騎士団1
続きます
リアタは諦めたように息を吐いた。もう少しだけ時間が欲しかったが無理のようだ。宿の前に立つ、厳めしい顔の騎士団長ヒューベットの姿にどう説明すべきか思案する。リアタの中でもそのことについてはまだ推測でしかなかった。
「ご苦労であった、リアタ」
「ヒューベット閣下、有り難きお言葉、感謝いたします」
リアタは頭を下げ、馬車から降りてくる二人を待った。
ほう。と周りから息を飲む声が幾つも聞こえる。リアタ自身も勇者を初めて目にした時、その整い過ぎた容姿に驚いた。そして、一瞬で雰囲気が変わったことが周りを見なくても分かる。勇者が親身になって気遣う女性に対して、出迎えた騎士たちが難色、いや怪訝から刺すような視線を向けたのが。
「騎士団長をしております、ヒューベット・マーシャルと申します。
勇者リュー様とヒナ様で相違無いでしょうか?」
女性を気遣いながらヒューベットの前まで来た勇者は、鋭い視線を周りに向けながら頷いた。
「確かに俺はあの金色の光で瞳の色は変り、騎士よりも魔物を早く倒せてる。けど、俺はあんたたちが思い描いている勇者じゃない」
戸惑いが広がる。ほとんどの者が勇者が何故そんなことを言ったのか分からなかった。
勇者とは魔王を倒せる唯一の特別な者。世界のために魔王を倒す使命を進んで遂行する英雄、人々の尊敬と羨望を集める存在、それが勇者のはずだった。
「それはどういう意味ですか?」
険のある声で問いかけたのはヒューベットの隣に立つ若い騎士。ヒューベットの息子であり、剣士に選ばれたタキだ。朱色の髪と青の瞳、騎士らしく精悍な顔をしている。
「そのままだ。あの本に書いてある勇者を俺に強要されても困る」
金色の瞳でタキを睨み付けると勇者は冷たく言った。タキも負けじと勇者を睨み付けている。
「だから、それがどう……」
「勇者リュー様、この者は剣士タキ。私の息子でありますが、勇者リュー様の仲間となる者。どうぞお見知り置きを」
ヒューベットがタキの言葉を遮り仲間の剣士だと紹介した。魔王討伐の仲間である勇者と剣士が言い合いなど始めたら民の不安を煽るだけになる。何としても止めなければならなかった。
「リュー様、ヒナ様がお疲れ様でしょう。部屋に案内させます」
リアタはヒューベットからの視線を感じ、優しくリューに提案した。敬称を変えたのは上司であるヒューベットに合わせてだ。勇者と女性が嫌がってもこれからは様で呼ぶことになる。
ジフターが前に出てきて、勇者と女性を宿の中に連れていく。前を通っていく女性を第一騎士団の者たちは厳しく冷たい目で見ていた。
その視線にリアタはため息を噛み殺すしかない。第一騎士団に女性のことがどう伝わっているか分からないが良くない方だと予想できた。
「では、リアタ。我らも参ろう」
「御意」
ヒューベットの後ろを歩きながら、リアタはどう説明するべきか頭を悩ませていた。
「父上、あの勇者の態度は何なのですか!」
部屋に入るとタキがヒューベットに噛みついていた。
「勇者じゃない? あの瞳、どう見ても勇者でしょう!」
部屋には騎士団長であるヒューベット、副団長でもあり第一騎士団長でもあるサライ、剣士タキ、リアタ、ケイサの五人だ。
「リアタ、説明出来るか?」
リアタは息を吐いてからゆっくりと口を開いた。
「リュー様は、あの時、勇者の瞳と魔王を倒す力は手にされました」
ヒューベットは予想していたのか納得したように頷いた。
「リアタ殿、それはどういう意味ですか」
タキは分からなかったようだ。リアタに説明を求めてきた。
「我々、いえ、勇者を望む者たちはあの金色の光に選ばれた者は勇者としての自覚があり、魔王を倒すことを当たり前とする者と思っておりました。その前提自体が間違っていたのです」
リアタの説明にタキが首を傾げている。勇者となるように育てられたタキには理解し難く受け入れられないことだろう。
「リュー様は我々が思っている勇者としての自覚はされていません。それどころか周りに勇者なのだからとあれこれ強要され、勇者であることを嫌悪されています」
「なっ!」
タキに怒りが籠った視線をリアタは受け止めた。勇者になるために厳しい鍛練を受けてきたタキには信じられない、そして許せない話だろう。彼の今までの努力を嘲笑っているようなものだ。
「私がその性根を叩き直してやる」
肩を怒らせて部屋を出ていこうとするタキを慌ててケイサが止めていた。
「タキ、頭を冷やせ。リュー様はただの町民だったのだ。我々のような騎士や兵じゃない。守られるのが当たり前の存在だった。いきなり勇者だ、魔王討伐へと言われても戸惑うのは当たり前だろ」
「ケイサ、それでも勇者だ! 勇者なら戦うのが、それが当たり前だ」
頭に血が上ったタキにはケイサの言葉は届かないようだ。
「そう言ってほとんどの者がリュー様を勇者だからと追い詰めました。二年前にヒナ様と結婚したのも間違いだった、と」
「当たり前だ! マリア殿下がいらっしゃるのだから!」
リアタは憐れみの籠った目でタキを見た。タキはキッとリアタを怒りの眼差しで睨み付けている。
「タキ殿、本気でそう言いますか? 二年前、勇者でなかったリュー様が選び選ばれて結婚した相手を間違いだと。二年前、勇者になることを知らないリュー様がヒナ様と幸せになろうとしたのは間違いだった、と」
視線を逸らしたのはタキだった。咎めるリアタの言葉に思うところがあったようだ。それでもマリア殿下がいらっしゃるのに…と小さく呟いているが。
リアタは視線をヒューベットに移した。眉間に皺を作り何かを考えている。それがあの二人にとって最善であるようにリアタは願わずにはいられなかった。
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