勇者の条件
「ちょっと待て! 言いたいことは分かる。分かるが…、そこまでするか?」
子豚亭の親父は納得出来ないようだった。
「なあ、勇者が聖女と結婚しないと言ったらどうする? 好きな奴がいる、ソイツと結婚すると」
「そりゃあ、聖女と結婚するように言うさ」
「勇者の相手には」
「とっとと身を引くように………、あっ!」
何かに気がついたように子豚亭の親父はバツの悪そうな顔をした。
「だから、どの本も最初に勇者には相手がいるとなっていた。相手がいても必ず聖女を選び、みんなを幸せにする、てな。国と神殿がそう言っているんだ、みんなそれが当たり前だと思う。違っていたら本の通りように動く。自分達の幸せのために。
一国しか幸せにならないとしたのは他国に牽制させるためだろう。勇者と聖女がいるからってこの国が調子に乗らないように」
神殿は古い文献にそう載っていたと他国には誤魔化しているだろう。
「………、分かった。で、何が気になってんだ?」
子豚亭の親父と視線を合わせてから、ルハはゆっくりと目の前にあるグラスに視線を移した。
「何回かリューを国外に行かそうとした」
「ちょっと待て! 俺に黙ってか!」
子豚亭の親父がドンと机を叩いた。
「ヒナを一人にさせる気だったのか!」
「そんなもん、二人一緒に決まってんだろ。あのリューがヒナちゃんから離れると思うか!」
そんなことしたら、俺がリューに刺されるわ!
子豚亭の親父と負けじとルハも怒鳴り返した。リューからヒナを離そうとするなら命懸けだと。
「全く上手くいかない。テナちゃんのトコに行くことからしてそうだろ」
大きく息を吐き声を落としたルハの言葉に子豚亭の親父も頷く。
子豚亭の親父の妻と息子は今隣国に嫁いだ長女テナの所にいる。本当は一年前、まだ魔物がそこまで脅威でなかったころに新しく家族となったリューも入れて全員で行くはずだった。まず、子豚亭の親父がどうしても店を開けてほしいと頼まれ行けなくなった。次に子豚亭で働く者が怪我をしたため、ヒナが手伝うことになり行けなくなった。ヒナが行かないのならリューも行かない。迎えの馬車は既に隣国を出ており、仕方なくヒナの母親と弟だけの訪問となった。
「ちょ、ちょっと待て」
子豚亭の親父はルハの言いたいことに気がついて狼狽えた。
「既婚者だぞ」
「あぁ、分かってる。念のために国外に出したかっただけだ」
今は海の魔物が強くなり船で国外に出すことは難しくなった。陸路も同じことだ。
「だがな、勇者がいない理由を考えた。で、本で最初に勇者に相手がいる理由もな」
子豚亭の親父は黙って聞いている。
「今まで普通に暮らしていたわけだろ。王子や騎士、教育を受け守り戦うことに覚悟がある奴が選ばれたんなら、すんなり勇者になるかもしれねぇ。だが、剣を持ったコトのない奴だったら? 急に勇者になって、勇者だから戦えと言われても行けるか?」
子豚亭の親父は答えられない。勇者だから当たり前に魔王討伐に行くものだと思っていた。勇者が娘の夫だったら? と考えるとそれがガラガラと崩れていく。勇者となったことで性格も何もかも変わるのなら、勇者として旅立っていくかもしれない。今のリューのままならそれは絶対にないと断言できた。
「そんな奴でも守りたい奴がいたら剣を取るだろ。勇者しか魔王は倒せないんだ」
「勇者は守りたい者がいる者が選ばれる………」
子豚亭の親父にルハは頷いた。そうルハは結論つけた。ただ、その条件ならリューじゃなくても候補者は沢山いるはずだ。なのに嫌な感じは消えない。
「逃げる準備をしておけ。そのうち神殿が動く」
「勇者を覚醒させる、か」
ルハは頷く。近いうちに各神殿で一斉に勇者を覚醒させる祈りが捧げられるだろう。勇者が決まる。
「そうだったら、すぐヒナちゃんを連れて逃げろ」
「リューは?」
子豚亭の親父は聞いた。リューが大人しくヒナと離れるとは思えない。しかし、リューが勇者になった場合、妻のヒナの立場は悪くなる。早くこの国から出たほうがいいのは分かる。
「説得して勇者をさせる。どっちにしろ勇者にしか魔王は倒せないんだ。やらせるしかないだろ」
説得は命懸けになるけどな。とルハは乾いた笑い声を上げた。ヒナを守るためだと言ったらリューも最後は納得するだろう。だがそれまでの説得が大変だと。
「殿下の予感は当たるからねぇ。万全にしとこうか」
「そうしてくれ。そうならないことを願ってるんだがな」
ルハは旨い酒なのに味がしない液体を飲み込んだ。
もうすぐリューとヒナの二回目の結婚記念日だった。
各神殿が勇者覚醒のための祈りを捧げた。
ルハは、事務仕事ではなく現場でリューを見ていた。何事もなければいいと思いながら。
祈りを捧げたところでどう勇者が覚醒するのかルハは知らない。聖職者だったすぐ上の兄が生きていたら聞けたかもしれないが。ルハとしては何事もなく今日も明日も終わることを願うだけだ。
ルハの目の前を金色の何かがリューに向かって通り過ぎた。何だ? と思ってそっちを見ると金色の光が虫のようにリューの周りをグルグルと飛んでいる。リューが追い払っても追い払っても金色の光はリューから離れずその数は多くなっていく。
ルハの嫌な予感は当たってしまった。なんでこんなことに。運命に強い怒りを感じる。二人は幸せだった、とても幸せな二人でそれがずっと続いていくはずだったのに。
リューは金色の光に包まれ光が消えた時、綺麗な琥珀の瞳は金色へと変わっていた。
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