相見
後半部分、閑話騎士団1と同じです。
タキサイドの話となります。
祈りが光の矢となってタキの頭上を通りすぎていく。タキのことなど見向きもせず一直線に海がある方向へ。
タキは歪んだ笑みを浮かべた。この期に及んでまだ勇者になれると思っていたのか。手の平には剣士の証がある。タキは剣士にしかなれなかったのに。
タキはもう一度空を見上げた。もう祈りの光は見えない。あの方向に飛んでいったのなら、第五騎士団か第七騎士団の担当地区に勇者がいるのだろうか?
光を追いかけて行けないことにもどかしさを感じながら、タキは報告が来るのをただ王都で待つしかなかった。
数日後、次々と早馬が報告書を持って王都に戻ってきた。遠方からの伝令は魔物がいる中を強行で駆けてくるため、傷だらけの者がほとんどだった。
「第五騎士団が勇者を保護したそうだ」
騎士団長となったヒューベットが二枚の報告書を見比べながら呟いた。部屋には第一騎士団長サライと団員の騎士たち、そしてタキがいた。
タキはホッとした。あのリアタが団長を務める第五騎士団なら勇者に失礼なことなく王都に連れてくることが出来るだろう。それに第五騎士団の副団長は従兄のケイサだ。何も心配することはない。
「勇者には厄介な配偶者がいるらしい」
部屋の雰囲気が一瞬で不穏なものとなる。
「聖女様が、マリア殿下がいらっしゃるのに?」
誰かが呟いた。タキも同じことを口にしそうになっていた。
「婚姻したのは二年前だ。まあ仕方あるまい。我ら貴族も婚約者の成人と共に婚姻することがほとんどだ」
ヒューベットの言うことは分かる。分かるがそこにいるほとんどの者がこう思った。その厄介な配偶者が騙してか無理やり勇者と婚姻したのだと。覚醒する前とはいえ勇者が聖女以外の者を選ぶなどあり得るはずがない。勇者は聖女を選ぶはずなのだから。
「我が儘者で勇者も手を焼いているらしい。夫が勇者と分かった途端、妻の座にしがみついている」
穢らわしいものでも見たようにヒューベットが吐き捨てる。その通りだ。勇者のためにも妻の座を降りるべきなのに。神殿が離婚を認めていなくても何か手はあったはずだ。いや、勇者の婚姻なら神殿も無効を認めてくれただろう。
「陛下も法王猊下も勇者のご家族は王都に連れてくるように、と命じられた」
ヒューベットの言葉に部屋にいた者たちが顔を歪める。その妻も勇者と共にこの王都に向かっているということだ。
「我らは勇者が万全な状態で魔王討伐にしなければならない」
一枚の報告書を握り潰しながら、ヒューベットは部屋にいる者たちにそう告げた。その通りだと皆頷く。タキ以外の者たちはその言葉の意味に気が付いていた。
騎士団の副団長でもあるサライはヒューベットが握り潰しゴミ箱に捨てた報告書を拾い上げた。それはリアタからの報告書であった。それを一読すると主の居ない席を軽蔑の目で見た。植え付けられ増幅せさせた悪意をもう消すことは出来ない。しっかり根を張り次の悪意の種を撒き散らしている。サライは悪意を向けられる者を哀れと思うしかなかった。
騎士団が次々と王都に戻る中、勇者のいる第五騎士団だけは予定の日程を大きく過ぎても到着しなかった。何回か第五騎士団から伝令が届いたが、タキたちがヒューベットから教えられたのは勇者とその悪女の名前だけであった。
勇者の遅い到着に騎士団内で噂が飛ぶ。妻と名乗る者が旅の邪魔をしている、と。天候が悪いのも魔物が出るのも悪いことは全て勇者の妻にしがみついている女、悪女のせいだと噂するようになっていた。
タキは王都に近い町に来ていた。この町に第五騎士団が寄るだろうとヒューベットが言ったからだ。王都は目の前なのにこんな近くに泊まるなど、悪女の我が儘に違いない。口にはしないが誰しもがそう思っていた。
第五騎士団が町に入った連絡を受け、宿の前で待つ。タキの目にリアタやケイサの顔が映る。その表情がやけに険しかった。
薄汚れた馬車が宿の前に止まり、男が降りてきた。
タキは息を止めた。今まででこれほどまで美しい者を見たことがない。勇者とは容姿までも素晴らしいものなのか。目を奪われ視線を動かすことが出来ない。だが、その者の手に小さな女性の手が重ねられた時、その視線は嫌悪を露にし刺すように鋭く変わった。
悪女と言われた女は一見そんな風には見えなかった。大人しそうで今の状況に怯えているように見える。服装も平民にしては上質な物だが、噂通りの悪女が着るには地味過ぎて、勇者の妻の服にしても質素過ぎた。そして、時折、勇者と目を合わす姿は二年前に屋敷から姿を消した異母兄夫婦と同じように見えた。
悪女を庇うように目の前に立つ勇者は敵意を露にタキたちを睨み付けてきた。タキが視線を動かすと諦めた顔をしたリアタ、悲痛な表情をしたケイサが目に入る。何故勇者にそんな目で見られるのか、二人がそんな顔をしているのか分からない。
「確かに俺はあの金色の光で瞳の色は変り、騎士よりも魔物を早く倒せてる。けど、俺はあんたたちが思い描いている勇者じゃない」
険を含んだ勇者の言葉にタキはムッとする。勇者は勇者だ。なのに何故こんなことを言うのだろう。悪女の影響だろうか?
