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金の瞳の勇者 ー勇者の呪い 連載版  作者: はるあき/東西
閑話 王都に行くまで
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第五騎士団2

 第五騎士団、副団長ケイサ・ワマーシルは憤っていた。勇者の態度に、だ。

 今は街道の途中にある町で休憩中だ。勇者は自称妻と馬車を降りて、団員から剣の稽古を受けている。自称妻を気にしながら。団員が自称妻を勇者の目の届かない場所に連れ出そうとするなら、稽古をほおり出して自称妻の側にへばりついてしまう。剣の稽古は全く進まなかった。


 ケイサには同じく騎士団に所属している幼馴染でもある従兄弟がいる。マーシャル家のタキだ。マリア王女に聖痕が見付かった後、タキは騎士団長である父親に勇者になるべく厳しく育てられた。彼の努力をこの目で見てきただけに女に現を抜かす目の前の勇者が許せなかった。


「ケイサ殿、何をカリカリしている?」


 上司であるリアタに聞かれ、ケイサは視線で答えを返した。リアタは町長の家に挨拶に行っていた。


「またヒナ殿に何かしたのか…」


 リアタのため息混じりの呟きにも怒りが湧く。リアタは勇者や自称妻をいつも庇う。それが許せない。


「ケイサ殿、剣を取り上げられ今から上級文官の仕事をしなさい。と命じられたら貴殿はどう思う?」


 ケイサは何の話だ? と思った。騎士になるため幼少の時から鍛練に励み、その願い通りに騎士となった。それなのに剣を取り上げられ上級文官の仕事だと! それに畑違いの仕事などすぐに出来るはずがない。


「リアタ団長、冗談でもそれは…」

「言われただけでそう思うのだ。体験した者はもっと大変だろうな」


 ケイサは首を傾げながら、リアタの視線を追った。リアタの視線の先には騎士団から少し離れた所にいる勇者たちがいた。


「あの日まで普通に暮らしていたのだ。勇者としてでなく、平民の一人の男として。妻を娶り幸せに、な」

「しかし、司祭は神殿に結婚の届け出書はない、と」


 あの司祭ははっきりと言った。神殿で結婚式は挙げたが届け出書は提出されていない、と。届け出書がなければ結婚は無効となる。だから、あの女は勇者の自称妻だ。


「貴殿は司祭の言葉を信じているか?」


 苦笑したリアタにケイサは言葉に詰まる。司祭が嘘を吐くはずがないと信じている。信じているが…。


「結婚の届け出書は(結婚の)式中に書くのが普通だ、余程のことがない限り。二年前はただの平民だったリュー殿に余程のことなどあるのか?」


 確かにケイサもそれはおかしいと思った。司祭が神が阻止されたのでしょうと言ったので勇者になる者ならあり得ることなのかと思った。


「司祭は我々にははっきりと届け出書は無いと言ったのに、リュー殿がヒナ殿を我々に紹介した時には何も言わなかった。届け出書が出ていないのだから妻と認められていないともな」


 若いな。とケイサはリアタに言われたような気がした。確かにケイサはリアタの半分もまだ生きていない。


「多分、二人の(結婚の)届け出書はエルフの悪戯にあったのだろう」


 リアタの言葉にケイサは目を剥いた。エルフの悪戯とは、普通の紙が貴重なエルフの里で作られた特別な紙にいつの間にか変わっていることだ。書かれることを選ぶという希有な紙はその内容を守る。


「だ、だから、我々に見せられなかった、と」


 リアタがゆっくりと頷いた。結婚の届け出書がエルフの紙に書かれているのなら、あの二人の結婚は絶対だ。来世まで縁が繋がっていると云われている。


「あの司祭は勇者と聖女は結婚しなければいけないと思い込んでいるようだったからな」


 ケイサもそれには同意する。滑稽に思えるほどあの司祭は勇者と聖女は特別だ、結ばれる運命なのだと何度も繰り返していた。聞く側がうんざりするほど。


「剣を取り上げ文官の仕事とは」


 ケイサにはその例えがよく分からない。それが勇者にどう繋がるのか。


「例えを変えよう。その剣は祖父君のだったね」


 ケイサは頷いた。同じく騎士だった祖父の形見だ。手入れを怠らず大切にしている。


「その剣と、周りがその剣より素晴らしいと言っている剣と取り替えられるか? 貴殿は実物を見たことがない。周りの評判だけだ」


 この例えもケイサにはよく分からない。だが、ケイサは首を横に振った。祖父の形見の剣だ。余程の剣でなければ取り替える気にはなれない。それも周りが素晴らしいと言っているだけで実物を見てもいない状態では考えられない。


