行進
閑話騎士団2ー4のタキがメインの話です
28話違い、後半に勇者と聖女のことが神殿で聞けること、本の勇者が長剣の理由を書き足しました。話には影響ありません(2022/02/02)
翌日、タキは真新しい騎士の正装に袖を通した。
勇者の存在を民に知らしめるため、この町から王城へ行進して入城することになっている。あんな奴のために、という思いはある。けれど、あんな奴が勇者なのだ。
外に出ると勇者がいる方で何か揉めているようだが、タキは近づかないようにした。あの勇者と平行して走らなければならない。嫌な気分になるのは遅ければ遅い方がいい。
だが、馬に乗り体に合う騎士の服を着て現れた勇者にまた見惚れてしまった。タキはこの勇者が見掛けだけはとてもいいことだけは認めることにした。
何回も後方を気にする勇者が鬱陶しかった。
「馬車が見えない。止めてくれ」
「その分遅くなります。早く王都に入った方が安全です」
何度も繰り返される会話にうんざりする。最後尾にいる馬車を真後ろに移動させたくなるくらいに。
「騎士団が守っている」
タキは馬車は第一騎士団の精鋭が警護を担当すると聞いていた。一番安全なはずだ、強い魔物に襲撃されない限りは。
「信用できない。騎士団に何回もヒナは害されている。魔物の前に連れ出されたこともあった」
「騎士を馬鹿にするのか! 無力な女性にそんなことはしない」
騎士を侮辱する発言もタキは許せなかった。いくら勇者を誑かす悪女だといっても戦うことの出来ない女性だ。害するなど騎士道に反する。誇り高き騎士団に席を置く者がするはずがない。
黒い点でしかなかった王都の門がはっきりと見えてきて、タキはホッとした。この苦行もあと少しだ。
「魔物だ!」
その声にいち早く勇者が馬首を反転させ、後方に駆けていく。
タキは面倒なことになった、と思った。このまま王都に入ってしまった方がいい。馬なら魔物を振りきれる。殿の馬車も魔物が多くなる前に王都に入れるだろう。
直ぐに勇者を追いかける。騎士たちも勇者が後ろに行かないように進路を塞いでいた。
「リュー様、王都に向かわれますよう。魔物は我らが食い止めますので」
父ヒューベットの言う通りだ。タキは引っ張ってでも勇者を王都に向かわせようと思ったが。
「馬車の姿がない! ヒナをどうした!」
勇者の言葉に後方を確認する。隊列から離れた場所に馬車が止まっていた。止まっているのだ、遅れているのではなく。
馬車の近くで動いているのは見えるのは二人。剣を振り回しこちらに向かってこようとしている。だが、その二人は騎士だ。護衛対象である女性の姿はその近くに見えなかった。
何故? 何故悪女がいない?
あり得ない状況にタキの思考が止まる。
『信用できない』
勇者の言葉が頭に浮かぶ。そんなことはあってはならないのに。何故?
