憧れ
タキの章は不定期になりそうです。
なるべく早く投稿出来るようにしますm(__)m
25話に割り込み『出生』を投稿しました。
(2022/1/31)
この話は26話になります。
練習を鍛練に変更しました。
(2022/1/31)
「えい!」
小さな男の子が大きな鍛練用の刃を潰した剣を持って、同じく鍛練用の剣を手にした青年に切りかかっていく。体に合わない大きな剣を片手でヨロヨロと扱う姿は可愛らしいと言うより、心配の方が大きい。男の子が足にでも落としたら、剣の重みで怪我でもしそうだ。
「いきますよ」
トンと青年にそっと剣を当てられたことで男の子の手から剣が落ちる。今まで老年の講師だったがタキには教え方が合わず、今回父であるヒューベットの部下が講師となっていた。
「しっかり持っていないと少しの衝撃でも剣を放してしまいます。まだ手が小さいのだから、両手で持つほうが安定します」
青年は男の子が落とした剣を拾い上げ、柄の方を差し出した。
「けど、勇者は…」
朱色の髪をした男の子は拗ねたように唇を尖らせ剣を受け取っている。勇者は片手で剣を扱える。
「勇者は大人です。体が大きくなるまではそれに合った鍛練をしないと体に負担がかかり痛めてしまいます」
青年が諭すように言うが、男の子の青い瞳は不満を隠そうとしない。
「タキの好きなようにさせろ。そのやり方を考えるのも講師の役目だろ」
聞こえてきた声に青年は舌打ちしそうになるのを辛うじて堪えた。
男の子より濃い朱色の髪をした武骨な男が鍛練場に現れた。青年の上司に当たり、男の子の父の第一騎士団副団長ヒューベットだ。このマーシャル侯爵家の当主でもある。
「父上!」
タキと呼ばれた男の子が心強い味方が来たことに嬉しそうな声を上げる。青年は自分がもう第一騎士団にいられないことを悟った。
「また講師が替わったそうだな」
タキは八歳年上の異母兄から言われた意味が分からなかった。確かにタキに剣を教えてきた騎士はまた新しい者になった。それは教えてくれた青年が下手くそだったからだ。だから、タキは手首を痛め暫く剣を持てなかった。
「お前が手首を痛めたのも、止めたのにお前が大きな剣を使いたがり、講師をしてくれた騎士の言うことも聞かず、無茶な稽古したからだろうが」
そんなことはない。確かに剣を教えに来る者たちは、一番小さな鍛練用の剣をいつもタキに勧めてくる。タキはまだそれだと。タキは勇者のように、いや、勇者そのものになりたかった。勇者は小さな剣なんか使わない。だから、大きな剣が使いたかった。だから、そうしただけなのに何で悪いと言われないといけないのだろう。
「俺は、勇者になるために…」
「お前、あの後、彼がどうなったのか知っているのか?」
言葉を遮り放たれた異母兄の問い掛けにタキは首を傾げる。講師が代わったことしかタキは聞いていなかった。
「父に剣を折られ、騎士団を退団した」
タキは息を飲んだ。剣を折られたということは、二度と剣を持てなくされた、利き手を使えなくされたということだ。
「お前の我が儘が騎士を潰した。勇者になりたいのなら、無理なことは無理と悟り我が儘を止めるんだな」
異母兄はギロリとタキを睨み付けて、背を向けて自室へ歩いていった。
タキはギュッと手を握った。父のヒューベットはタキは悪くないと言っていた。教え方が下手な講師の方が悪いのだと。だから、タキは悪くないはずなのに剣を折られたと聞いて凄く悪いことをした感じがする。あの青年はタキが勇者になったら護衛の騎士として付いてきてくれると言ってくれたのに。
けれど、タキは違うと首を横に振った。父が嘘を吐くはずがない。タキは悪くないのだと思い直す。そもそも病弱な異母兄は騎士になれない。騎士になれないということは勇者も無理だ。だから、勇者になるタキを妬んで意地悪を言ってくる。きっとそうに違いない。タキはそう思い込んだ。
講師が変わる度に異母兄から嫌なことを言われる。タキはうんざりしていた。忙しい父に講師は頼めない。もう一人で稽古した方がマシだと思い始めていた。
