第五騎士団
ヌマーサ地方の町に駐屯していたリアタ団長率いる第五騎士団は金色の光を追っていた。
『金の光を追い、勇者を王都に連れてくるように
勇者に親しき者がいた場合、その者も必ず連れてくるように』
王命だった。勇者は聖女のいる国に必ずいるらしい。騎士団は各地方に配置され、勇者の覚醒のために行われる神殿の祈りと共に現れる金の光を追うことになっていた。
運が有ったのか無かったのか、リアタが配置されたヌマーサ地方に金色の光は飛んできた。あっという間に頭上を通りすぎ海の方へ飛んで行く。
その方角には港町を中心とした小さな町が転々とある。その何処かに金の光は向かっていた。近づけば何処の町かは分かるだろう。各町村に配置された伝令用の憲兵がこちらに向かっているはずだ。
魔物を撃退しながら領主から寄付させた豪華な馬車が壊れない程度のスピードで海を目指して団を走らせる。魔物の数は増え、その力も強くなってきている。勇者には直ぐにでも魔王討伐の旅に出てもらわねばならない。
リアタがその港町に着いたのは夜になってからだった。リアタは勇者かいるだろう町の小さな神殿に向かった。
「既婚者だと!」
リアタは驚きのあまりに怒鳴るように言ってしまった。
「は、はい。つい先日まで勇者様であられることを自覚されていらっしゃらなかったので」
申し訳なさそうに話す司祭にリアタはそれもそうかと納得する。平民は十八歳と共に結婚する者が多い。特に女性は二十代を過ぎたあたりから売れ残りとされる。勇者となる前に付き合っていた女性がいたら、女性の成人と共に結婚していてもおかしくない。
「勇者リュー様は慈悲深い方、図々しく妻の座に居座ろうとするヒナを不憫に思い今も一緒にいます」
悲しげに話す司祭に頷きながら、リアタはその妻を不憫に思った。神殿は離婚も重婚も認めていない。結婚を無効にするには何だかの瑕疵がいる。結婚してまだ二年だという。子が出来ないからという理由が辛うじて使えるが、女の方の瑕疵になり同じ年頃の娘を持つ身としては可哀想だと思ってしまった。その女性は勇者の妻に拘ることもあり、余程の相手でない限り良い再婚相手は望めないだろう。
リアタは司祭から勇者のことを詳しく聞き、明日の朝一に迎えに行き王都に向かうことにした。
見窄らしい一軒家にリアタは出そうになるため息を噛み殺した。世界を救う勇者が住んでいるにはあまりにも貧相な家すぎた。だが、家に入り中にいた者を見て息を飲む。
そこには王都でも希に見る整った容姿を持つ青年がいた。背は高く、港で肉体労働をしていたと聞いているのにスラリとした身体。だが、決してひ弱そうには見えない。赤茶色の髪、スッと通った形の良い鼻、厚みのある唇、そして力強い輝きを持つ金色の瞳、質の悪い服を着ていても品があり王公貴族の令息と言われても納得出来る青年が目の前にいた。その傍らには不安な表情の町娘にしては可愛らしい小柄な女性。
「第五騎士団、団長リアタ・ヤーシャルと申します。勇者様でいらっしゃいますか?」
司祭から聞いているがリアタは一応聞いた。関係のない者を王都には連れていけない。
「勇者かどうか知らない。俺はリュー。こっちは妻のヒナ」
リアタは堂々と答える姿に流石勇者だ。と思ったが、その手が微かに震えているのに気が付いた。数日前までは普通の町民として暮らしていたと聞く。震えて当たり前だろう。
「奥方ですか」
リアタたちの視線から守るように勇者はその背に女性を隠す。
リアタは心の中で首を傾げた。司祭は妻が強欲で悪女のようだと言っていたが見た感じそう思えない。不安そうにしている態度が痛々しく今の状態に戸惑い怯えているのがよく分かる。
司祭はこうも言っていた。可哀想だと思いながらも勇者も目に余る妻の態度に辟易している、と。目の前の勇者は全く反対の行動をとっている。こちらを見る目は冷たく険しいが、妻を見る目はとても軟らかくその名を呼ぶ声には優しくて甘い。
「勇者リュー様、聖女様にお会いになられましたら、そのお気持ちも……」
同行した司祭が勇者に声をかけている。司祭を見る勇者の目は冷たいのにリアタは気がついた。
「司祭様、あんたは俺の過去を無視して、あんたの理想をただ押し付けてくる」
勇者の声が余りにも冷たくてゾクリとした。静かに怒るその声で憤りが相当根深いものだと分かる。
「そ、そんなことありません。勇者リュー様がいらっしゃるのは今までのリュー様がいらしたからで……」
司祭が滅相もないと言葉を紡いでいるが、勇者は首を横に振る。
「あんたは勇者だからとリューとして生きた過去を全て否定し、俺がやっと掴んだ幸せも勘違いだと言い切る」
リアタには分かった。勇者が怒っている理由が。
こんな小さな港町でもヒエラルキーは存在する。港の肉体労働者だったのなら勇者はその底辺の者だ。色々苦労があったと推測できる。容姿が良いだけに余計な苦労も多かっただろう。妻を娶り、やっと掴んだ人並みの幸せ。それをこの司祭は分かっていない。いや、分かろうとしない。
やはり司祭は口にした、昨夜リアタがうんざりするほど聞かされたあの言葉を。
「あ、当たり前です。勇者様は聖女様は特別な存在です。お二人が………」
リアタはその後に続くセリフも散々聞かされて分かっていた。
リアタは憐れみの目で力説している司祭を見た。司祭が言えば言うほど、勇者の心は神殿から離れていく。勇者が聖女を嫌悪する危険性を考えてない。
「勇者様、すぐ出発しなければ宿泊予定の町に着けず野営となり危険となります」
リアタは司祭の言葉を遮った。これ以上この司祭のせいで勇者が聖女に対して悪感情を抱くのを止めなければならない。魔王討伐の仲間が旅立つ前から最悪な仲では困る。それに出発しなければならないのは本当のことだ。守りのしっかりした町まで移動しないと野営となり、魔物に襲われる可能性が高くなる。
「勇者様、あの馬車に奥方と共にお乗りください」
リアタは扉を開けて、この場所に不釣り合いな馬車に二人を導いた。
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