現実
タキの章1話目(25話)割り込みで出生を追加投稿しました(2022/01/31)
28話違い、29話現実、二話連続投稿です
「準備が出来たようです」
リアタに言われて鍛練場を見ると姿見用の鏡が用意されていた。鏡は中央で上から下へ太い線があるように見える。近づいて見ると中央で間を開けて二枚の鏡が嵌め込まれていた。
「頭の上から下へ、真っ直ぐに振り下ろす鍛練をします。左右の鏡に剣が写らないように心掛けて下さい」
そんなこと凄く簡単だ。こんな軽い剣なら何百回でも振り続けられる、と思う。
「まずはケイサ殿が二百回終わられるまで一緒に」
タキは剣を構えた。離れた場所でケイサも同じように鏡の前で剣を構えている。ケイサより多く振ってやる。
「始め!」
左右の鏡に写らないように振るのが難しかった。剣の幅に合わせて鏡が嵌め込んであるようで少しでもズレるとどちらかに写り込んでしまう。
「止め!」
肩で軽く息を吐きながら、タキは剣を止めた。いくら軽くても回数を振ればそれなりに疲れてくる。それが鍛練出来たという感じでとても気持ちがいい。
タキは剣を置いて、水を飲もうとした。手が震えてコップがうまく掴めない。何故だか手に力がうまく入らない。
「タキ、ゆっくり手を握って、開いて」
先に休憩していたケイサが掴み損ね倒れそうになったコップを止めてくれていた。
「うん、ゆっくり、少しずつ握り込んで、またゆっくり開く。繰り返してみて」
そんなことで直る? と思いながらもケイサの声に合わせてゆっくり指を折り曲げて伸ばすを繰り返す。手の感覚が少し戻ってきた。
「あの剣での鍛練が一番嫌い」
ケイサがボソッと呟いた。
「軽すぎてさ、すっぽ抜けないように握ってしまうから余計に手に力が入るんだ」
タキはそおうと渡されたコップを両手で受け取った。両手じゃないと落としてしまいそうだ。
「休憩すると力を入れすぎてたからブルブル震えてさー、何か持とうと思ってもなかなか持てない」
タキは持っているコップを見た。ケイサが言っている通りになっている。落とさないように両手で持っているけれどその水面は今も波打っている。気をつけていないとすぐに手の力が抜けて落としそうだ。水を一口飲んですぐに机の上にコップを戻した。
「で、剣が鏡に写らないように、だろ。腕にも変な力が入ってたみたいで次の日が死ぬんだよなー」
腕が痛くて上がらない。そう言ったケイサを信じられないと目を見開いてタキは見てしまった。あんなに軽い剣なのに? そんな風になるとは到底思えない。
「けど、タキはやっぱり凄いな。私が初めてあの剣で鍛練した時は何回も(剣を)離してしまったのに」
キラキラした目でケイサに見られ、タキは嬉しくて、そしてとても恥ずかしかった。それは左右の鏡に剣が写らないように気をつけて振っていたから。だから、ケイサより回数が少なかったから剣を離さなかっただけ。
「だから、すぐこの剣になった」
ケイサが使っていた剣には紐がついた。素振りの時はその紐を手首に巻いて剣が飛んでいかないようにするそうだ。
「これ、剣が飛んで行かないのはいいのだけれど、剣が手から離れると何処に飛んでくるのか分からなくて当たったら痛いんだよ」
さっきも頭に当たってさー、とケイサは武勇伝をタキに聞かせてくる。一番当たって痛かった場所、股間と聞いた時、タキは体を震わせ十分気を付けようと誓った。
「二人とも十分休憩となりましたかな」
リアタの声にケイサが深々と息を吐いたがスタッと立ち上がった。
「素振り二百回してきます」
慣れた手付きで紐を手首に巻き付けて、鏡の前に向かっている。
「タキ殿、次はこの位置で素振りをしていただきます」
鏡には一本の横線が引かれていた。
「剣が左右の鏡に写らないのはもちろんのこと、左右どちらの肩もこの線を越えないように気をつけて三十回素振りをして下さい。出来れば両肩が同じ高さで」
リアタに初めて会った時、右肩が下がり重心がズレていると言われた。だから、気を付けていた。けれど、さっきの素振りの時、どんどん左右の肩の高さが違ってきた。それに合わせて剣も鏡に写るようになった。
「剣が鏡に写ったり、肩が線を越えたのは回数に入れません」
タキはただ三十回剣を振るだけなら楽勝だと思った。けれど、その二つを気を付けて振るとなるとさっきより気を付けないといけない。けれど、たかが三十回、早く終われるはずだ。
「鏡に近いため、こちらの剣を使用していただきます」
リアタから渡された剣にはケイサのと同じように紐が付いていた。リアタが巻き方を説明しながら、タキの右手首に紐を巻き付けていく。
「きつくしてはいけません。血の流れを邪魔しないように、けれど手からは抜けないようにします」
紐がタキの手から抜けないことを確かめるとリアタはその場を離れ手を上げた。
「では、始め!」
ちょっとでも気が抜けない。剣が鏡に写らなかったら、どちらかの肩が線を越えている。従者が数える回数が増えていかない。もう三十回以上振っている。けれど、半分も数がいっていない。
「止め!」
タキはその場に座り込んだ。たかが三十回、されど三十回。やっと振り終えた。最初の素振りより多く振ったのではないだろうか。けれど、気持ち良かった。手がさっきよりジンジンしている。見たら皮が捲れていた。実感する、やっと鍛練出来たのだと。
「おや、皮が剥けていますね」
傷を洗われたところまでは良かった。リアタがケイサに塗った軟膏を出した時点で手を閉じて逃げようとしたが、リアタの方が早かった。
タキは言葉にならない悲鳴をあげた。
タキはスッと目を開けた。見慣れない天井が目に映る。視線を動かし、数日前から自室となった部屋だと認識する。
「はぁ」
右腕で目を隠し息を吐く。すごく懐かしい夢を見ていた。ただ勇者に憧れて、勇者になれば何でも叶うと思って、勇者になることを決めた頃の。
腕をずらし右手の平を凝視する。金色に光る剣の形をした痣。この痣が出来て数ヶ月経つがまだ見慣れない。神官曰く、剣士の証だそうだ。
あれは、聖女の力に覚醒した王女マリアの警護で大神殿に赴いた時だ。タキの目の前に現れた金色の剣。それは伸ばした右手のひらに吸い込まれるように消え、その痣が残っていた。
それから扱う剣が光を纏うようになり、手こずっていた魔物が一撃で倒せるようになった。
タキは勇者になれなかった。勇者になるつもりだったのに勇者に選ばれなかった。
「はぁ」
再び息を吐く。
タキは勇者候補の筆頭だった。聖女の祝福を与えるためにこの国を訪れている法王も婚約者も恋人もいないタキが勇者になることを望んでいたようだった。
だが、タキは勇者になれなかった。勇者に選ばれなかった。タキが勇者となるには何かが足りないようだが、何が足りないのかは誰も分からないようだった。
神殿は勇者の覚醒を促す祈りを捧げる準備をしている。騎士団は覚醒した勇者を見つけるために各地に赴いている。
第二騎士団から第一騎士団預かりとなったタキは王都担当だ。祈りは光となり勇者に向かって飛んでいくらしい。神殿から出た光を追えば勇者に会えるということだ。
その祈りの日が近付いてきている。
タキがなれなかった勇者になる者はとても素晴らしい者なのだろう。タキなど足元に及ばないくらい。その勇者をタキは剣士として支えなければならない。
それはとても名誉なことのはずなのに何故かため息が出た。
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