第五騎士団4
ジフターはそっと扉を叩いた。
「ジフターです。入ってもよろしいですか?」
ガチャと鍵が開きドアノブが回る音が聞こえ、心配そうな勇者が顔を出した。
「食べ物を持ってきました。ヒナさんはどうですか?」
手に持つ篭の果物が見えるように見せ、入室の許可を待つ。
「リュー、大丈夫だから」
弱々しい声が聞こえる。女性の体調はまだ悪いようだ。
どうにか入れるくらいに開いた扉から部屋の中に入る。青い顔をした女性がベッドに座っていた。勇者が直ぐ様気遣うように女性の側に立って甲斐甲斐しく世話を焼いている。
マクロの暴走から勇者はますます騎士たちから距離を取るようになった。それはおかしいと言う者もいるがジフターは仕方がないことだと思う。自分の妻が同じ目に遭ったのなら、マクロを殴った自覚がある。
勇者が踏みとどまったのはこの女性が止めたからだ。
「ごめんなさい。私のせいで」
旅足が遅くなったことに女性が謝ってくるが、それも仕方がない。女性にしてもそれは予期していなかったことだ。だから、一部を除いては誰も何も言わなかった。
最初、女性の体調不良は魔物に襲われそうになったショックからとみんな思っていた。特定の臭いに反応するそれにジフターは一年前の妻の様子を思い出した。
「私の妻はお腹が空いたと沢山食べようとして気持ちが悪くなり全部吐いてました。だから、少しだけを何回かに分けて食べられたほうがいいですよ」
「ありがとうございます。ジフター様」
四ヶ月前に出産したジフターの妻も妊娠初期は悪阻に苦しんでいた。お腹が空いたのに食べられないと愚痴り、普通に食べられるジフターに八つ当たりをしていた。ジフターが気を使って食べないようにすると騎士なんだから食べなさいと怒り出し食べてる姿を見て気持ち悪いと騒ぎ出す。あの時、ジフターは自分がどうすればいいか分からずオタオタしていた。今の勇者と同じように。
ジフターは生まれたばかりの子に会うことが出来た。勇者は生まれてくる我が子に直ぐ会うことは出来ないだろう。勇者は王都に着けばすぐにでも魔王討伐に出発することになる。魔物の襲撃が増えているからだ。子供が生まれるまで延ばすことなど不可能だった。魔王の城がある場所まで半年、往復で一年は最低かかる。平和な場合で。勇者は子供が生まれるまでに帰ってくることも出来ない。騎士の中には遠征中に子が生まれることがあるが、ほとんどの者が申請をして遠征の時期を変更している。大勢いる騎士だから出来ることで、代わりのいない勇者はそれが出来ない。それを哀れと思うことはジフターには許されなかった。
「では、また何かあったら声をかけてください。ヒナさん、少しでいいですから必ず食べてくださいね」
ジフターはそう声をかけて勇者たちの部屋を出る。長居はしないようにしている。もうすぐ離ればなれになってしまう二人の時間を邪魔したくないからだ。
悪阻の酷い女性のためにゆっくり王都に向かったとしてもあと二日で着いてしまう。残された時間は本当に僅かとなっていた。
「ジフター、配達終わったの?」
ジフターが割り当てられた部屋に戻るとマクロがいた。王都で除名されるマクロともあと少しでお別れだ。
「あの女もさー、妊娠なんて巫山戯てるよなー」
「ヒナさんが妊娠したのは、リュー様が勇者になる前だよ」
妊娠はすぐには分からない。悪阻が酷くなって気がつく場合のほうが多い。
マクロは相変わらずあの女性は勇者を誑かす悪女だと思い込んでいる。ジフターが何度も諌めマクロを諭そうとしても聞く耳を持たない。
女性の妊娠が分かり、出産したばかりの妻がいるジフターが勇者と女性に関わることになった。勇者と接するようになり、リアタ団長が言っていた通り勇者も自分と同じただの普通の男だと分かった。まるで一年前の自分を見ているようだった。
妻の妊娠に喜び、悪阻に苦しむ妻にオロオロし、体調を心配し、自分がいつも側に、いや勇者は魔王討伐に行くため側にいられないことをとても不安に思っていた。本当に本当に勇者は普通の人だった、ジフターと変わらない普通の妻を大切にしている普通の人。ただ魔物を倒す力が強いだけの。
「それでもさー、普通は遠慮するべきだろ」
ジフターはマクロが言う普通が分からない。勇者だと分かっていない時に遠慮するなんて普通は思うはずがない。二人は夫婦として暮らしていたのだから。
「どうやって? リュー様が勇者となると誰も分かっていなかったのに?」
「そ、それは虫の知らせとか、第六感とか…。とにかくあの女が勇者の子を生むなんて烏滸がましいんだよ!」
マクロの言葉にジフターは呆れるしかない。烏滸がましいのはマクロの方だ。何も考えず、何も分かろうとせずにただ吠えているだけだ。
「マクロ、君は人の言葉も自分の言葉もよく考えたほうがいいよ。そして、発した言葉には責任が伴うことも」
ジフターの言葉にフンと鼻を鳴らしマクロは布団を被ってしまった。
ジフターは嘆息した。マクロの言葉に賛同する者がまだ少なからずいることをジフターは知っている。そして、マクロが女性がいなくなれば勇者の目が覚めると思い込んでいることも。
王都まで後少し。このまま何も起こらなければいい。
ジフターはそう思った。
本当ならゆっくりでも夕方には王都に着ける距離だった。リアタ団長は女性の体調を気遣い、まだ日の高いうちに王都に近い町に宿を取ることにした。
そこには剣士となったタキと第一騎士団が到着が遅い勇者を迎えに来ていた。
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次話、騎士団 で閑話は終わりです
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