女性問題
ルハがリューを買ってから数年が経った。
リューは美少年から美青年に成長しつつあり、すごくモテていた。が、リューは浮いた噂一つもなく宿舎と港を往復する毎日を過ごしている。ルハが心配になるくらい健全な生活をしていた。
「リュー、いい女、いないのか?」
ルハはリューに一度聞いたことがある。
「父に言い寄っていた村の女の人と重なって……」
リューは視線を外に向けながらポツリと答えた。違うと分かっているけれど受け入れられないと。
ルハは納得した。
娯楽のない小さな村だ。楽しめることなどたかがしれている。その村に特上の容姿をした優しい男がいたら、村の男たちに隠れて女たちが群がるのは当前といえる。
村からよそ者として除け者扱いしている男、村の女からすれば言うことを聞くのが当たり前の存在だ。丁寧でもそんな存在に断られたら怒ることも。腹いせに有ること無いことを村の男に吹き込み、リューの一家はいつも嫌がらせも受けていたらしい。おまけにリューも父親を誘き出すため小屋に閉じ込められたこともあったそうだ。
「お前、大丈夫だったのか?」
ルハは何もされなかったのか心配だった。幼児期の体験は大きくなってもトラウマになって苦しむことがある。
「えっ? 何処もオンボロの小屋だったから、すぐ隙間から逃げていたから…」
不思議そうに答えるリューにルハは何も言えない。父親似のリューを狙ったかもしれないということは。気がついていないのなら、そのほうがいいだろう。女に対してこれ以上悪感情を持たせて変な道に目覚められても困る。
リューがこの町の女たちに感じたこともあながち勘違いでもない。彼女たちは港で働く者を軽視している者が多い。他の仕事につけない者や他所で職につけなかった流れ者が荷運人をしていると思っている。だから、仕事中でもリューに平気で声を掛けてくる。迷惑を考えずに。
リューの春は遠いとルハは結論づけ、小さく息を吐いた。
「リュー、今夜はいい所に連れて行ってやる」
ルハは女以外の人生を楽しむことを教えてやることにした。
子豚亭はこの町一番の食堂だ。料理の味も一番なら値段も一番だ。頻繁に食べに来られる場所じゃあない。だが、食を楽しむのも大事なことだ。
ルハにとって子豚亭の二女ヒナは生まれた時から知っている娘のような存在だった。働き者で愛想もいい。顔も町の娘の中では可愛いほうだ。だが、リューに紹介しようと思ったわけじゃない。こんな店もあって、こんな子が働いているって教えたかっただけだ。なのにヒナに会ってリューは頬を染めている。町でヒナよりもっと可愛い女、もっと美人の女、色気のある女に声を掛けられているのにリューの目は店内を動き回るヒナをひたすら追っていた。
親父に恨まれそうだな。
ルハはたまに港に来たヒナがリューを見ていることを知っていた。昼時の配達や買い出し、リューを見に来る友人の付き添いで。ヒナ自身も時折、リューを眩しそうに見ているのも気がついていた。
ルハは二人を知っている分、何とも不思議な感じだ。二人とも良い奴だと薦めることは出来るが付き合うとなるとまた問題だ。リューが子豚亭の親父や看板娘のヒナを気に入っている常連客に洗礼を受けるのは当たり前だと快く送り出すことは出来るが、嫌がるリューに纏わりついている女たちの検討違いの嫉妬でヒナが苛められるのは見たくなかった。
容姿が良すぎるのも問題だな。
目の前で肉の塊を一心不乱で食べているリューを見て、ルハはそう思う。
元々容姿が整っていた上に背が伸び、仕事でバランスよくついた筋肉、リューはこの町、いやこの地方で一番の美青年に育ちつつある。
ルハの元には見目の良いリューを売ってほしいと絶えず連絡が来る。片っ端から断っているが。
ルハは二人のことは成り行きに任せることにした。お膳立てするような柄でもないし、二人に縁がなければそれまでだからだ。まあ、頑張れよ。と心の中で応援だけしておいた。