はっと気が付くと金色の光に包まれた勇者が馬車に向かって駆けて行く。タキも慌てて後に続いた。
タキは勇者との力の違いに目の当たりにして唇を噛んだ。勇者が乗る馬はタキのと同じ普通の軍馬だ。だが、その馬は魔物を踏み潰して駆けて行く。タキが乗る馬はそんなことは出来ない。勇者は一振りで複数の魔物を葬るのにタキは一匹がやっとだ。
これが勇者と剣士の違い……。
呆然としている暇はなく、タキは襲いくる魔物を斬っていく。手を止めたら魔物に殺られる。圧倒的な力の違いに打ちのめされながらも剣を振るうしかなかった。悔しい。これほどまでの力の違いが。
魔物を葬り勇者は馬車を目指しているが、敵が多すぎて進めない。
「邪魔だ!」
勇者の振った剣の軌跡が金の光となって残る。魔物は二つに裂け消えていく。勇者の前に道が出来る。やっと隊列の最後尾に来た。魔物の大群で体制は崩れ至る所で騎士たちが悪戦苦闘していた。
「リュー様、まず体制を整えましょう。このままでは騎士団が」
「何故、ヒナを殺そうとした者たちを助けなきゃいけない?」
サライの言葉に冷たく勇者が返す。タキは違うと言いたかった。悪女だからと殺すようなことはしない、と。だが、今のこの状況をタキはうまく説明することが出来ない。
「そこにいるヤツ、ヒナの、馬車の護衛についていたはずだ」
タキはチラリとその者を見た。サライの隣の騎士は第一騎士団の中で精鋭の部隊にいる者だ。ヒューベットが馬車の護衛に付けたのなら納得出来る実力の持ち主だった。だが、今、何故ここに? 長時間の移動でもない。交代は必要なかった。
「ヒナに何かあったら、あんたたちを許さない」
勇者は道を切り開き馬車に向かっていく。勇者との出来た隙間に魔物が群がり、後に続けなくなった。
「なんだ、あいつは!」
タキは勇者に追い付こうと剣を振った。魔物の群に一人で行くなどいくら勇者でも無謀行為だ。早く応援に行かなければならない。
「彼らが馬車の護衛に当たっていたのは本当だ」
「馬車が壊れて、そ、それを報せに」
サライの言葉に弾かれたように騎士が答える。タキはそれを信じたかった。だが、その答えはリアタの怒声ですぐに覆された。
「なら、誰が代わりに馬車へ? それに何故連絡がなかった!」
むくりと考えたくない答えが頭に浮かぶ。タキはそれを振り払うように剣を振った。
「最後尾ここに来るまでに馬車の護衛をしていた者で顔を見なかったのは二人、お前ともう一人だけ。今、護衛の騎士が一人だけだと! あり得ないではないか!」
あってはならないことに手が止まってしまった。タキに飛び掛かってきた魔物がいる。剣はもう間に合わない。サライが叩き落とした魔物に止めを刺した。
「あ、悪女がいなくなれば、勇者も……、ぎゃぁ!」
まるで罰を受けたように騎士の顔に魔物が張り付いた。
だが、タキは騎士が言いことも分かる。勇者には勇者らしくなってもらわねばならない。けれど、今回はやりすぎだ。間違っている。
「戦えない女性を置き去りにするのが騎士なのか?」
リアタの言葉にその通りだとタキも思う。
「どちらにしろ、勇者は聖女と結ばれる。早く始末出来ていいではないか」
タキはヒューベットを見た。タキに騎士とは、と説いていた父の言葉とは思いたくなかった。
何故? とタキが問いかける前に急に辺りが暗くなった。見上げると黒竜がタキたちを見下ろしていた。
突然現れた巨大な魔物に騎士団はパニックとなった。タキではこんな巨大な魔物を倒せる自信がない。死を覚悟した。
「どけ!」
空に金の光が走った。分厚い雲が裂け、黒竜の体にも光の線が走る。その体が左右にズレたと思うと二つに分かれボロボロと崩れていった。
タキたちの周りを囲んでいた魔物たちも土埃をあげながら崩れていく。
「勇者だ!」
「勇者の力だ!」
騎士団から歓声があがる。勇者を、巨大な魔物を一撃で倒した勇者を見ようと馬車の方に顔を向けて固まった。
馬車は悲惨な状態だった。開いた扉から魔物が崩れて出来た土山が零れ落ちている。馬車の周りには魔物が崩れて出来た大小の土山がある。この状態なら中に乗っていた者は絶望的だろう。
「お前か?」
勇者が一人の騎士に剣を向けていた。離れていても感じる勇者の怒気。ビリビリと空気さえも震えていた。その騎士の側には腕を失い呻いている違う騎士がいた。
「さ、さすが勇者様。竜を一撃で倒すなんて」
その騎士は嬉しそうに興奮して勇者を称えている。勇者の怒気を感じないのだろうか?