タキが六歳になったその年、質の悪い流感が流行った。マーシャル家では意地悪な異母兄だけその流感にかかった。罰が当たったんだとタキは思った。いつもタキに意地悪ばかり言うから、異母兄だけ流感にかかったのだと。一時期異母兄が危ないと聞き、タキはそこまでの罰を望んでいなかったと恐怖した。異母兄はどうにか一命を取り留めた。だが、体はますます病弱になってしまった。
その年、タキより一つ下の側室から生れた王女の手首に聖痕が見つかった。聖女が見つかった。タキは興奮した。聖女がいるなら、勇者も必ずいる。勇者に成れる! と思ってますます稽古に力を入れたが剣のどの講師も長続きしなかった。今回が駄目ならもう講師はいい。とタキは父に言うつもりだった。
「マーシャル家のタキ殿ですね」
会ったのは父より年上と思える人だった。茶色い髪のタキとは違う青い優しい瞳をした人だ。
「リアタ・ヤーシャルと申します。第五騎士団に所属し、伯爵位を賜っております」
十まである騎士団で、番号が小さくなるほど尖鋭となる。タキは不満だった。教え方は下手くそだが、今までは一番尖鋭の第一騎士団にいた者やいる者が講師だった。
リアタはまずタキの実力を見ると言って、いつも通りの鍛練をさせた。
「タキ殿、本当に勇者になりたいのですか?」
リアタは膝をつき、タキと視線を合わせると悲しそうに言った。それが勇者になれないと言われたみたいでタキには頭にきた。けれど、口を開く前に言われてしまう。
「その鍛練法を続けていたら、体を壊し騎士にもなれないでしょう」
タキは頭の中が真っ白になった。勇者と同じようにしているだけなのに騎士にもなれないと言われたことに。
「リアタ! お前、何てことを申すのだ!」
息を切らせて鍛練場に現れたヒューベットが怒声を上げたが、リアタは呆れたように軽く肩を竦めて立ち上がった。
「ヒューベット殿がご子息の才能を潰したいとしか思えません」
「何だと! 希望に沿った教えをするのが雇われた者の役目だろうが!」
ヒューベットが食って掛かるがリアタはタキを悲しそうに見ると諭すように口を開いた。
「ええ、そのためにまず基本を。その体に合った鍛練法で。無理に大人の鍛練をさせるなど体を壊させ使い物にならないようにする、勇者を目指すタキ殿に取って悪意の行為にしかなりません」
タキは呆然と聞いているしかなかった。今までのやり方が間違っていると言われたことに。
「うるさい! 皆、何も言わなかった。間違っているとも」
タキは父であるヒューベットに賛同した。その通りだ、どの講師も父に言われたら何も言わなくなった。いや、言った者は交代させた。
「そうでしょう。ヒューベット殿、貴殿がタキ殿に合わせるようにと言えば、古参の者はそれは無理だと辞退し、若い者たちはそれがどれだけ間違っていようが口にすることはできないでしょう」
タキはリアタの言葉に違うと言いたかった。父が正しいから皆何も言わなかったのだと。けれど、口が重くて開かない。
「な、何だと! 教える実力がなかったのに私のせいとするのか!」
「なら、貴殿が教えられればよい。タキ殿が望むやり方でご子息の才能を父である貴殿が潰されたらよいであろう。自分が教えられないのに他の者に責任を押し付けるでない」
タキは期待して父を見た。父に教えて欲しかった。けれど、ヒューベットは悔しそうにリアタを睨み付けている。
「タキ殿は無理やり重たくて大きな剣を片手で振り回そうとするため、体が傾き重心がズレている。今も真っ直ぐ立っているつもりだろうが右肩が下がり斜めになっている」
タキは自分の体を見回すがそんな感じはしない。自分の影が目に入った。左右の肩の高さが違うように見えるけど、日の当たり方で変わるから…。
再びリアタがタキの前に膝をついた。
「タキ殿、私はケイサ殿に剣を教えております」
タキはケイサという名に覚えがあった。母方の一つ上の従兄弟がその名前だった。
「ケイサ? ワマーシル家の?」
「さよう。ケイサ殿と一緒に稽古をしてみませんか? まずは見学から」
お誘いしますね。
そう言ってリアタは帰っていった。
タキは父からの言葉を待っていたが、ヒューベットは何も言わず仕事に行ってしまった。
数日後、ワマーシル公爵家から手紙が届いた。
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