供を預けるとタキを店に誘った。そこは個室があり、商談などによく使われる店だった。
「タキ、剣士に選ばれたらしいな。おめでとう」
席に着くなり異母兄に言われた言葉は嬉しかった。嬉しかったが勇者との力の差に素直に喜べなかった。
「勇者を目指していたのに剣士だったから悔しいのは分かる。だが、剣士も一人しか選ばれない唯一の存在だ。凄いことだと思う」
仲が良かったとはいえない異母兄にそこまで言われてタキは照れながらお礼を言った。ありがとう、と。
お茶が運ばれ、店の者が立ち去ると異母兄は砕けた姿勢を正し真っ直ぐタキを見て告げた。
「タキ、私はマーシャル家を出ている」
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次でタキの章最終話です
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