「許さない」
「わ、私は勇者様のことを思って…」
騎士の言葉に勇者の怒気が増す。
「誰が頼んだ」
地を這うような低い声だった。自分に言われたわけでもないのにタキは体を震わせた。
「お、女に騙されて…」
「騙されてなんかいない。ヒナは俺の妻だ!」
ゆっくりと勇者が騎士に近づいて行く。止めたいのに勇者の怒気で誰も動くことができなかった。だから、誰も気付かなかった。馬車のすぐ側の土山が震えていたのに。
「勇者様は聖女様と…」
「勝手に決めるな!」
ビシっと大地が割れる。勇者の怒りを表すかのように。
「で、でも、みんな…」
「作られた勇者を俺に押し付けるな。俺は生きている人間だ。神殿やお前たちが作った偶像じゃない。俺には俺の意思がある!」
タキはその騎士を庇いたかった。やったことは間違いだが、勇者を思ってやってのことだと。お前が勇者らしくないから間違いなのだと。
「お、お待ち下さい」
勇者を止めた者がいた。馬車の側に満身創痍の騎士の姿があった。タキはその者に見覚えがあった。昨日、勇者とその妻を部屋に案内していた騎士だ。
「リュー様が人を傷つけたら、ヒナさんが悲しみます。だから、どうか…」
顔を歪めながらその騎士が体を起こす。その下から女性の体が姿を現す。
勇者の体から怒気が消えた。体を縛り付けていた何かが消えた。
「ヒナ!」
勇者が女性に駆け寄り抱き上げていた。タキのすぐ側からリアタが呆けている騎士の方へケイサたち第五騎士団の者たちが傷だらけの騎士に駆け寄っていく。
呆けている騎士がリアタに殴られている。ロープを持った騎士がリアタの方に走る。殴られて地面に転がった騎士を縛るのだろう。
「ヒナ、ヒナ。良かった、生きてる。ジフターさん、ありがとう」
勇者は女性の体を確認して満身創痍の騎士に泣きながらお礼を言っていた。
「勇者が泣くなど。無様極まりない」
そんな声が聞こえたが、タキは泣いて女性の無事を喜ぶ勇者が少しも無様に見えなかった。
「ま、もれ、て、よ、かった、です」
満足そうに満身創痍の騎士はゆっくりと倒れていった。ケイサたちが急いで応急処置をしている。その姿がタキにはとても眩しく見えた。
「ご機嫌を取りに行ってくるか」
深いため息と共にヒューベットが勇者の元に歩いていく。その後ろ姿をタキは呆然と見送った。機嫌を取りに行く。そう言った意味が分からない。
「リュー様、ご無事で何よりです。しかし、大切な身、無謀なことはお控えください」
ヒューベットが勇者に近づき声をかけていた。タキには父ヒューベットの背中しか見えず、どんな表情をしているか分からない。
「あんたは言った」
勇者は再び怒気を纏い、ヒューベットを睨み付けていた。
「精鋭をつけるからヒナは大丈夫だと」
「………」
「それから、あんたは知っていた」
「私はヒナ様を害するようにとは命じてません」
ヒューベットの言葉にタキはホッとした。騎士たちの暴走だったのだと。上司として責任はあるが、ヒューベットの計画でなかったことに。
「ああ、そうかもしれない。だが、あいつらがこうすることを知っていた。知っていて止めなかった」
微かにヒューベットの肩が揺れたことがタキにはショックだった。
「旗で俺から馬車を見えにくくし、途中で速度を上げた。俺を馬車から離し、あいつらの計画が成功するよう手助けた」
何度も馬車が付いてきているか確認していた勇者。その危惧は正しかった。
「あんたを、あんたたちを二度と信用しない」
勇者はケイサの呼び掛けで女性を抱き上げたまま歩いていく。
「ヒナ様がリュー様から離れないのでは有りません。ヒナ様を誰にも任せられないからです。だからリュー様はヒナ様から離れない。ヒナ様を守るために」
いつの間にかタキの側に来ていたリアタがそう呟いていた。その声はこの先の未来を知っているかのように悲しげだった。
お読みいただき、ありがとうございます。
節分です。鬼もコロナも何処かへ行ってしまえ!と豆まきを子供にさせる予定です