「貴殿にとって祖父君の剣。それはリュー殿にとって大切にしている妻ヒナ殿だ。だが、周りは会ったことのない聖女、王女殿下との結婚が正しいと言って押し付けてくる」


 ケイサは改めて勇者たちを見た。勇者は自称妻、いや妻をとても大切にしている。


「リュー殿の不幸は勇者の証の金色の瞳に変わったが、リュー殿はリュー殿のままだったことだ」


 ケイサはこの言葉にも首を傾げる。勇者になったのだから勇者ではないのか、と。


「我々貴族は勇者と聖女の結婚が国益になることが分かっている。だから、それを望む」


 ケイサは頷いた。魔王を倒した勇者と聖女がいることで他国に対して強い発言力を持つことが出来る。王女である聖女と結婚しているならその発言力はより強くなる。


「平民はあの本によって、勇者と聖女が結婚したら幸せになれると思っている」


 ケイサはこれにも頷いた。下位の貴族たちもあの本の話を信じて勇者と聖女が結婚するのが当たり前だと信じている。


「勇者の妻であるヒナ殿は勇者を誑かした悪女として皆に映っている。だから、団員たちも隙さえあればヒナ殿に勇者と別れるように(はな)そうとしている。リュー殿の気持ちは勇者になる前と全く変わっていないのに」


 ケイサはそれの何が悪いのか分からない。勇者と悪女の縁は早く切れたほうがいい。


「リュー殿は勇者として育ったわけではない。急に勇者だと言われて普通付いていけるか? あの時までただの平民として暮らしていた者が」


 ケイサにもやっと分かった。勇者はケイサが上級文官の仕事をしろと言われたのと同じ状態だと。いきなり畑違いの場所に追いやられ、何もかも押し付けられている。ケイサの場合は例えだが、勇者はその身に実際に起きていて逃げることも許されない。

 勇者にならなければ今も二人は幸せな夫婦として暮らしていた……。そう思い至り、ケイサは愕然とする。勇者は魔王を倒せる英雄的存在だ。輝かしい存在のはずなのに、目の前の夫婦は勇者となったことで幸せな暮らしを壊された者たちなのだと気がついた。


「悪女とされたヒナ殿の周りは敵だらけだ。守ろうとするのは夫であるリュー殿だけ。だが、リュー殿が守れば守るほどヒナ殿を悪女として周りは見る」


 悪循環だ。ケイサはそう思った。そして、その悪循環を作り出している一人が自分なのだと。


「リュー殿は不安を感じている。聖女である王女殿下に会われたらヒナ殿への思いが無くなるのではないか、魔王討伐の旅に出たら本の通りになってしまうのではないか、と。その不安はヒナ殿も感じている。だから、二人は今だけでもとお互いをより大切にしているように私は見える」


 団員たちが勇者の背中を睨み付けている。正確には勇者がその背で隠している妻を。二人の気持ちを考えずにあの司祭のように己たちの考えだけを押し付けている。

 

「王都に着けばリュー殿はより勇者として求められ、ヒナ殿の立場はますます悪くなるだろう。陛下も勇者と聖女の結婚を強く望んでいらっしゃる。せめて王都までは、と思う私は甘いのだろうな」


 ケイサは何も言えなかった。リアタが甘いとも思えない。騎士は国王陛下の部下だ。その命令には従わなければならない。だがそれが意味するのは……。

 ケイサは身を寄せ合う二人を見ていられなかった。

お読みいただき、ありがとうございます

ケイサは脳筋ですが噛み砕けば理解できます


誤字脱字報告、ありがとうございます

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― 新着の感想 ―
[良い点] リアタが良い人なんだけど良い人って長生きできないからなあ・・・ [気になる点] ケイサは剣を振るのに頭は要らんとか思ってそう [一言] 尾崎豊のIloveyou状態の二人 ほんの少し前は…
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