出会い
リューがこの港町に来て数年が経った。背が伸び適度な筋肉が付いたリューは荷運人として立派に働いていた。
ある日、親方のルハに誘われて町の奥にある子豚亭という店に行った。美味しいと評判の食堂でリューが一度は行ってみたいと思っていた所だった。
「ルハさん、お久しぶり。ちょっと待っててね。片付けるから」
声をかけてきたのはリューより一・二才年下の女の子だっだ。あんなの運べる? というくらい大量のお皿をバランスよく積み上げて危なげ無く運んでいく。テキパキ動く姿は見ていて飽きなかった。
「はい、奥のテーブルにどうぞ」
「ヒナちゃん、おすすめは?」
「どれもだよ。今日は新鮮な魚が入ったけど」
声も凄く可愛くてリューはその子から目が離せなかった。藍色の髪にクリクリっとした翠の瞳、鼻の頭にあるそばかす、女の子はそばかすを嫌うと聞いているけどリューはそれがとても可愛いと思った。
「俺は魚で、こいつは例のを食わしてやってくれ」
「大盛?」
隣のテーブルを片付けながらも打てば太鼓のように小粋のいい返事が返ってくる。
「俺はな。こいつは並で。よく食うヤツだがここの大盛はな」
「初めてならまずはアレを堪能してもらわないと。パンでお腹が膨れたらいけないから」
弱々しい奴と思われたくなくて大盛とリューは言いそうになったが、自分を見る彼女にボーと見惚れてしまった。その間に彼女は机の上を片付け厨房へ戻って行く。料理を持って厨房から出てきて運んだら、空いたお皿を持って厨房へ。クルクルと休む間もなく動き回っている。見ているリューの方が目が回りそうだ。
「やっと春か?」
クックッと笑うルハをジト目で睨み付け、リューは火照る顔を手で扇ぐ。暑いのは店の熱気にやられたせいだと思いながら。
「はい、お待たせしました」
リューの目の前に大きなお皿が置かれる。スープから飛び出した塊肉から目が離せない。リューの握り拳より大きな肉がドンと皿の真ん中に鎮座している。こんな大きな肉の塊、リューは初めて見た。
「ヒナちゃん、食べ方、説明してやって」
「はーい。お肉はよーく煮込んであるのでスプーンで切って食べれます。お肉をそのままでもパンに乗せて食べても美味しいですよ。残ったスープはパンにつけて食べてくださいね。じゃあ、ルハさんのもすぐお持ちしますね」
パッパッと説明して彼女はテーブルから離れて行く。もう一回とリューが頼む隙もなく。
「ほい」
ルハからスプーンを渡されてリューは恐る恐る肉の塊に当ててみた。スゥーとスプーンの重みで肉の中に入っていく。感動だ。こんなに軟らかい肉なんて。
一口よりちょっと大きくなったけど、口にほおりこんだ。
「おい、熱いぞ!」
熱い。けど口の中で噛んでもないのに肉が溶けていく。肉汁? 煮汁? の味が口の中に広がる。美味しい、凄く美味しい。
リューは夢中になって食べた。パンに乗せて食べるとパンに肉汁が移りこれまた美味しい。肉の塊が無くなってもスープも絶品で。気がついたら洗ったようなお皿が目の前にあった。
「お気に召したようだな」
呆れ顔のルハがいた。
「わぁー、お客さん、綺麗に食べてくださったのですね」
感嘆の声にリューの顔が赤くなる。夢中になりすぎて恥ずかしい食べ方をしていなかったか不安になった。
「ヒナちゃん、こいつがリュー。俺んとこの一番の色男」
色男と言われてリューは焦った。そんな遊び人みたいに言われて誤解されたら困る。誤解って誰に?
確かにリューは父親似で整った顔をしている。それに加え背も高くなり荷物運びで鍛えられた体、迷惑なことに女性から声をかけられることも多くなっていた。
「確かに格好いい人ですね。ヒナです。また食べに来てくださいね」
ヒナにニッコリ笑ってそう言われ、リューは真っ赤になってコクコク頷くしかなかった。
「ヒナちゃん、こいつ、仕事一筋で女の子に免疫がないから手加減してやって」
「えー、その言い方、私が慣れているって言いたいんですか?」
「ヒナちゃんは俺たちおっさんで慣れてるし」
「そ・れ・は、接客、仕事です」
コミカルに続く会話がうらやましい。リューはこんな風に話せない。ジト目でルハを睨んでしまう。ルハはそんなリューの視線を面白そうに目を細めて受け止めている。
じゃあ、とヒナがお皿を片付けて厨房に戻ろうとしている。リューは勇気を振り絞った。
「ヒ、ヒナさん!」
「は、はい!」
声が裏返ってしまったけど、返事をしてもらえた。嬉しい、けどドキドキする。
「とても美味しかったです。ご馳走さまです」
そう言うと明るい声で答えてくれた。
「ありがとうございます。ご贔屓にしてくださいね。リューさん」
ヒナが少し頬を赤くして嬉しそうに笑って答えてくれた。その笑顔にリューはまた見惚れた。
「ほれ、リュー。帰るぞ」
「親方、お金!」
「今日は奢りだ。それからな、アレ、食べる価値はあるんだが、ほれ、あの肉の塊だ。懐に響く」
会計の値段を見て、リューは目を丸くした。リューが食べた肉のシチューはルハが食べた魚料理の倍以上していたからだ。けれど、その値段にも納得がいく。あれほど美味しかったのだから。
「親方、ありがとうございます」
「あぁ、頑張ってるからな。ご褒美だ、ご褒美。俺も駆け出しの頃に同じようなことをしてもらったからな。じゃあ、また明日な」
部屋を借りている建屋の前でリューはルハに頭を下げた。ルハはここよりもう少し海よりに家を借りて住んでいる。離れて行く後ろ姿にリューはもう一度頭を下げた。あんな風になりたいと。
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