リューが港に配達に来ているヒナに気付き、ゆっくりと二人の仲が近付いていく。ルハは、それを不思議な感じで見守っていた。父親? いやなんか違う。同族意識? 政権争いに敗れ負け組の子供が幸せを掴もうとしている。それを応援するのは自然なことだと思った。
案の定、子豚亭の親父には散々罵られ愚痴られた。だが、ルハは知っていた。子豚亭の親父もリューのことを気に入っていることを。
「なあ、いつ挨拶に来させるんだ」
「おいおい、まだ早いだろう? ヒナちゃん、成人までまだ何年かあっただろ」
「あと二年だ。娘はな、嫁に出すには色々準備がいるんだ」
ヒナより六つ年上の娘を三年前に隣国に嫁がせている子豚亭の親父の言葉には実感が籠っている。
「それからな、『隷属契約書』どうにかならんか? 知った時が可哀想でな」
ルハは子豚亭の親父が何を言いたいのか分かった。だが、あれを破棄することは出来ない。
「無理だ。今日も攫われそうになっていた。破棄した途端、リューは町から連れ出される」
「そっか、観賞用でも需要がありそうな見た目だからな」
子豚亭の親父は諦めたように息を吐いた。
「それで、リューの父親絡みでゴタゴタはどうだ?」
「おいおい、それを俺に聞くか?」
「お前のことだ、父親の検討くらいついてるだろ」
確かにルハには心当たりはあった。だが、確証がなかった。ルハが実際に会ったことが無い人物で、髪の色が聞いているのと違っていた。田舎に行くほど染料になりそうな草が勝手に生えている。リューの父親が髪を染めている可能性はあった。
「思っている人物だったら、大丈夫だ。下手に騒ぐと相手の立場が余計に悪くなる」
「ならいい。可哀想な目には合わせたくないからな」
子豚亭の親父はホッとしていた。娘が苦労する所には嫁がせたくないという親心が見えている。
「それはそうと、とうとう神殿が聖女だと認めたそうだ」
神殿はこの国の王女を聖女だと認めてなかった。法王譲位から現れた魔物、年々増える魔物による被害報告、最近魔王城らしきものが確認されたため、認めたくない事実をやっと認めた。
「そ、それはまた……、大問題じゃないか」
子豚亭の親父も動揺を見せる。
「あぁ、法王猊下も大変らしい。もう一人が法王になっていたら、とお騒ぎらしいぜ」
ルハはニヤリと笑った。ざまぁみろ、と。
二十数年前、先代の法王が老齢のため引退することになった。次期法王候補は二人、現法王ともう一人。だが、実家に黒い噂がある現法王はその実家の力で候補になれただけと当時は囁かれていた。法王になるのはもう一人の方だと。
それが覆ったのは各国を巡礼中であったもう一人の候補者が消息を絶ったためだ。そして同時期にその候補者を支持していた発言力の強い家が次々と政敵たちに襲撃を受け消えていった。その中にルハの家もあった。
もちろん全てのことで現法王の実家の関与が疑われた。だが、それを追及出来る者はもういなかった。だが、今回聖女を認めたことにより、現法王は厳しい立場に追いやられた。汚い手で法王になったために魔物が、魔王が復活したのだと今まで口を閉じていた者たちが騒ぎだしたからだ。ルハからしたら今更で、そいつらも法王たちと同罪だ。
「おいおい、気持ちは分かるが喜ぶな。魔王が復活して困るのは俺らも一緒だぞ」
「まあな」
ルハも真顔になった。聖女を認めたということは近い将来魔王討伐が行われるということだ。とっとと勇者たちも現れてサクッと討伐を終わらせてくれたらいいが、長引けば長引くほどこっちの生活が困窮する。結局、被害を一番受けるのは末端の民だ。
確か、この国の王は……。
ルハは眉を寄せ小さく息を吐いた。
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