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金の瞳の勇者 ー勇者の呪い 連載版  作者: はるあき/東西
閑話 王都に行くまで
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肉屋の親子

子供を授からない女性に対して不適切な表現があります。ご注意ください。


 ヤワサは食卓に頬杖をついて夕飯の支度をしている母ラーサの後ろ姿を見ていた。

 ヤワサは肉屋の息子でリューより一つ年上になる。成人と共に結婚していて、妻のハシマは二人目の出産のため、隣町の実家に子供を連れて里帰りをしていた。


「あいつら、もう王都に着いたかな?」

「さぁ、普通は十日で着くそうだよ。今は魔物がいるからもう少しかかるかもね」


 ラーサはザクザクと野菜を切っていく。物価は少しずつ値上がりしている。いつまでこんな使い方が出来るかどうか分からない。

 この港町の食料は隣町からほとんど仕入れている。近い距離なのに魔物で荷馬車の往来が少なくなってきていた。店で売りに出す肉はそのまた向こうの町で仕入れている。最近は護衛を雇わなきゃいけないから、その分を値段に上乗せしなければならず売り上げも減ってきていた。


「とっとと、魔王を倒して欲しいね」


 ラーサは忌々しく言った。勇者なんだから、つべこべ言わず魔王を倒して王女様(せいじょ)と結婚すればいいのに。そしたら、みんな幸せになれる。


「リュー、一番剣を持つのが下手だったんだぜ」


 ヤワサは町の自衛団に入っていた。仕入れの護衛代を少しでも浮かせるためだ。自衛団に入れば剣の扱い方を憲兵からタダで教えてもらえる。


「何度も鍬のように持つな! て怒られて」

「そうなのかい。勇者様なんだから、直ぐに上手になるだろうさ」


 勇者は魔王を倒す力を持っているんだ。剣を上手く扱えなくても大丈夫だろ。

 ラーサはそう思っていた。


「なあ、母さん、俺が勇者だったらどうした?」

「バカ言うんじゃないよ。勇者は決まったんだ。家族が少ないリューで良かったじゃないか」


 リューの親族は遠縁のルハだけ。子豚亭の一家も女将はこの町の者だが、店主はルハと一緒に流れ着いた者だ。子豚亭の一人娘に婿入りしてこの町の者になっただけで。


「いや、リューにしたように送りだした?」

「あんたには妻のハシマと子供がいるんだよ」


 ラーサはイライラした。勇者はもう決まった。息子が勇者だったらなんて考える必要なんかない。


「リューにもヒナがいる」

「リューも子供が出来ないヒナと別れて王女様に元気な子供を産んでもらったほうが幸せさ」


 ラーサは後ろで息子が不機嫌になったのを感じたが間違ったことは言ったつもりはない。結婚して二年経つのに子供が出来てない。あれほど仲睦まじいのに。子が出来ないヒナが悪いと考えて当たり前だと。ラーサ自身は結婚して半年経った頃から姑に言われていたのだから。


「流感の話は本当だってさ。リューはそれでもヒナは結婚してくれたってとても喜んでた。ただ、ほんとにリューが原因なのか確認しよってリューに言い寄るバカな女が後が絶たなくてさ。リューがさ、いつも怒っていた」


 ラーサの包丁が止まった。その話は聞いたことがある。子供の出来ないヒナのためにリューが流した話だと思っていた。

 ラーサは直接ヒナに言ったことがある。早く子供を生みなさい、と。困ったように授かりものだから。と答えたヒナに親切心で子を生めない女はと言った覚えもある。言ってしまったことは仕方がない。それに旅立って謝ることも出来ないのだからもうどうしようもない。


「と、とにかく、勇者と聖女が結婚したらみんな幸せになるんだから…」

「母さん、それ、本当にそうだと思ってる?」


 ラーサは気を取り直して包丁を動かした。司祭様はそう言っていた。王様もそう思っている、と。エライ人がそう言うんだ、間違いであるはずがない。


「俺はいらないな、そんな幸せ」


 ヤワサの言葉にラーサはぎょっとした。エライ人の言葉を疑うのか、と。


「それって、リューとヒナの仲を引き裂くってことだろ」


 ヤワサは納得出来なかった。リューとヒナはヤワサから見てもとても仲の良い夫婦だった。魔王討伐の旅がどれだけ大変か分からない。けど、リューが簡単に心変わりするようにはとても思えなかった。


「リューは聖女と幸せに…」


 ラーサは言いかけて止まった。言葉が続かない。

 リューは、勇者は、聖女と幸せになる。なら、ヒナは? リューに勇者に捨てられたヒナはどうなる?


「リューは浮気しそうにないし、もしそうなったらいくら勇者でも俺はリューを軽蔑する。神殿でヒナへの思いを誓ったのに嘘だったのか、と」


 じゃ、俺には勇者と聖女のその恩恵はないかも。

 ははは、とヤワサは乾いた笑い声をあげた。


「バカいうんじゃないよ。()()()()()()()()()()()()()なんだ。私らと同じにしちゃいけないよ」


 司祭様はいつもそう言っている。勇者と聖女は特別な存在だと。ラーサは自分は間違っていないと言い聞かせた。


「そっ。母さん、俺が勇者だったらどうしたか、一度考えてみてよ」


 ガタン、と音を立ててヤワサは立ちあがり部屋を出ていった。


 ラーサは考えるまでもなかった。

 息子が勇者なんてそんなこと許されない。魔王討伐なんてそんな危険なことをさせられない。自衛団に入ることも仕入れの護衛も本当は危ないからさせたくない。店のため、生きていくために仕方がないから許しているだけだ。

 それに聖女である王女との結婚なんて考えられない。至らない所は目につくけれど、今の息子の妻ハシマで十分だ。息子がいなければ気にせずなんでも言ってやることが出来る。後継ぎの可愛い孫も生んでくれた。王女が妻になったら文句の一つも言えない、義母(ははおや)なのに顔色を窺って話さなきゃいけなくなる。息子の妻になった者にペコペコするなんて考えたくもない。孫とも気軽に会えなくなるし遊べなくなる。

 リューが勇者で本当に良かった。服屋の婿や金物屋の息子、質屋の孫じゃなくて。会った時に気を使って話すなんて面倒じゃないか。もし選ばれていたら彼女たちと気軽に早く魔王がいなくなればなんて話せない。身寄りのないリューだから井戸端会議(おしゃべり)も弾む。

 息子は何も分かっていない。ラーサの親心も。

お読みいただき、ありがとうございます


この世界では平民は特に子供は働き手として必要な存在でした。子供が出来ない理由は男性よりも女性にされることが多い設定になっています。


誤字脱字報告、ありがとうございます。

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[良い点] 短編の時から見ていますが人の感情、主要人物もそうですが、サブの人物の視点に立った表現が面白いです。 [一言] ごくごく当たり前に持つような感情、その人物の視点をうまく捉えて表現できてすご…
[一言] この母親自分のことしか考えてねえの気持ちわるっ…… まあ気持ちは分かっちゃうからあれだけど、でも親心をわかってないって言いつつ、自分の子供がどういう意味で問いかけてるかわかってないのホント……
[気になる点] ゆうしゃさまならなんでもできる そんな風に思ってた時期もありました [一言] ヤワサみたいに思ってくれてる人が居て良かった
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