「それはどういう意味ですか?」
思い描いた? 選ばれた勇者のなのにこちらが勇者を押し付けているように聞こえる。そんなことなどしていないのに。
「そのままだ。あの本に書いてある勇者を俺に強要されても困る」
タキは意味が分からない。本に書いてある? 勇者は魔王を倒せる特別な存在。神殿が配った本の通りではないか! 勇者は魔王を倒し、この世界に平穏を与え、聖女と共に幸せをもたらす。そう教えられてきた。そう信じている。それの何処が間違っている?
「だから、それがどう……」
「勇者リュー様、この者は剣士タキ。私の息子でありますが、勇者リュー様の仲間となる者。どうぞお見知り置きを」
隣に立つヒューベットに言葉を遮られ、紹介されたためにタキは仕方なく頭を下げる。こんな勇者に頭など下げたくない。だから、挨拶は口から出なかった。
タキは悪女と足早に去る勇者の背中を思わず睨み付けた。だが、悪女を気遣う勇者の姿が子供が出来ず石女と嘲笑されていた義姉を庇う異母兄の姿と重なり目を瞬く。勇者は悪女に辟易しているのではなかったのか? すごく大切にしているように見える。政略で結ばれたが仲の良かった異母兄夫婦と重なるなど不思議で堪らなかった。
だが、始終喧嘩腰の勇者の態度には腹が立つ。こちらは何もしていないのに。それに出迎えたことに礼の一言もなった。勇者だからとこちらを見下しているのだろうか。
「では、リアタ。我らも参ろう」
ヒューベットの言葉でタキも部屋に向かって歩き出した。勇者がどういう人物かしっかり聞かなければならない。
歩いている間に勇者の態度にふつふつと怒りが積もり、タキは部屋に入るなりヒューベットに憤りをぶつけた。
「父上、あの勇者の態度は何なのですか!」
勇者のくせに。勇者なのに思い描いている勇者じゃないって? 言っている意味が分からない。
「勇者じゃない? あの瞳、どう見ても勇者でしょう!」
タキが変わると思っていた金色に輝く瞳。強い力を感じた。あの瞳になりたかった、なれると思っていた。
「リアタ、説明出来るか?」
タキはリアタの説明に納得いかなかった。
勇者になったのだ。勇者としての自覚を持ち、行動するのは当たり前だろう。
「リュー様は我々が思っている勇者としての自覚はされていません。それどころか周りに勇者なのだからとあれこれ強要され、勇者であることを嫌悪されています」
こともあろうか勇者になったことを嫌がっているなど到底許せることではない。
「私がその性根を叩き直してやる」
勇者とは何かはっきりと分からせてやる。痛い目に遇わせてでも。
「タキ、頭を冷やせ。リュー様はただの町民だったのだ。我々のような騎士や兵じゃない。守られるのが当たり前の存在だった。いきなり勇者だ、魔王討伐へと言われても戸惑うのは当たり前だろ」
「ケイサ、それでも勇者だ! 勇者なら戦うのが、それが当たり前だ」
タキはケイサも許せなかった。あれほどタキが勇者になるのを応援してくれていたケイサがあんな勇者をどうして庇うのだ!
「そう言ってほとんどの者がリュー様を勇者だからと追い詰めました。二年前にヒナ様と結婚したのも間違いだった、と」
リアタの言葉もタキは受け入れられない。勇者には聖女が、王女マリアがいるのだから。
「当たり前だ! マリア殿下がいらっしゃるのだから!」
タキは間違ったことを言ったつもりはなかった。だが、リアタの視線はタキが勇者になるために無理な鍛練をしていた時のように哀れむものに変わっていた。そんな目で見られる理由が分からない。
「タキ殿、本気でそう言いますか? 二年前、勇者でなかったリュー様が選び選ばれて結婚した相手を間違いだと。二年前、勇者になることを知らないリュー様がヒナ様と幸せになろうとしたのは間違いだった、と」
そうだ、間違いだ! とタキは胸を張って言いたかった。けれど、言えなかった。勇者の姿が子供を生めないくせにと嘲笑う視線から義姉を守る異母兄と重なった。勇者と異母兄では違うはずなのに。
けれど、勇者は聖女と……。
「頭を冷やしてきます」
ヒューベットが了承したのを確認し、タキは部屋を出た。一人になりたかった。あんな奴が勇者なんて認めたくない。けれど、あんな奴が勇者に選ばれてしまった。タキではなく。
「タキ、話がしたい」
「悪い、一人になりたいんだ」
呼び止めるケイサの声にタキは振り向きもせず、自分の与えられた部屋に向かった。
だがこの時以降、お互いすれ違いタキはケイサと話すことが出来なかった。タキが焦心したケイサから話を聞くことが出来たのはずっと先のことだった。
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